参幕◆雑音と戯言
■シーンⅠ 廟巣-Byousou-
NOISE対策本部、指令室にて。
緊急の呼び出しを受けた葬儀屋メンバーが、対策本部長、神城宗司の前に整列していた。重厚なマホガニー製の机を挟んで向かい合う互いの表情は硬い。
今回此処に集められたのは白雪椿、金居誠一朗、鹿屋凌の三人だ。凌がチラチラと視線を送るのを椿は煩わしそうに眉を寄せ、直接見ないよう努めている。
重苦しい空気の中、口火を切ったのは神城だった。
「皆さんにはこれから、港市へ向かって頂きます」
そう言うとコンソールを操作し、三人の前にARモニターを展開した。
画面には街のあちこちに設置された監視カメラでリアルタイムに撮影されている、現在の港市の様子が映し出されていた。どの地点の映像を見ても一刻の猶予もないと実感させられる有様だ。
「ひでェな……」
「絶対領域が使われてない……支部員が足りてないのか?」
凌と椿の言葉通り、港市の中心街はひどい有様だった。
街が現地の管理局と先行部隊によって封鎖され、あちこちから煙が上がっている。音声は入っていないが、恐らくは街中で悲鳴や怒号が飛び交っているであろうことが映像から伝わってくる。大抵は混乱を防ぐために事件発生を確認した支部員が即座に絶対領域を使用するものだが、何故か使用されていない。更に妙なことに、普段なら人が多くいるであろうショッピングモールにだけ、人影一つ見当たらない。
後者の理由は、すぐにわかった。
「港市のショッピングモールにて《屍》が発生。葬儀屋案件であると見做し、出動を命じます。最優先事項は、葬儀の完遂。市民の避難誘導等は、現地の支部員に任せてください」
「了解」
短く答えて踵を返そうとしたとき、神城が「それから」と言った。
足を止めた三人に、神城は手短に付け足す。
「今回は《幻惑の瞳――アウローラ》を同行させます」
「アイツの眼が必要なのか……」
苦々しく吐き捨てた椿に、神城が重く頷く。
アウローラとは、里見医師の助手をしている少女、エミリーのコードネームだ。
彼女は生来の盲目だったが、変異種に覚醒すると同時に特殊な《眼》を得た。その特異な眼は《銀の靴》を含む命の色と形を見抜き、彼女の異能である膨大な知識量と演算能力で以て正確に正体を導き出す。
今回は、屍発生の規模が街単位である以上、一人一人確かめていてはキリがない。それゆえの、彼女の同行だった。
「状況によってはショッピングモールを捨てざるを得ないと思われます。皆さんには早急な解決をお願いします」
いずれにせよ急ぐ必要がある。三人は今度こそ踵を返し、部屋をあとにした。
「一般人の避難が進んでないのはそういうことだったのか……」
「ショッピングモールだけで済んでると思いてェが、どうだろうな」
早足で進みながら、椿と凌が言葉少なに語る。
廊下の奥からエミリーが飛び出してきて三人に合流すると、凌は無言で歩幅の狭いエミリーを抱え上げて、そのまま早足で廊下を進んだ。
「座標は把握している」
人気の無い廊下の片隅で、誠一朗が扉を作る。非常口によく似た無機質な金属扉を開けた先は、ショッピングモールの裏手だった。
誠一朗は、ヘルメス能力とフレイヤ能力の持ち主だが、特別な調整を受けていて、クロノスが持つ空間転移の異能や亜空間作成能力なども使用することが出来る。
椿と凌が戦闘力に特化している一方で、細かい作業をを苦手とするため、誠一朗が雑務能力を身につけたのだ。二人が無理ならとすぐに調整を受けて覚えてくる辺り、彼も規格外の
「ひでェ騒ぎだな」
「モール内部が確保されていれば問題ないだろ、行くぞ」
扉を潜ると、四人の背後で扉が消えた。
ショッピングモールの内部は、変異種が必ず持つ非能力者や下位能力者を強制的に無力化させる《絶対領域》で覆われており、喧騒は主に外から聞こえている。
中は不気味なほどに静かで、炎や煙、悲鳴が上がっている街中と比べると、墓地の様相すら感じられる。絶対領域で抑えられている以上一般人の声がしないのは当然として、屍が暴れる音すらも聞こえないのは異様だ。
屍は現状、葬儀屋ではないソルジャークラスの隊員では抑えることが出来ない。
だからこそこうして出向いているのだから。なのに何故、こんなにも静かなのか。
「状況は」
現場を押さえている支部員に椿が話しかけると、支部隊員は紙のような顔色で振り向いた。港市ショッピングモールがあるエリアの支部にはソルジャークラスだけでも五人はいたはずだが、この場にいる部隊員は、いまにも死にそうな顔をした男性隊員一人だけだ。
「ショッピングモールに爆破予告があり、まずは、警察が出動。同時に、NOISE反応を感知したため、すぐ我々が駆けつけたのですが、到着と同時に犯人が自爆……それが……」
「屍化したってのか」
「はい。……爆発には、エンジェル隊員二名と支部長が巻き込まれました」
静寂が包むショッピングモールを見つめながら、支部隊員が悔しげに言う。つまりいま、街中で動けるのは現場を抑えている彼を除いて、一人きり。あれほど広範囲に渡って混乱している理由がわかった。
「観測範囲ですが……支部長たちは、真っ先に喰われました。一般人も喰われているものと思われるのですが、地下に落ちて以降、不気味なほどに動きがありません」
通常の異能による爆発であれば負傷はすれども命を落とすことはそうない。彼らもまた、前線で戦う兵士なのだから。けれど屍の爆発は、命あるものもないものも全て喰らい尽くす、異形の宴。支部長たちは爆炎により傷ついた箇所から侵蝕され、瞬く間に変質してしまったという。
「私は、現場の保存と葬儀屋への依頼のため前線から退避。一般人の避難誘導は命令通りまだ行っていません。……以上です」
「わかった。アウローラ、どうだ」
支部隊員に頷いてから、椿は傍らで凌に抱えられているエミリーに訊ねた。
エミリーはじっとショッピングモールを見つめ、それから、外をぐるりと一周するように眺めると少しだけ安堵した。しかし、ショッピングモールを見つめる白い瞳は哀しげに揺れ、そのまま浅く伏せられた。
「中は全滅です。……ただ、外には漏れていません」
「そうか。おい、あんた」
「は、はい」
「敷地から出ろ」
「えっ……い、いったいなにを……」
椿の言葉に驚く支部隊員に、椿は「二度は言わない」と低く唸って、氷のオーラを纏い始めた。その目は、研ぎ澄まされた刃のようでも絶対零度の氷のようでもあり、更に問い返そうとした隊員の言葉を喉奥へと押し返した。
隊員が後退ったのと同時に椿の《絶対領域》が展開する。そして、その上をなぞるようにして身を切る冷気が満ちていく。
「等しく眠れ」
冷たい宣告と同時に、ショッピングモールは氷の城塞で覆われた。荘厳な城塞は、まるで童話の雪の女王が住まう居城のようで。
場違いなほど晴れやかな空の下、陽光を反射して煌めいている。
敷地の外にいても、肌を刺す冷気は容赦なく襲ってくる。ついでに《絶対領域》を街全域に張り巡らしたらしく、背後で起きていた騒動が一時的に収まった。
「まさか、そんな……」
変異種は必ず所持する、絶対領域。しかしこれも、変異係数の高さによって範囲と強さが異なるものだ。現場を押さえていた隊員と街に向かった隊員が街全体を覆って騒ぎを抑えなかったのは、ひとえに彼の絶対領域の効果範囲がそれに満たないからに過ぎない。
「あれが……モルグの主、氷の女王の力……」
聳え立つ氷の城を見上げ、支部隊員は呆然と呟いた。
椿が凌に向けて視線だけやると凌は口角をつり上げて頷き、城の中へ駆け込んだ。その後ろを誠一朗が無言で付いていく。
凌に抱えられていたエミリーは椿の傍らに降ろされ、見えない目で二人を見守っていた。
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