第2章 緑なす「庭」(文科省衛生局:紫部彩花)

 彼女が訪ねてきたのは、崩壊する隕石の保存に我々が躍起になっている頃だった。

 紫部しぶ彩花あやかは衛生局に所属する官僚であり、私とは学生時代の同期である。

 その縁から色々と便宜をはかってもらえるので、私としてはありがたい存在である。

 もっとその為に面倒事を頼まれることも多々ある。

 隕石の件もその一例である。

 そんな彼女であるから、研究室に来るのはよくあることだったが、今回の話は普通には理解しがたい話だった。


 先日の落下現場だったところの赤井さんだけど、変なのよね。

「具体的に言ってもらわないと、我々には伝わらないのだが?」

 それはこれから話すわよ。

 あの件の後、周辺の住民も始めは興味深く観察していたんだけど、最近は気味悪がっているみたい。

「気味が悪いって何か変化があったのか?」

 夜になると顕著らしいんだけど、庭が光っているらしいのよ。

「光っている?」

 そ、正確には庭というか敷地全体が。

「もう少し具体的に言ってもらえないか? その話し方では色々な要素が考えられるのだが。」

 そうね。私もその連絡を受けた時に意味が分からなかった。

 だって、間接照明なんて周囲の道路に有る街頭くらいなのよ。

 つまり敷地外から内部を照らす人工的な明かりなんてないし、よしんば家の明かりをすべてつけてかつ外向けにライトを照らしていたって四角ができる以上、敷地内すべてが明るくなるわけがない。

 そこで、うちの局員を派遣して外から確認したのよ。

 これはその時の写真。


 ―彼女が取り出したコピー紙には赤井家の敷地を夜間外から写した物だった。

 その写真は高い塀越しのため、内部をうかがい知ることができない。

 しかし、塀の上の辺りをみると微かな光が見える。

 その光はどの角度、位置からの写真からも確認できる。

 可能性としては塀の内側に豆電球のような小さな明かりをつけていればこんな事もできるが、誰が何のために?


 ね、分からないでしょ。

 だから次の手として赤井さんに、庭の写真を撮って送ってくれるように依頼したの。

 結果は何かの冗談かと思ったわ。


 ―再び彼女が出してきたファイルには「機密」の文字がある。

 その文字に一瞬躊躇したが、彼女は私がこのファイルを見ることを必須と考えているから見せてきたのであろう。

 私は意を決し、そのファイルを開いた。

 まったく何の冗談だろうか。

 そこには赤井家の庭が写っていた。

 広い敷地、奥には高い壁。

 そしてその

 そうあの焼け野原と化した黒と茶色に覆われた庭ではない。

 草木が適度に生い茂った手入れの行き届いた庭であった。


 やっぱりあなたも同じことを思ったわね。

 まだ隕石落下から数日しか立っていないのに、手入れされた草が茂る庭なんて、芝生の入れ替えでもしていないし業者の出入りは確認していないから、そんな事は無理。

 だから赤井さんに確認してみたの。 これは以前の写真ではないかって。

 でも彼からの返答はNO。

 間違いなく依頼のメールを見た直後に撮影したと言うのよ。

 それに。


 彼女の言いたいことは分かった。

 この写真の草木であるが、よく見ると不自然なのだ。

 自然に生えているものであれば、多かれ少なかれそれぞれの長さや大きさにばらつきがある。

 しかし、この写真に写る草木はまるでコピーしたように大きさなどが一致する。

 それでいて遠近法的には正しい。 つまり奥に行けば行くほど小さくなっている。

 さらには陰影の付き方が特徴的である。

 これらを統合すればこの写真。

 少なくとも木々に関しては画像作成ソフトで加工した物ではないかと思わされる。

 ただ同時に、これらがイラストであるのなら、その制作時間が月単位で必要なほど精密な書き込みであり、もし隕石落下後にこの画像を要していいたのであれば、赤井聡の技術や素早さは一流どころの騒ぎではない。

 それらの事を踏まえて考えるとこの写真は二つの矛盾する事実を内包することになる。

 それでは答えを見つけるためにはどうすればいいか。

 私達の答えは決まっている。

 人を派遣し実際の状態を確認することである。

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