2話 桜色

「はぁ、はぁはぁ」

病院に駆けつけた湊は肩で息を切らしながら愛人の由美のいる病室で涙を必死にこらえていた。

「ど、うした、の?」

ベッドで途切れ途切れに話す由美は無理やり笑顔を作ってなんとか湊を元気にけようとしていたが、動かない体がいうことを聞かなかった。

「由美、退院したら、退院したら、一緒に水族館行こうって約束したよな?絶対一緒に連れてってやるから、連れてってやるから…。」

涙がボロボロと握った由美の手に落ちるのを感じながら話していた。

「あ、り、が、 と。」

心からの笑顔で話していた由美は目をとじ、最後に口を開いた。

「し、あ 、わ、せ、に、  い、き、てね。」

最後の力を振り絞っていってくれたその言葉に湊の肩の震えが激しくなった。


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それからの湊の生活は一変した。

由美を失うことは自分の一部を失うことと同じだった。

何をしていても由美のことを思い出しては涙を流してしまう。

高校の教師だった湊は生徒から「楽しい先生」から「暗い先生」というイメージになった。

正直、湊からしても、泣いてばかりいることも辛かった。

由美の最後の言葉を思い出し、ぼんやりとつぶやいた。

「未来では笑ってられるといいな。」

ぼんやりとしていたせいか、そのあと学校に向かおうとすると、時計屋のようなところにいた。

なんとなく寄り道をしたくなって、店の中に入ると、小柄な女性が袴を着て立っていた。

「いらっしゃいませ、おきゃ…。まぁ、何かございましたか?奥でお座りください。」

湊の腫れた目を見て驚いた様子で奥へと案内してくれた女性は未来さんというらしい。

奥の部屋にはいろとりどりの瓶で溢れていた。

未来さんはテーブルの上に紅茶を置き、ショートケーキを食べるように勧めてくれた。

「いただきます。」

ふんわりとしたなめらかな舌触りのケーキを食べ、少し落ち着いた湊は事情を話した。

黙って聞いていた未来さんは湊が話を終えようとすると、突然話し始めた。

「もしや、その彼女さんというのは夜野由美さんでしょうか?」

「ええ、そうです。彼女も、ここに来たことがあるのですか?」

「夜野さんは、あなたに会ってよく笑うようになったと言っていました。ですが、同僚の方にいじめられ、そのことがあなたにわからないようにと隠したいと言って、ここへやってきたのです。あ、その感じだと、カードを読まずにきてしまったのでしょう?ここの名前は未来屋でして、私が店主。幸せな未来を瓶に詰めて売っているんですよ。ここに来れるのは特別な思い出がある人だけ。いつもだったら、おすすめをするんですが、あなたにはこちらをあげましょう。お題は結構です。」

そうして差し出した瓶には溢れんばかりの桜色が入っていた。

体にかければ、幸せな未来がやってくるらしい。

夢のような時間はいつの間にか終わり、未来色屋の表に出た。

「夜野さんから聞いた時、素敵な関係性を持っているんだな、と思いました。私…。喧嘩して別れたきりの妹がいるんです。いつか、そんなふうにまたなりたいなってちょっと思ったんです。会いたいな…。」

湊は店主に微笑みかけながらさようなら、と言った。

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