Episode1-5「探偵登場?」
(まずいことになった……)
翌朝。朝日奈さつきは再び、漆原の死体がある屋敷にいた。
既に彼の遺体のある部屋には、何人かの警察官が出入りしていて、実況見分を行っている様子だった。
若い男の刑事が、上司と思われる男に簡単な報告を行う。
「被害者の名前は漆原東彦、56歳。朝売テレビでプロデューサーをされていたそうです」
「聞いたことのある名前だな。たしかバラエティー番組でたくさんヒット作ってる名物プロデューサーだったか。こりゃ、大物さんが殺されてしまったな……」
「えっ、そうなんですか。俺聞いたことなかったですけど」
「んーまあ、最近はめっきりヒット番組が出なくなってたかもな。俺が若手の頃の、朝売テレビのバラエティーっつったら、大抵は漆原って人がプロデュースした番組だったんだ」
「へえ」
ジェネレーションギャップだろうか、若い刑事はやや困惑した表情で上司を見つめる。
「あっ。えーと、死亡推定時刻は昨夜の19時から24時の間、凶器はこの部屋に散乱していたトロフィーのうちの一つで、後頭部を一撃。これが致命傷です。それから、左側頭部にも傷があるんですが、これは凶器不明。生活反応があるため、殺される前に付いた傷、だそうです」
「この部屋の荒れ具合に……、たしか金品が盗まれてるんだったな」
「ええ。財布の中がカード類を除いて空になっているのと、部屋に置かれていた、腕時計やアクセサリーが入っていたと思われるケースが空になっています」
「すると、強盗に入られて、うっかり犯人に鉢合わせてしまい、殺されてしまった……といったところか? 詳しく調べてみんことには何とも言えんが……」
「いいえ! 違います!」
事件現場に似合わない、明るく朗らかな声が響く。二人の刑事が、その声を主の方を向く。くりっとした目にV字に上がった口。いわゆるドヤ顔をした少女が二人を見つめていた。
「これは強盗殺人なんかじゃありませんよ刑事さんたち! これは強盗に見せかけただけですって」
「……おい、
「こいつじゃありません!
杏奈が頬を膨らませて怒る。張島、と呼ばれた男は、すぐさま上司に彼女が何者かを伝えた。
「て、照喜名杏奈さん、第一発見者の一人です」
「第一発見者ぁ?」
「その通りです! 私はれっきとしたこの殺人事件の関係者、第一発見者なのです!」
張島の上司は、照喜名安奈の後ろにあと3人いることに気付いた。
「てことは、そちらの御三方も?」
「あ、ああはい。私、眞城プロダクションの社長をしております、眞城ツトムと言います」
被っていた黒の中折れハットを外し、眞城ツトムが挨拶をする。
「プロダクションの社長さんが、なんでここへ?」
「漆原さんと、今度うちのプロダクション所属のアイドルが出演する番組に関する打ち合わせをする予定だったんです。本当はテレビ局で行う予定だったんですが、漆原さんが出勤されていないとお聞きして……。一度ご自宅に向かったんですが不在で、じゃあこっちじゃないか、とのことで来たら……」
「んー? 待ってください、ここ、漆原さんのご自宅ではないんですか?」
「ええ、ここは別宅で、自宅は都内の別の場所に……」
「ほぉ……。それで、他のお二人は」
「わ、私は朝日奈さつきと言います。同じく眞城プロダクションで事務をしていまして……。その、本日眞城プロ内で運転できるものが私しかいなかったので、運転手として……」
朝日奈にとってはこれが不運であった。プロダクション社長の眞城ツトムは免許を持っておらず、また他に運転できるものもよりによって今日は別の業務で忙しく、社長と二人のアイドルを送迎する運転手として駆り出されてしまったのだ。
よもや、自分が昨日殺害を行った現場に再び戻ってくることになるとは露も思っていなかった。
朝売テレビで打ち合わせがある、という話は聞いていた。それも番組プロデューサーと行うことも知っていた。だが、予定表にはそれしか書かれておらず、どのプロデューサーと打ち合わせを行うかは知らなかったのだ。
朝、朝売テレビへ向かっている途中、なにげなく「今日はどなたと打ち合わせなんですか?」と聞いたところ、社長から帰ってきたのは「漆原さんだよ」だった。全身の血が抜けたような気分で、安全にテレビ局まで運転できたのが奇跡なくらいだった。
当然、テレビ局に漆原が来ているわけがない。他のスタッフも、規定内の一点張り。いや、それしか言いようがない。
社長が、漆原の自宅を知っているからと、朝日奈さつきと二人のアイドルを連れて自宅まで向かう話をしたときは、生きた心地がしなかった。
自宅に行ったところで彼はいない。そして、漆原の別宅のことは、社長も知っていた。だから、自宅にいなければ別宅にも行こう、という話になることは薄々感じていたのだった。
そうして案の定、別宅に行くことになってしまい、4人で漆原の死体を発見し、警察に連絡することとなってしまったのだった。
「ふむ、そしてそちらのお嬢さんは?」
「わ、わたしは! し、
「陽真理ちゃんを怖がらせないでくださいよ? 私とおんなじ、アイドルの卵ですから!」
自信満々に杏奈が代わって答えた。
「……、おい張島。そこの若い娘二人を外に追い出せ。喧しくてかなわん」
「なっなっなー!? 喧しいとはなんですか! 第一発見者ですよ私たちー!」
文句を垂れる杏奈をよそに、上司の刑事は張島に耳打ちする。
「第一発見者とはいえ若いお嬢さんだ。いつまでも死体のいる部屋にいさせちゃいかん。ここで一番若いのはお前だから、うまくやってくれ」
「あ、は、はい」
そう言われて、張島はまるで年下の妹をあやすかのように二人を現場から遠ざけた。
誰も使っていない、この邸宅の一室まで張島が二人を連れて、椅子に座らせた。酷く怯え、青ざめた表情の陽真理とくらべて、杏奈はいつまでたっても頬を膨らませたままだった。
「まったく、ひどい扱いですよ! まだ何にも言ってないのに……」
「あ、杏奈ちゃんは大丈夫なの? そ、その、死んでる人見ちゃったわけなんだけど……」
「ふっふっふ……こう見えて私も初めて死体を見たので、ぶっちゃけ大丈夫じゃありません! これはいわゆる、テンションをわざと上げて紛らわせているだけです!」
どうやら杏奈は、ただ虚勢を張っているだけのようだった。それでも、張島は、先ほど杏奈の言ったある言葉が気になって仕方がなかった。
「……なあ、照喜名杏奈……っていったな」
「はい言いました! 可愛いアイドルの卵、照喜名杏奈です!」
張島は杏奈の発現を無視して、自分たち以外誰もいない部屋のあたりをキョロキョロと見渡し、扉にも目を向けた後、照喜名杏奈に告げた。
「……お前も、あれは強盗殺人じゃないって思うのか?」
「……といいますと?」
「俺もあれは、正直ただの強盗殺人じゃないと思っている。ただその、それを上司に説得するだけの根拠が思いつかない」
張島は深呼吸してから、話を続けた。
「ここからは事情聴取として話を聞かせてもらう。君たちは、今日ここにきて、何を見て、何故これが強盗殺人じゃないと思ったのかを話してくれないか」
照喜名杏奈はにこりとして答えた。
「いいですとも!」
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