抜刀

 公開練習は無事終了。師範のはからいで交流会が開かれ、部員の皆が見学者に抜刀を教えたり、色んな型を披露したりすることに。勿論私も見学者さん達と交流することになり、流派の説明や抜刀の良さなどを説明していました。

 さて、ある程度質問攻めが終わり、交代で休憩を取れるようになった頃。飲み物がなくなっていることに気付いた私は、飲み物を求めに道場を出ていきました。がま口をちゃりちゃり言わせて、滴る汗を拭って、自販機へと向かいます。


 「待って琥珀さん。ちょっと話そっ!」


 その途中、どこからか現れた桜くんに腕を掴まれ、日陰へと連れて行かれました。

 容赦なく照りつける太陽が遮られた日陰はひんやりとしていて、風が吹くと涼しいとさえ感じます。汗で滲んだ背中もすっとして、熱を奪っていきました。


 それなのに。

 それなのに、頬が熱くて、耳が熱くて、心臓が熱い。

 ぎゅっと握られたままの腕は赤く火照っていて、汗をだらだらと流している。今すぐ手を離してもらいたいのに、離してもらいたくない、なんて矛盾が起こって、何も言うことが出来ません。

 視界はひたすら、きらきら、きらきら。眩しくて明るくて、太陽を見たように眩んでしまう。


 「ごめんね、急に。どうしても琥珀さんと話したくて、それで」


 やっぱり私は、桜くんが好き。


 何度も思い知らされてきたそれが、心に浮かびます。

 腕から手を離し、代わりに手を握った桜くんは、興奮した様子で話し続けます。抜刀ってすごいね、とか、あんなにきれいに斬れるんだ、とか。

 桜くんの質問に答えたり、頷いたりしていると、あのね、と改まった様子で彼は話し始めました。


 「琥珀さん、すごく格好良かった。刀にかける情熱って言うのかな、心構えみたいなのが真摯に伝わってきて、格好良いな、すごいなって」


 「きれいだった」




 「琥珀さんは、すごくきれいな人なんだって、改めて思った」




 真っ直ぐ、射抜いた言葉。本心から言っている、と分かるそれは、再び私の脳天を貫きます。全身を言い知れない衝撃が駆け巡って、身体の動かし方を忘れてしまったように硬直して。


 アア、駄目だ、斬りかかられてしまった。もう、我慢はできない。

 言ってしまおう、と心が叫びました。


 恋心と抜刀は似ている。どちらも強烈な攻撃力を誇っていて、防がなければ切り捨てられてしまうから。

 油断をして、突然心を切り捨てられて。私を切ったのは俺だと、ずっと眩しく胸に残り続けている。


 それが、私の好きな人。


 私はまだ、一太刀も桜くんに食らわせていない。そうする勇気がなかったから、怖くて、恥ずかしくて、逃げていたから。

 もし断られたらどうしよう、もし今までの関係が崩れてしまったらどうしよう、と。

 それがどうした。怖気づくな、臆病者。先に切りかかってきたのは桜くんあちら。なら、私だって突然切りかかって良い権利がある。


 思考を捨てろ。

 愚直に、真摯に、自分の本音を振るえ。


 桜くんを見据えます。きらきらと眩しくて、逸らしてしまいそうになるけど、それでも目を見つめて、口を開きます。


「侍は盾を持ちません。攻められるよりも先に攻めればいい話だからです。これは、他のことでも適用されると思います。私はそう思っています。だって、待ってるよりも先に言ったほうが早くないですか?」


 「一太刀目で仕留めてしまえば、防御する意味など無いのだから」


 「名取 桜くん」


 ――――斬り捨て御免。




 「キミのことが、好きです」




 振るった恋心かたなを、まっすぐにぶつける。

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