第24話

「おじゃまー、ここに理音が居るって聞いて来ちゃいましたー」


「理音がここに入院してるって嬢長が言ってたんで来たよ」


 部屋に突然2人が入ってきた。

 陰見理音の職場の同僚である藤咲佳と牧野有栖だ。

 2人はそれぞれお菓子と本を持って病室に訪れた。 

 そして、両者は部屋の中心に位置するベッドの上で目を腫らす少女を目にする。


「理音が入院してる、って聞いて来てみたんだけど・・・・・・これはタイミングを間違えたかもしれない」


「かもー」


 この病室の主である陰見理音はその目を赤く腫らしており、恐らく泣いていたんだろうと両者は察する。

 しかしながらその理由は分からない。

 なにせ職場の同僚がRTAで世界一位の記録を叩き出して、そしていつの間にかダンジョンの本流であるA-1の9層ボスを討伐していて、彼女たちにとってそれだけでも理解するのに時間を要する事だった。

 そして、今回はそのお祝いという事でサプライズをしようと両者は大慌てで話し合ってこちらに来たのだが・・・・・・

 見てみれば理音は泣いているではないか。 

 2人が反応に困るのも訳ないのである。


「理音・・・・・・」


 彼女らにとって既に理音は遠い存在になってしまった。

 人類初の9層討伐を電撃的に達成した英雄なのだ。

 まだ世間ではその事実は広がっていないが、それでも彼女らの上司から今朝その話を聞いていた。

 

 しかしながら、彼女らにとって理音が遠い存在になってしまったと言ってもあくまでも理音は理音であり、かけがえのない幼馴染で、同じ施設で育った友なのだ。


 だからこそ、である。

 彼女たちはあれこれ考えるより先に体が動いていた。


「ほら、理音付いてきて!」


 少女の手を引き、牧野有栖は病室から出る。

 

「何があったのかは知らないけど、こういう時は外に出てスッキリするのが一番いいの」


「え?ちょ、待って」


「待たない!」


 その言葉を聞き、少女は困惑した。

 だが、お構いなしに牧野は進んでいく。

 その後ろに付いていくように藤咲も付いていった。


 しばらく歩くと病院から出た。

 雲ひとつない快晴の空の下、牧野が呟く。

 

「私ね、理音と一緒にずっと居て分かったことがあるの」


「・・・・・・?」


「それはね、理音が泣く時は大体怖がってる時。最近はちょっとあんま話せてなかったからそこは知らないけど」


「・・・・・・」


「でもね、理音はきっと怖い思いをしたんだって分かるの。だって世界一位だよ?人類未到の新階層の攻略だよ?死ぬほどの思いをしてるに決まってる」


「まあ、それはそうだけど・・・・・・」


「知ってるんだからね?理音がこんなに有名になる前から冒険者をやっていて、毎日死にかけていたって事」


「それなー、ほっぺたに包帯つけててバレてるっつーの」


 2人は笑った。


「だから、さ?きっと生きてることにホッとしてるんだと思う。ゴブリンロードだかなんだか知らないけど、そんなのと戦って理音は怖かったんでしょ?」


 その言葉を聞き、少女は目を瞑った。

 実際、そうであった。 

 

「怖かったよ、怖かったよぉ・・・・・・痛いし怖いし、死ぬほど怖かったよぉ、うっ、うっ・・・・・・」


 言葉が溢れ出す。

 涙が溢れ出す。

 

 どれだけ強かろうと怖いものは怖いし、痛いものは痛い。

 配信ではリスナーたちの温かいコメントに心が緩んでしまい泣き出した。

 陰見理音は齢24である。

 酒もタバコも吸える大人だ。

 だが、人は思っているよりも弱いのだ。

 大きかろうと小さかろうと理性に差はあれど死の恐怖への耐性は変わらない。

 戦いの中で多少興奮していたとはいえ、まだ未成熟の精神である陰見では苦しかったのだ。

 


「・・・・・・ね?怖かったんじゃん。だから今日はストレス発散しよ?」


「ストレス発散?」


「それは・・・・・・ふふふ、アレだよ」


「バッティングセンターに決まってるでしょー」


 少女たちはそう言うと、目的地を目指して再び歩み出した。

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