つなぐ

 からころ、からころ。徐々に近づく祭囃子、人々の楽しそうな声。汗が滴り落ちるのも気にせず、私は、ただ1つのことに集中していました。


 名取くんと手を繋いでいる。

 名取くんと手を繋いで、夏祭り会場に向かっている。


 通常では考えられないその事象に、脳が混乱します。どうして名取くんと手を繋いでいるのか。隣を歩く名取くんは上機嫌で、先程からにこにこと話しかけてきます。その度にきらきらして、目が眩みそう。

 ……いえ、全部私が「カップルごっこ」の提案を受け入れたから。己の欲望に負けたから。だから、今、名取くんと手を繋いで、カップルのふりをしているのです。後悔はしていません。ただ、あまりに距離が近くて、心臓が口から飛び出そうなだけ。

 ぎゅ、と口を固く結んで、余計なことを言わないように努めます。そうでないと、軽率に「好き」と言ってしまう。


 「何時から花火だっけ、19時?」

 「20時から、ですね」


 からころ、からころ。繋いだ手をぶんぶん振って、取り留めもないことを口に出しては笑い合う。もう花火大会会場は目の前、色とりどりの露店がちらほらと現れ出す。食欲を誘う匂いに、ぐう、と軽くお腹が鳴きます。


 「……お腹すきました」

 「俺も。夜、たくさん食べる予定だったから昼ご飯食べてないんだ〜」

 「ではまず、ご飯系の露店から見て回りますか?」

 「うん、そうしよ!」


 逢魔ヶ時。ぽつぽつと提灯に火が灯り、ぼんやりと私達を映し出します。祭り囃子も一層大きくなり、いよいよ祭り本番へ。周囲を取り巻くざわめきがまるで他人事のようで、でも、間違いなく私達はそこにいて。なんだか、また頭がぼおっとしてくる。


 人波に飛び込んで、互いに笑い合って、あれこれと露店を見て回って。その間も手は繋いだままで、ありふれた話をしながら、祭り囃子の中を進む私と、名取くん。その姿はまるで本物のカップルのようで、ずっとこの時間が続けば、と叶いもしないことを頭の隅で考える。


 私と名取くんが、本当にカップルだったら。この夏祭りはもっと楽しくなるのでしょうか。もっと、嬉しく感じるのでしょうか。


 分かりません。人熱れに、思考がうまく回らない。


 繋いだ手は固く結ばれていて、ちょっとやそっとじゃ外れない。それに、離したくない。繋いだところから互いの熱が溶け合って、1つの縄になった気分。



 からころ、からころ。

 繋いだ手が熱い。

 人熱れにあてられた耳が熱い。

 名取くんと一緒にいられることが嬉しくて、恥ずかしくて、頬が熱い。



 ぎゅう、と手を握ってみます。なんとなく、そうしたくなって。


 ぎゅう、と握り返されます。顔を上げると、名取くんが笑いかけている。


 「どうしたの、硯さん。…………ああいや、今はカップルだから、琥珀こはくさん、かな」


 元々早かった心臓の音が、更に早くなっていくのを感じました。ああ、名取くんは、どこまで。


 「ね、琥珀さん。俺のことも名前で読んでよ。良かったら、今日だけじゃなくてこれからも」


 はく、と唇がわなないて、息だけを漏らす。何故か目も潤んできて、視界が揺れだしました。


 「桜、って呼んで欲しい」


 ああ、本当に、あなたはどこまで。



 「――――――――桜、くん」



 私に、「好き」を植え付けるのでしょう?

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