第4章 原色の「世界」(西京市在住:赤井聡)

 青山一尉達はその後調査を終え、赤井家の門から姿を表した。

 一同、健康状態に異常は見当たらなかったが、皆疲労が溜まったような顔をしていた。

 無理もない。 明らかに異常な物を見つけつつも科学的には異常はないと結論づけされたいくつかの事象。

 いくら精神力を鍛えた者たちであっても、異常の体験者としては気持ちの整理がつかない。

 それが彼らに重くのしかかっているのであろう。

 ただ何の収穫が無かったわけではない。

 サンプルのために持ち出した草や井戸の水。

 これらは赤井家の敷地を出た瞬間から崩壊を始めたのだった。

 つまりはこの敷地内には何かがあるという決定的な証拠である。

 また、翌日のことであるが調査を行った化学防護隊のメンバー数名が姿を消した。

 彼らは駐屯地内で寝食を行っているのだが、翌朝の点呼に姿を表さないため不審に感じた同部隊の隊員が確認しに行った所、彼らの姿が消えていたと言う。

 その場で詳細は伝えられなかったが、あの地で何かしらの影響を受けたのかもしれない。

 そう考えると私は赤井聡さんの事を考えた。

 彼はそこで暮らしている以上、化学防護隊とは比べ物にならないくらい長い時間あの場所にいる事になる。

 その事を伝えるため、私は彼に面会を求めた。

 しかし結果はリモートでの面会なら受けると言う返事であった。

 私は落胆しつつも、まだ猶予は有るかもしれないと、彼との面会の時間を設定した。


 お久しぶりです、黒井教授。

 ぶしつけで申し訳ないのですが、本日はどの様なご要件でしょうか?

 最近、仕事の依頼が増えてましてなかなか時間が取れないものでして。


 ―そう話しだす聡氏。

 いかにも迷惑といった感じの話し方だった。

 以前の社交的な雰囲気とはうって変わった態度にも違和感が有る。

 しかし、それ以上に強烈な違和感が有ったのは、部屋の『色彩』であった。

 元々は古い木造家屋の二階を自室として使っているため、落ち着いた色合いの部屋であったのだが、今画面をとおして見えるその部屋は、部屋のいたる所から様々な色の光がかすかにもれ出ていた。


「大変申し訳無いのですが、本題に入る前に確認させて下さい。 部屋の模様替えされましたか?」

 いえ、特に何もしていないですが、何か気になりますか?

 俺はこの部屋の雰囲気、気に入っています。

 かつては辛気臭く、丸で死体に囲まれている様な感じがしていたのですがね。

 しかし今はどうでしょう、部屋、いや屋敷全体から活力あふれる感じがします。

 爽快な緑の庭。

 清涼感あふれる青い井戸水。

 生命感を感じる赤味のある柱。

 そして何より安らぎを与えてくれる黒い夜空。

 明瞭な色を得たは幸福だ……。


 ―まるでなにかに取り憑かれたかのようにうわ言を話す聡氏。

 私はこれほどまでに人間の表情から怖気を感じることは無かった。

 しかし、今の彼はどうであろう。

 確かに以前に比べ全身も顔立ちの整っている。

 いや、整いすぎている。

 まるで写実的に描かれた絵のように。


 失礼しました。

 最近、気持ちが明るくなり躁病なのかと疑いたくなることもあるくらいなんですよええ。

 でも自分の外の世界がこれほどまでに創作意欲を湧き上げさせるとは思っても見ませんでした。

 で、何の話でしたかな?

「……では手短に要件のみご説明いたします。昨日、政府から確認の為の自衛官がご自宅へ伺いましたが、その時に彼らに変わったこととかありませんでしたか? 」

 いや、特に変わったことはないと思いますが、何分初めて会った人たちでしたから詳しいことは何も。

「なるほど、ありがとうございます。 ところで気分が良いとのことですが、最近は落ち込んでいた感じですか?」

 いえ、これまでも特別体調が悪いということは無かったのですが、最近は特に調子がいい感じです。

 あらゆる物からインスピレーションを得られると言うか、これまで自分は何を見落としていたのだろうか。

 ともかくあらゆる物が新鮮に感じられるのです。

 ほら、あの角とか。


 ―彼が指した部屋の隅。

 そこに何かが。 まるで紙のような薄い物がヒラヒラと舞っている。

 しかし、私がこれを紙だと判断しなかったのは、その舞うものの表面で何かがうごめいているのが見えたからだ。

 もう一度、その何かに注目してみる。

 あれは鏡ではないか? 紙のような厚みのない鏡。

 まさかと私は思う。

 そう思ったのは鏡だけではない。

 鏡の中に映る聡氏の姿についてだ。

 その姿。 彼もまた厚みがないのだ。

 ああ、彼から受けた違和感の正体はこれだ。

 本来、顔や体に起伏があるゆえに陰影が生まれる。

 しかし、彼は陰影によって体の起伏を表現しているのだ。

 似ているようで異なる概念。原因と結果が逆転している存在。

 彼は既に我々の既知の存在ではないのかもしれない。

 ならば確認する必要がある。

 あくまで自然に。


「確認ですが、屋敷の外で会うことを今回拒否されましたが、今後もこの様な形がよろしいでしょうか。 確認のためにも一度健康診断を受けられたほうが良いかと思うのですが。」

 それについてはお断りいたします。

 調子が良いということは健康だという証拠です。

 それに外に出ている暇が有るのなら、俺は新しい仕事をこなしたい。

 今の御時世、ネット環境さえ整備しておけば、外に出ないでも仕事は可能ですからね。

 それにこの素晴らしい原色が溢れる世界から出ていくことは妙ではないかと考えています。


 ―そう言いながら彼はカメラを部屋の外、つまりは庭の方へと向けた。

 カメラは緑なす広大な庭を映し出す。

 そこには井戸があり、立ち木が見える。

 これらは陰影で厚みを表現しているのだろう。

 そして、その中に私は見た。

 何か不定形のシャボン玉の透明でありながら虹色の光をたたえる様な存在。

 それがいくつもいた事を。

 私はその存在を恐れていることを隠しつつ、手早く話を終わらせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る