ひらく

 からころ、からころ。


 「琥珀さんって剣道部、だっけ」

 「いえ、抜刀部、です。剣道とは違って、真剣や木刀を扱う剣術ですね」

 「真剣!?日本刀ってこと!?」

 「はい。抜刀は、相手の命をいかに奪うか、というものなので」

 「あれか、竹を切り落とすみたいなやつだ」

 「そんなやつです。……竹を切るのって、実はとても難しいんですよ。竹の状態にもよりますけど、下手したら、刀のほうが刃こぼれしてしまうから」

 「そうなの?ただ切るだけかと思ってた、結構難しいんだね」

 「ええ」


 からころ、からころ。


 「桜くん、夏休みの宿題はもう終わりましたか?」

 「あーーー!忘れようとしてたのに思い出させないでよ、……ウッ、めまいが」

 「ご、ごめんなさい」

 「そういう琥珀さんこそ終わったの?」

 「作文以外は、ほぼ全て。師範が部員全員を集めて、勉強合宿を開いてくださったので。3日間ほど缶詰でしたけど、無事終わりました」

 「缶詰……。師範、って部活の顧問の先生?」

 「いえ、外部コーチのような方です。抜刀の達人ですよ」

 「へー、見てみたいな」

 「今度、公開練習を行うので、桜くんも来てみたらどうですか?」

 「それって琥珀さんも出る?」

 「ええ、巻藁を切ります」

 「よっしゃ見に行こ」


 からころ、からころ。


 「人、増えてきたね」

 「もう少しで花火が上がりますから。少し早いですが、移動しますか?」

 「そうしよ。黒田さんがチケットくれたんだっけ」

 「ええ。色には感謝してもしきれませんね」

 「俺も。後でたくさんお礼言っとこ」

 「…………本当に、人が多い」

 「琥珀さん、はぐれないようにしっかり手を握ってて。絶対離さないから」

 「……はい!」


 からころ、からころ。


 「やっと着いた……!途中本当にごった返しすぎて……」

 「ぎゅうぎゅうでしたね……」

 「本当にチケットもらえてて良かった。これ指定席だよね、俺達の席は……」

 「あっ、あっちの方みたいです、…………???」

 「なんか……、豪華じゃない……??本当に学生が座っていい席なの……??」

 「アッ、特別席!!!!特別席って書いてあります!!!!」

 「えっ、マジで!?特別席ってあんなに豪華なの!?」

 「机にパラソルに、飲み物のメニューまで……!えっ、これ飲み放題つきですよ!?料金はチケット代に含まれてるって!?」

 「やばやばやば、まじもんの特別席だ!!黒田さん様様だな!?」


 からころ、からころ、……すとん。


 「…………」

 「…………」

 「なんか……すごい至れり尽くせりで落ち着かない……」

 「同じ特別席に座っている人、明らかにお金持ちの人ばっかですね……」

 「今度本当に黒田さんにちゃんとお礼しよ」

 「はい…………」

 「…………」

 「…………」

 「……花火、あとどれくらいかな?」

 「あと10分後に始まるみたい、です」

 「そっか、楽しみだね」

 「ですね」


 ざわざわ、ざわざわ。


 「おっ、アナウンス始まった。もう始まるね」

 「今年は1万発、らしいです」

 「豪華だ」

 「豪華ですね」


 ひゅーーーーー、…………………………どんっ!!

 どんっ、どんっ、ぱらぱらぱら…………。


 「わあ…………!!」

 「すごい、綺麗、綺麗だね、琥珀さん!!」

 「はい…………!」


 どんっ、どんっ、ぱらぱらぱら…………。


 次々と花火は上がっていき、真っ暗な空を彩ります。地上にいる私達はそれを馬鹿みたいに見上げて、惚けたように、ただ、きれい、と零すだけ。

 言葉も、瞬きも、呼吸さえも忘れたように、空を見つめ続けます。

 気付けばクライマックスに差し掛かっていて、特大の花を咲かせては、名残惜しそうに散っていきました。


 『いよいよ最後の花火です……!皆様に、素晴らしい日常がありますように!』


 とうとう最後の花火。

 ひゅーーーーーーーー……………………。と、長い余韻のあと、一瞬その火種が消えます。

 ああ、失敗してしまったのか、と不意に思った瞬間、空が金色に染まりました。


 視界いっぱいに広がる花火。長い尾を引いて散っていく姿は儚くて、美しくて、まさに夏の権化。


 花火を作った人は、どんな思いで空に花を咲かせようと思ったのだろう。

 不意に桜くんに聞きたくなって、隣に座る彼を見ます。


 そして、息を呑みました。


 「ねえ、琥珀さん」


 「俺、琥珀さんと花火見れて、本当に良かった」


 「誘ってくれてありがとう」


 だって桜くんキミが、熱に浮かされたような目で、私を見ていたから。

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