パイロットは紺色の宇宙を見上げその手をのばす。

山岡咲美

パイロットは紺色の宇宙を見上げその手をのばす。

「知ってる? この戦闘機でも宇宙のそばに行けるのよ?」

 彼女は僕の前の席に座り、操縦桿を握っている。


「一度訓練で見たよ、空が青色あおいろから群青色ぐんじょういろ、群青色から紺色こんいろへと変わるのを……」

 僕は後席の正面、大型のタッチパネルを操作して無人機たちに目標を指示、機体から切り離す。


「後席から前席へ、右翼無人機切り離す、三、二、一、今!」

 僕はマニュアルどうり前席に伝える。


「前席了解」

 彼女の冷たい返事が帰ってくる。


 大型ステルス戦闘機、ワイバーンの翼下面よくかめんに吊り下げられたステルス小型無人機スクエイドが切り離される。

 彼女が機体荷重の変わったワイバーンを安定させる。


「次、左翼無人機切り離す、三、二、一、今!」

 僕は右翼についでに左翼無人機を切り離した。


「前席了解」

 彼女の声は変わらない。

 機体は直ぐに安定を取り戻す。


 こんな任務が嫌なのは知っている。

 でも僕たちははただの兵隊だ。

 兵隊は命令に従う。

 民主国家の偉い人でも、ろくでなしの国の独裁者でも変わらない。

 兵隊は兵隊、命令に従い引き金を引く。


 *


「無人機が攻撃を開始……」

 無人機たちは僕の指示どうり地上目標にレーザー攻撃を開始した。


(イカたちに狙われたら頭を出してる歩兵は終わりだな……)


 僕はターゲットのカウントが次々と上がるのを見続けた。

 機械は何も考えない、ただ武器を持つ者を撃っていくだけ。


(撃たれたくなければ武器を捨てればいいんだ……)


 僕は戦闘機に乗りながらそんな事を考えていた。


 *


「前席、無人機が戻ってくる、機体を安定させてくれ」

 無人機たちが仕事を終えて帰って来る。

 無人機たちは疲れを知らない猟犬のように僕らの戦闘機、ワイバーンの後方左右に付いた。


「了解」


「収容ワイヤー下ろす、右」


「了解」


 右翼からワイヤーが流れて行き、無人機がそれをキャッチ。


「キャッチを確認!」


「了解、前席も確認した」


「ワイヤー戻す、前席、姿勢を維持しろ」


「了解、姿勢維持」


「右翼無人機収容、ロック!」


「前席もロックを確認した」


「収容ワイヤー下ろす、左」


「了解」


 今度は左翼からワイヤーが流れて行き、無人機がそれをキャッチ。

 当然だけど無人機がキャッチに失敗することなどない


「キャッチを確認!」


「了解、前席も確認した」


「ワイヤー戻す、前席、姿勢を維持しろ」


「了解、姿勢維持」


「左無人機収容、ロック!」


「前席もロックを確認した」


(これで帰れる……)

「任務終了、前席、帰投しろ」


「……」


「前席どうした?」


「…………」


「前席復唱しろ!」


「………………………………」


「前席?」


「宇宙が見たい……」


(燃料は?)

 僕は瞬間的に燃料の計算をした。

 何でそうしたんだろう? 燃料の無駄遣いもいいとろこなのに。


「……わかった、高度一五〇〇〇まで上げろ、保持時間、三分、前席復唱」


「了解、高度一五〇〇〇まで上げて三分高度を保持する」


 ウヴッ!


 彼女は間髪入れず操縦桿を引いた。

 機体のおこす重力が僕の体をシートに押し付ける。

 きっと彼女にも……。


 *


「見て……」


「ああ、宇宙だ」


 グラスコクピットの全天を紺色の空が覆っている。


「私、宇宙飛行士になりたかった」


 僕は「いつかなれるよ」と言いかけてやめた。


 僕達は戦争をしている。


 彼女は紺色の宇宙を見上げその手をのばす、僕は丸い地球の輪郭りんかくに目を落とし、見苦しい言い訳を呟いた。


(僕が始めた訳じゃない……)


 彼女に聞こえないように心の中でそっと……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パイロットは紺色の宇宙を見上げその手をのばす。 山岡咲美 @sakumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ