Episode1-4「隠蔽の夜」
(嘘……なんで藤本さんがここに!?)
バスルームに身を潜め、こっそり扉の隙間から覗いてみれば、そこには何故か、藤本八重の姿があった。
自分のプロダクション所属のアイドルが、何故……。四ノ宮日向の姿はない。まさか、彼女が呼んだのだろうか?
よく見てみれば、丁度扉から見えない位置にあるベッドへ向かったようだ。
つい先ほど、漆原が四ノ宮を襲ったと思われる場所……。藤本八重は、四ノ宮日向の痕跡を消そうとしている……?
何故藤本八重がそんなことをしているかは分からないが、この光景は朝日奈さつきを悩ませるのに十分だった。
例えば、潔く出て行って協力するという手はどうだろうか。隠れていたのがそもそも怪しすぎるし、下手したら
もし自分が、四ノ宮や藤本の立場なら、そう感じる。そのため朝日奈さつきは出ることができなかった。
しばらくして、藤本八重は部屋から出て行った。もしかしたら戻ってくるかもしれない。そんな漠然とした恐怖から、その後もバスルームから身動きができず……。
そうしてふと、ようやく自分の手元に気が付く。血に濡れ滴るトロフィーが、朝日奈さつきの右手に握られていた。
じわりと実感が湧く。
(あぁ……私が殺したんだな……)
気付けば数十分が過ぎていた。さすがに四ノ宮日向も藤本八重も戻ってこないだろうと踏み、恐る恐る扉を開ける。
一見すれば何も変わった様子はなかった。床にうつ伏せになったまま事切れた漆原と少しシーツの歪んだベッド。おそらくは、四ノ宮日向の髪の毛のような、ほんのわずかな痕跡を片付けたのだろうと朝日奈は察した。
しかし、二人の心配は杞憂であろう。とどめを刺したのは、つまり本当に殺害したのは朝日奈さつき。彼女自身が通報して自首すれば、二人が気に病む必要はないはずだ。
トロフィーを置き、スマホを取り出して、再び110番をプッシュしようとする。
最後の0を押そうとして、再び指が止まった。別に、誰かが来た気配がしたからではなかった。
ふと思ってしまったのだ。
(なんでコイツのために私が捕まらないといけないの……?)
そうだ、全てこの結果を招いたのは、漆原東彦ではないか。よく考えれば昔から、コイツに何もかもを奪われてきたのだ。こんなやつのために、自分自身が犠牲になる必要は、無い。
とはいえ、大事な事務所所属のアイドルを汚すわけにもいかない。幸い時間はある。藤本八重が取りこぼした四ノ宮日向の痕跡を消すことに、朝日奈さつきは集中した。
思っていた以上に痕跡は見つけられなかった。思えば、四ノ宮がこの部屋に入ってものの数分であの事態が起こったのだ。大したものは残っていないのも頷ける。
だが、いずれこの死体は発見され、警察がやってきて捜査される。そうすれば、人の目じゃ簡単には見つけられない四ノ宮日向の痕跡はすぐに見つかってしまうだろう。
ならば、逆に荒らしてしまえばいい。部屋を荒らして強盗に入られたことにして、いもしない強盗犯に殺されたことにしよう。
それから朝日奈さつきは、いったんバスルームに戻った。あそこには、髪染め用に使用する使い捨てゴム手袋があるのだ。これを使えば指紋を残さずに済む。
手始めに、棚に並んだ残りのトロフィーをすべて倒した。血がついてしまった凶器のトロフィーは、持ち手部分を丁寧に拭き取って紛れさせておく。いずれこれが凶器であることはバレるだろうが、強盗が凶器を持って帰るのはいささか不自然だし、何よりその後処分に困るからこれでいい。
引き出しを開けて、金目の物を物色する。もちろん、これらは後で川にでも捨てるが、強盗に入っておいて何も盗らずに、ただ殺しだけして帰るのはおかしいと思い、高級腕時計や貴金属類をなるべく奪った。
あとは財布の中も物色しておこう。とりあえず紙幣だけ抜いておけばいいだろう。パンパンに膨らんだ長財布には、1万円札がたくさん入っていた。数える暇はないが、相当な額になるだろう。
これらは、ゴミ袋として常備されいたビニール袋に詰めて包み、鞄に押し込んだ。
そうこうしているうちに、厄介なことを思い出す。この部屋には……いや、この屋敷には、朝日奈さつきの痕跡が多すぎるのだ。
実はこの屋敷の掃除や手入れは、なし崩し的に朝日奈さつきがやっていた。なんだかんだで漆原とズブズブの関係になってしまっていたからなのと、彼女自身が奇麗好きであることが相まって、気付けばそうなっていた。
また、眞城プロダクションからも近いため、日によってはここに泊まることだってあった。そのため、予備の下着や歯ブラシ、シャンプーや髪留めなど、朝日奈さつきが使う日用品が多くこの屋敷にあるのだ。
慌てて、もう一枚ビニール袋を用意して、屋敷中の自分の痕跡をかき集める。
1時間、いや、2時間はかかっただろうか。ようやく集めきって、これ以上無駄に痕跡を残さずに屋敷を出る。日用品類は正直自分が使えるものなので、これは持ち帰る。金品は適当なタイミングで捨てよう。
あたりを気にして、ハイヒールで来ていたので脱いだまま、靴下の状態で、夜の住宅街を駆ける。少し遠くの場所に停めた車まで、誰にも見られずに向かった。
大丈夫、バレないはずだ。全てはあの男が招いた自業自得なのだ。きっと警察が強盗殺人として捜査してくれるはず。
そんなことを考えていた。
まさか翌日、再びこの屋敷に足を運ぶことになるとは、この時朝日奈さつきは考えもしなかった。
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