第25話
私はこれまで生きていくために必死だった。
進学費を稼ぐためにバイトを頑張ったし、奨学金を取るために勉強もそこそこ頑張った。
だからか、娯楽に当てる時間はあまり取れなかった。
まあ、金のかからないインターネットとかは人並みに見はするが。
そう言うわけで私は今まで一度もバッティングセンターには行ったことがないのだ。
故に、当然バッティングセンターの遊び方を知らない。
「で、どうやってバッティングするの?」
「ふふふ、見ておれ」
そう言って有栖は近くに置いてあった貸し出し用のバットを手に取り、バッターボックスに入って行った。
ちなみに、バッティング料金は佳たちが払ってくれた。
「こうして、こうやって、こう」
そして手際よくバッターボックスの端に備え付けられた球の設定を弄る機械(?)みたいなのをポチポチすると、
ウィーン、ガッ、ゴッ
錆びているのか、やや不快な機械音が響きながらバッターボックス内の前方に位置するピッチャーから球が飛んできた。
佳は腰を落とした構えの姿勢から、腰を捻り全力スイングを放った。
カーン!と気持ちの良い音が響くと球が明後日の方向へ飛んでいった。
『ホームラーンwwwおめでとうwwwwwwww』
不愉快な声で祝福の辞が響く。
男が変声器で録音したかのような甲高い苛立ちそうになる声だ。
「ムカつくね、この声」
「それなー、毎回思うけどこのアナウンス早くやめて欲しいー」
ふむ、どうやら佳も同じことを思っているようだ。
正直この声を毎回垂れ流されるのは不愉快だから消してほしい、という感想を抱いていると、
「じゃあ、理音もやってみよか」
「うい」
と言う訳で近くに備え付けられているバットを手に取る。
普段から身体強化など施していないので今の私はただのどこにでもいる女の子って感じだ。
だからかバットがとても重く感じる。
まあ、頑張れば持てないほどでもないのでそのままバッターボックスに入ってゆく。
何年ぶりだろうか。
バットを持って球を打つなんて高校生の時に授業でやって以来だ。
しかし、それでも外したら恥ずかしいので真面目にやろうと思う。
端に置いてある機械を弄ると、バッティングが始まった。
ウィーン、ガッ、ゴッ
先ほどと同じ音が響き、ピッチャーからこちらへ球が飛んでくる。
有栖がさっきやったのと同じように、腰を落とした構えから腰を捻りフルスイング。
「うりゃああああああ!!!」
狙うはホームラン。
と、思ったが、
「ありゃ?」
予想に反してバットに球が掠り、高速で回転しながら後ろへ飛んでいった。
「ファウル!下手くそー」
その様を見てこれ見よがしにバッターボックスの外から2人は下手くそやらバッターアウト(?)やらなんやら野次ってきた。
なんでこの人たちは初心者相手に煽ってきているのだろうか。
心の中でため息をつきつつ、再び腰を落とし構える。
今度は外さない。
ダンジョンの時の様に集中。
球を観察、解析。
そして最適なバットの振り方を反射神経で割り出す。
「ここっ!」
全力スイング。
小柄で肉無し体型の私といえども、遠心力を合わせればきちんとした力は出せる訳で、球は明後日の方向へ飛んでいった。
「おおー、上手い」
「初めてなのに既に私より上手くなってるー」
ジーンと手に球を打った感覚が伝わる。
何か、気持ちのいい感触だ。
不思議ともう一度味わってみたいと思ってしまう。
「意外と楽しいね」
「でしょ?スッキリするでしょ」
スッキリ、か。
まあ確かに言われてみれば心がスッキリした様な気がする。
さっきまでよく分からなかった自分の気持ちが落ち着いたようだ。
「もう一回するか」
「ハマってるじゃん」
「ハマってないよ」
「草」
意外と楽しかったので、再びバットを構えワンモアゲーム。
▼△▼△
「ふう、水がうまい」
バッターボックスの外のベンチにてゴクゴクと喉を鳴らす。
やっぱり運動の後の水は最高だ。
体の隅々まで清涼感が行き渡って気持ちが良い。
「あー、バッティングセンターさいこー」
来てよかったバッティングセンター。
心が晴れ渡った感じがする。
短い間に色々なことがあって処理しきれていなかった心が、なんだか落ち着いた気分だ。
久々にこんなに爽快な気分になったかもしれない。
確かにダンジョンボスを倒したり、ニューレコードを達成した時も気持ちが良いが、こう言う爽やかな幸せとは別の気持ちよさだ。
私は普段からこうやって運動したりする人間ではないのだが、こう言うのも案外いいかもしれないと思った。
「ああー、疲れたー。もう腕がパンパン」
佳はそう言うと赤くなった二の腕を見せてきた。
私も私でパンパンだが、佳も凄いな。
今日は既に10ゲームほどプレイしたが、流石にやり過ぎたな。
明日は筋肉痛で地獄を見ることだろう。
全く、何事もやり過ぎはよくないね。
「──ねえ、そこのお姉ちゃんたち、ちょっと話聞いてくれない?」
そんなこんなで涼んでいると、後ろから話しかけられた。
振り向いてみると、金髪の男が数人。
なんだ?
「おお、すごく可愛いね、君」
はあ?
いきなり初対面でそんなこと言われても私は別に嬉しくないぞ?
というか誰だね、君たち。見ず知らずの人にそんなこと話されても困惑してしまうじゃないか。
なんて心の中で考えるが実際にはコミュ障の私では口が動かなかった。
同じく佳たちも戸惑っているのかおろおろしている。
「あ、ありがとうございます?」
「いいねー、すごく可愛いよ。小さくて守りたくなる。だからさ、今からちょっと俺たちと遊ばなーい?」
おいおい、ナンパじゃねえかよ。
流石の私でも分かるぞ。
こう言うのってお持ち帰りナンパって言うんだっけか。
可愛い女の子を誘ってちょめちょめするやつ。
ん?可愛い女の子?
「ちょ、いや──」
「ねえ、そんなこと言わないでさ?名前聞くだけでもいいから」
そしてその場を離れようとする私の腕を掴んできた。
コイツの手、へし折ってやろうかな?
身体強化を持ってすれば人間の骨を折るなど容易い。
マジでやってやろうか──
「ダメですよ?陰見君は僕の物です。あなた如きに手は出させませんよ」
その時、どこからか尾間さんが現れ、金髪男の腕を掴んだ。
「チッ、彼氏持ちかよ」
そう言い残すと男は踵を返し去っていった。
で、なんで尾間さんがここに?
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