ひかる

 「琥珀、今日気合い入ってるね。そんなに公開練習楽しみ?」

 「ええ」


 花火大会が終わって数日後。部活の公開練習日当日、稽古着に着替えながらそわそわと浮足立つ私を、悠矢は目を細めてからかいます。


 「その様子だと、今日、名取見に来るんだね?誘えたんだ、もしかしてもう付き合ってるの?」

 「つ、付き合ってるなんて、そんな……っ!桜くんは“友達”として私の応援に来てくれてるだけで、」

 「へーえ?でも呼びになったんだ。こないだの花火大会、かなり進展したみたいだね」


 流石は悠矢、呼び方の変化に目聡く気付きます。まるで子どもの成長を見守る親のような表情をする悠矢に背を向けて、乱れた心を落ち着かせるように息を吐きました。集中しろ、腑抜けた技を披露するわけにはいかないから。私をからかう悠矢のことなんて、無視してしまえ。


 「――――琥珀」

 「…………」

 「からかってごめん、無視しないで」

 「…………なんです、か」


 無視を決め込む私に焦ったのか、悠矢が謝罪してきます。少なくとも、からかうような声色は感じられない。仕方なく振り向くと、真剣な眼差しをした悠矢が、私をまっすぐ射抜いていました。


 「今日、名取を惚れさせちゃうぐらい、格好良い姿見せようね。応援してるから」

 「………………はい」


 頷くと、悠矢は嬉しそうに笑っていました。




 さて、本日の公開練習のメインは披露会。我が抜刀部はとある流派(割愛させていただきます)を納めており、今日はその基本の型、そして少々難易度の高い型を披露する機会となっています。私は最後から2番目に型を披露。

 道場には既に多くの人が来ていて、部員の家族もいれば、OBの先輩方、同じ流派の別道場の人、友達から全く知らない人までズラッと並び、わたしたちの一挙手一投足に注目しています。


 「琥珀さん!」


 ざわめく道場の中に、はっきりと届く声。ちらりと目を向けると、桜くんがこちらに手を振って声を上げている。今すぐにでも返事をしたいところですが、もうじき披露が始まるため、軽く頭を下げて待機列に並びます。


 道場に入った瞬間から、心構えは侍。己の感情で勝手な行動をすれば心が乱れ、存分に刀を振るうことが出来なくなる。

 今の私は「侍」、だから、切ることだけに集中。


 ぴん、と背筋を伸ばし、正座のまま順番を待ちます。

 いつの間にか道場内は静まり返っていて、刀が空を切る音と、衣擦れ、そして遠くで蝉の声。それだけが響いていました。


 「硯 琥珀」

 「はい」


 とうとう、私の番。刀を左に差し、立ち上がります。

 まずは基本の型から。

 巻藁を見据えて、抜刀する。


 ぱっ。


 高い音と、軽やかな感触のあと、思い出したかのように巻藁が崩れて行きました。そのまま血払いをして、納刀します。

 一礼。

 次に披露するのが、少々難易度の高い技。

 佐々木小次郎の「燕返し」、という技をご存知でしょうか。この技の正確な流派は伝わっていませんが、今回は逆袈裟から袈裟斬りの二撃、俗に言う「燕返し」に挑戦します。


 用意された巻藁を、再び見据えて抜刀。刀を構えて一歩踏み出し、そのまま切り抜きます。


 ぱっ、ぱっ。


 フゥー、と息を吐いて、納刀。床には、きれいな断面をした巻藁の残骸が2つ、転がっていました。

 私の披露は、これで終わり。一礼をして、戻っていきます。

 ちら、と桜くんの方を見ると、きらきらした目でこちらを見ていることだけが分かりました。


 成功して、良かった。

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