第3章 碧き「井戸の底」(陸上自衛隊化学防護隊一尉:青山一馬)
文科省の要請により、陸上自衛隊化学防護隊が調査に向かったのは、紫部女史の面会から3日後の事であった。
それまで私は隕石の崩壊について調査を続けていた。
結果分かったことは、崩壊はある一定のサイズになると止まるという事だった。
最もそのサイズのまま固定されるのではなくそこから先は文字通り消失してしまう。
これは質量的にも同じ結果がでている。
つまり最終的には完全な無となる物質だったとう事になる。
もしこれが再現できれば、必要な時は形を維持でき、不要となれば消失する為、非常にエコロジカルな物が作れるのではないかとは、報告書を読んだある大臣の発言らしいが、私は消失することへに別の観点から考えていた。
まさにそんなある時に、調査部隊の準備が整った事を伝える連絡が来たのであった。
―調査開始日。
私は部隊を指揮する自衛隊幹部の青山一尉と初めて連絡をすることになった。
彼は化学防護隊に所属し、様々な化学薬品を扱ったテロへの対応を学んだエキスパートである。 今回のような事象についての知見は無いに等しいが、危険察知能力を買われての抜擢だとのことであった。
初めまして。
陸上自衛隊東部方面隊化学防護隊所属の青山一尉です。
よろしくお願いいたします。
「西京大学の黒川です。 本日はよろしくお願いいたします。」
早速ですが本次作戦ですが、在宅中の一般人宅での任務とのことですので、全員私服のスーツで対応となります。
もちろん万が一の事態に備え、簡易防護マスクと9ミリ拳銃、それと短機関銃を2丁用意しています。
「あくまで調査ですので穏便にお願いします。」
心得ています。
これらの装備はあくまで万が一の自体に備えてです。
それでは出発いたします。
―随伴する隊員の一人がカメラを手に持ったのであろう。 青山一尉の後についていく。
どこかの家の中かと思ったが、どうやら車載の司令室からだったのであろう。ドアを抜けるとそこは赤井家の入口前であった。
立派な門構えの旧家の門。 入口近くには何か落ち葉のようなものが吹き溜まっている。
しばらく掃除もできなかったためであろう。
そんな門をくぐった時点でそれまで青山の後ろを移動していたカメラが、少し速度を上げた。
撮影指示が青山から出たのであろうカメラマンが足早に庭の前に立つ。
まったく何の冗談か分かりませんね。
これが隕石が落下して数日しか立っていない庭の光景とは。
隕石の衝突跡はおろか、それらを示すものなど何処にありません。
こんな青々として整った庭のどこに隕石が落ちたのでしょうか。
(小声で)いや、隕石が落ちた後だからこそ、この状態の異常性が有るわけか……。
「隊長。家人に確認をとりました。 落下物の落着した翌々日にはこの状態になっていたとのことです。」
ご苦労。 調査を行った翌日と言うところに何か作為めいたものを感じるな。
赤井氏は調査終了後から何かしたか聞いているか?
「はい。 証言では散水機が故障していないか確認を行ったとのことです。」
さすがに試しに散水を行ってもあっという間に草が生い茂る訳はないだろう。
ちなみに散水機はどこにある?
「散水機ですか、一番近い物は隊長の足元の後ろ1メーター程のところにあります。」
了解だ。
これが散水機か……。 見た所、市販品と対して違いが見えないな……。
(小声)この広大な庭に散水するのは水道代も馬鹿にならないな。
「一応、赤井氏には確認したのですが、この散水機の水は水道水ではなく庭にある井戸から汲み上げているとのことです。」
なるほど、地下水が湧いているのであればそれを使えば水道代は浮くか。
ちなみにその井戸は飲料水などにも使っているのか?
「いえ。 飲食用には水道水を使っているとのことですが、何か関係がありましたか?」
いや、これはただの好奇心だ。
しかし、改めて考えても散水しただけですぐに草が生えてくることは無いし、一体これは何が起きているのか。
念のため、井戸を確認していこう。
―青山一尉とカメラは庭の端に設置されている井戸へと向かった。
そこには昔ながらの釣瓶があるのと同時に、よこにはそこそこ大きな発電機とポンプが設置されていた。
それらについての画像を確認したが、私が見る限りそれらについても庭の草と同様に整いすぎている感じを受けた。
教授。
井戸に着きましたので調査を開始します。
私も井戸を覗いてみます。
(カメラマンに向かって)カメラを借りるぞ。
では参ります。気になるところがあればカメラを向けるので指示をお願い致します。
―青山一尉が井戸を覗き込むと同時に、カメラも井戸の底を映す。
ライトに照らされたそこは狭い空間だった。
その奥に大量の水をたたえているのが分かる。
なぜならば光に照らされる透明感のある澄んだ青色の水がそこに見えていたから。
しかし、青色の水なんてものはこの世には存在していない。
少なくとも我々が目にする水は着色されていない限り透明である。
その常識を破り、井戸の底に貯まる碧色の水は飲水として安全なように見えた。
それは平面に描かれた水のようなのに。
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