■シーンⅡ 尸街-Shigai-

「おうおう、容赦ねェなァ」


 モール内も外と同様凍てついており、中に居た一般人たちも等しく凍死していた。絶対領域の最中に死亡したこともあり、一瞬も苦しまずに眠っただろう。

 屍の組織に取り憑かれた一般人は抵抗の術を一切持たない。意識があるまま肉体を侵蝕され、生きながらにして肉塊の一部へと変容させられてしまう。ただ、これまで見てきた屍と違うのは、肉片や組織が付着しているにも拘らず、侵蝕が進んでいないことだ。買い物客たちはまるで店頭に立つマネキンのような姿で固まったまま、店のあちこちに佇んでいた。


「迷惑野郎は爆発で中央ホールをぶち抜いて、地下駐車場にいるんだったか?」

「ああ」


 中に進むと、事前情報の通り中央ホールの床に爆発による大穴が空けられており、吹き抜けの天窓から地下まで直通の空洞が出来ていた。穴から下を覗けば、椿の氷に抗おうと僅かに蠢く巨大な肉色の塊が見える。しかし、抵抗も虚しく徐々に青紫へと変色していき、動きが鈍くなっていく。


「あれか」


 十メートルほど離れた位置に飛び降りると、上から見たときよりも歪な肉塊がよく見えた。それは、駐車場に停まっていた車や買い物客らを取り込んで、金属パーツと人体の部位を肉塊のあちこちから歪に突き出した、奇妙な形をしていた。更に体内で小規模の爆発が起こっているらしく、氷に閉ざされた奥から破裂音が聞こえてくる。


「なるほど、ガソリンの爆発で氷に対抗しているのか」

「難しいこと言って感心してる場合かよ」


 真面目な顔で屍の抵抗に感心する誠一朗に、珍しく凌がまともなことを言った。

 それには答えず誠一朗が凌から数メートル距離を取ったのを横目で見、凌が鎖鎌を握り直す。


「ああやって組織をばらまいて増えるんだよなァ……面倒くせェ」


 肩を回してゴキリと音を鳴らすと、凌は大きな黒い鎌を振り上げた。


「さァて、皆まとめて焼き払ってやるぜ」


 高く飛び上がり、黒い大鎌を振り下ろす。同時に氷が割れ、一瞬自由になった屍が全身に出来た醜い瘤のような発声器官から、歓喜の雄叫びを上げた。


「うるせェよ」


 直後、鎌から炎が噴き上がり、醜悪な肉塊を包み込んだ。

 業炎はショッピングモール内部全域に至り、死亡した一般客をも飲み込んでいく。客を閉じ込めていた氷が砕けた瞬間、マネキンのように固まっていた人がぐずぐずと崩れては、肉色の組織塊になって建物を覆い尽くそうとした。これが、今回の事件を引き起こした爆弾魔の狙いだった。


「そうか。一般客を無自覚のまま外へ放ち、街を乗っ取る算段だったのか」


 更に数歩、凌の炎から逃れるべく下がりながら誠一朗が感心して呟く。絶対領域によりそれは阻まれたが、もし支部員の対処が遅れていたら被害はショッピングモールだけでは済まなかっただろう。

 しかし、屍の思惑も虚しく、取り込んで増殖するはずだった肉の素材たちが、全て焼き払われていく。荒れ狂う業炎がショッピングモールの内部も、外壁も、天井も、一切の区別なく全てを焼き尽くして、最後には澄んだ氷の城塞だけが佇んでいた。


「火葬完了。って、あー……マジかよ。やっぱアイツの氷までは溶かせねェかァ……どうなってんだこれ」


 悔しそうに歯噛みしながら笑みを浮かべるという器用な真似をして、凌は鎌を肩に担いで息を吐いた。地下まで貫かれた大穴と化したショッピングモール跡地をざっと見回してから跳び上がり、穴の縁に立つと、誠一朗は外の駐車場から砕けた車止めの破片を拾ってきて穴の中に放り込んだ。

 直後、ドンッという音と共に砂が大穴を埋め尽くした。誠一朗がその上に立つと、足元から波紋が広がるようにしてコンクリートの地面へと変化していった。


「埋葬完了」


 ショッピングモールがあった広大な敷地は、一面のコンクリート広場と化した。

 端に残る縁石の欠片と白線の跡だけが、僅かに嘗ての様子を思わせるのみ。


「終わったぜェ。テメェの氷、マジでわけわかんねえよ」

「あんたの火力不足だろ」


 悠然と歩いてくる二つの影を認め、椿は軽口を叩きながら氷の城を砕いた。破片が光を乱反射させながら、儚く散っていく。

 その様子を見て葬儀終了を悟った支部隊員は、敷地の遙か外から急いで駆け寄ると四人に向けて頭を下げた。


「ありがとうございました。助かりました」

「礼を言うのは全部終わってからにしな」

「そうですね……これほどの大事件は久しく起こっていなかったので、鎮圧にはまだ暫くかかりそうです」


 まだ絶対領域を解いていないため周囲は静かだが、このまま解除すれば人々はまた狂乱に陥ってしまうことだろう。今回の事件は真昼の街中で起きてしまったために、出来事を目の当たりにした人の数も多い。

 港支部に所属している変異種の持つ記憶置換能力は、一対一や少人数のグループに対して有効で、今回のように街一つとなると対策本部の力天使クラスの異能が必要になる。


「……仕方ない、アイツに頼むか」

「なにか、当てがあるんですか?」


 支部隊員の問いに、椿は黙って頷き、端末を取り出した。


「至急、港市まで来い」


 片手で操りどこかへかけたかと思うと、挨拶もなく突然要件を投げつけた。端末の向こうから微かに声が漏れ聞こえているが、椿はお構いなしに「二分待つ」と言って切った。


「あ、あの……」

「暫し待て」


 そう言われては待つしか無い。

 その場で待機していると頭上から気配を感じて、支部隊員は思わず見上げた。


「ハッピーハロウィーン!!」


 直後、葬儀の場にそぐわぬ浮かれた叫び声と共に、浮かれた格好の少女が、何故かロリポップに跨がった状態で舞い降りた。黒と紫と橙色で構成された魔女の衣装は、季節外れのハロウィンのコスプレそのものだ。


「もうっ、椿ちゃんってば相変わらず魔女使いが荒いんだからー!」

「いいから早くしろ」

「わかってますー!」


 呆気にとられている支部隊員を後目に話が進んでいき、空から降ってきた少女は、身の丈ほどもあるロリポップを振り回した。可愛らしい仕草や外見とは裏腹に、野球バットの素振りにも似た鋭い風切り音が辺りに響く。


「痛いの痛いの、どっか遠くに飛んでいけーっ!」


 少女がそう叫ぶと、風が虹色に煌めく光を纏って町中を駆け抜けていった。

 その光は俗な喩えをするなら子供向け魔法少女アニメの特殊効果のようで、超常の世界を知っている立場であっても、あまりにも場違いすぎて奇妙な光景に映る。

 ややあって、不思議な風が町全体を覆うと少女は息を吐き、ロリポップの柄の先で地面をトンと叩いた。瞬間、街中を覆っていた光が弾け、辺りに静寂が戻った。


「記憶改竄完了したよ。取り敢えず、ショッピングモールは地震の地盤沈下で消えたことにして、死んじゃった人はまあ、事故死ってことになるかな」

「十分だ」


 少女の説明を受け、誠一朗は背後の更地と化したショッピングモール跡地を見た。


「それなら……」


 誠一朗は小さく呟くと石を拾い、前方の空間に放り投げた。瞬間、穴を埋めたとき同様腹に響く大きな音がして、瓦礫の山が出来上がった。

 その見た目は、もしショッピングモールが倒壊したらこうなるだろうという凄惨な姿をしている。なにより恐ろしいのは、瓦礫の下に遺体らしきものも再現され、逃げ遅れた犠牲者のオブジェとして折り重なっていることだ。


「このほうが、都合がいい」


 誠一朗の仕事を目の当たりにして、少女が満足げに頷く。格好はふざけているが、彼女も葬儀屋メンバーと大差ない力の持ち主のようだ。管理局が一日以上かけて行う街全体の記憶処理を一瞬で行ってしまったのだから。


「あの……失礼ですが、あなたは……?」

「うん? ぼく?」


 人差し指で自分の胸を指しながら首を傾げる少女に、支部隊員はそろりと頷く。


「エルフリート。コードネームは《夜半の祝祭――トリックウィッチ》だよっ!」

「トリックウィッチ……ご助力感謝します」

「いーのいーの。ぼくの能力ってこんなときくらいしか使わないしー?」


 丁寧に頭を下げる支部隊員に、エルフリートは笑ってひらひら手を振った。


「あとは警察と君たちで何とか出来ると思うよ。じゃ、ぼくは戻るね!」

「礼はいつもの場所に送る」

「ありがとー!」


 椿の言葉に満面の笑みで答えると、エルフリートは来たときと同様にロリポップに跨がって飛び去った。


「オレらも帰るかァ」


 誰からともなく歩き出し、葬儀屋たちは現場を去って行く。その背を見送ってから支部隊員は彼らの仕事の痕跡を見た。

 変異種は、等しく超常の力を持つ。日常の住人からすれば、この支部隊員も脅威に他ならない。だが葬儀屋は、彼らの力は並大抵ではなかった。

 一瞬で全ての生命を凍結した少女も、建物の痕跡すら残さず焼き尽くした青年も、更地と化した空間に倒壊した廃墟を再現した男も。エミリーという少女は彼らほどの派手さはなかったが、その目でなにかを見抜き、彼らに進言した。

 なにより、エルフリートという少女の持つ記憶改竄能力は群を抜いていた。


「確か、噂で聞いたことがある……人に寄り添う人ならざる存在、《影なる隣人――スケアクロウ》」


 怪異などに《銀の靴》が取り憑いた存在の中に、そう分類されるものがある。人の世に紛れ、人の認識と記憶を書き換える。例えば場違いな街にいる猫耳が頭に生えた少女のことも、そういうコスプレだと認識したり、彼女は元々そういう子だと当然のように受け入れる。

 管理局が使う記憶変換処理は、一説には彼らの異能に示唆を得て開発したらしい。そうして彼らは、巧みに人と共存しているという。

 抑も、《銀の靴》の発生源である電脳生命体ドロシーこそが原初のスケアクロウであると言われていて、人の世に潜むスケアクロウたちはドロシーのお友達と称されることもある。


「……世間は広いな」


 そう呟くと、支部隊員は数少ない人員と協力して事態を収めるべく動き出した。

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