つたふ
テストが終わり、惨憺たる結果から目をそらしつつ迎えるのはクラスマッチ。私はバレーボールに出場することになり、悠矢、糸、色たちと同じチームに。色達の体力テスト云々を考慮した運営の思し召しにより、私達のチームだけ4人体制になりました。事情は女子の全チームに伝えているらしく、隣のクラスの女子にドン引かれたのを覚えています。
さて、名取くんはというと。
「硯さん、俺の応援よろしくね。俺も硯さん応援しに行くから、同じバレー同士頑張ろ」
「行きます、絶対に行きます!名取くん、頑張ってくださいね」
名取くんもバレーに出場していました。試合はトーナメント形式で、名取くんのチームが先に初戦、私達は待機。と言っても他競技を応援するほどの時間はなく、それならコートも近いし、と男子の応援を名取くんに任されました。
「俺、硯さんの応援期待してるから!シャトルランのときみたいなのよろしく!」
名取くんに手を握られ、満面の笑みで言われたときの破壊力たるや。私は一瞬で赤くなってしまい、続く言葉を冷静に聞くことが出来ませんでした。
「ふ〜ん、それで結局誘えたの?夏祭り」
「いえ、まだ。今日誘う予定です」
「怖気づいたわけじゃないんだね、良かった」
男子チームの試合開始前、パス練習をしている名取くんを見つめながら、悠矢の質問に答えます。
…………そう、実はまだ、名取くんを夏祭りに誘えていないのです。何たる不覚、覚悟を決めたのであれば押し通す必要があるというのに。言い訳をすると、テストのやり直しの提出物が多すぎて声を掛ける時間がなかったのです。
しかし、そんな問題もなくなった今日、私は名取くんを夏祭りに誘います。誘うときはいつが良いでしょうか、この試合が終わったとき?……いえ、互いの試合が終わったときが良いでしょう。勝負事に余計な考え事は不必要ですから。
決めました。私はクラスマッチが終わったらすぐに、名取くんを夏祭りに誘います。決して誘うのが怖いから後回し、というわけではございません。更に後回しにした場合、切腹でも何でもしてやる所存です。
そう考えている間に、試合開始の笛が鳴りました。意識を戻し、眼前の試合に集中します。名取くん直々に応援を任されたのだから、全力で応援しなければ。
シャトルランのときのような恥ずかしさはありません。好きな人を応援するのに、そんなものは必要ない。
すぅぅ、と息を吸って、全力で声を上げます。どうか私の声援が、男子チームの力になりますように、名取くんの力になりますように。
「がんばれっ、男子、がんばれっ、名取くん!!!!」
――――その瞬間のことを、忘れることは無いでしょう。
私の声に気付いた名取くんが、こちらを振り返って私を見留ます。そして、ビッ、と指を差し、
「勝つから、ずっと見てて!」
そう叫んで、私に宣言しました。
きらきらきら。視界いっぱいがきらきらで埋まって、名取くん以外見えなくて、胸が苦しくなる。何かで射抜かれたような衝撃が私を襲って、何を考えていたのか分からなくなります。
ああ、駄目だ、かっこいい。かっこよくて、それで、好き。それぐらいしか分からない、考えられない。
座り込んで、張り裂けそうになる心臓を抑えて、なんとか感情を押し留めます。このまま応援を続けてしまえば、突拍子もないことを言ってしまいそう。抑えなきゃ、押し留めなきゃ。
「ふふ、良かったね、琥珀。名取からのご指名もらって、これじゃあ他の所に応援いけないなあ」
「…………はい」
「ちゃんと応援してあげないと。名取達が待ち望んでるよ」
「がんばり、ます」
悠矢の言葉に気を取り直し、応援を再開します。ボールを繋いで、チームメイトに声を掛ける名取くんはかっこよくて、きらきらしていました。
◯◯◯
その日、名取くん達のチームは順調に勝ち進み、30チーム中ベスト4という好成績。惜しくも、準決勝でスポーツコースのクラスに負けてしまいましたが、普通科の中では1番の成績。
私達のチームはと言うと、
「――――優勝、勝ち取ったりぃ!!」
「ぃよっっっしゃー!!!!」
「あははっ、やったぁ!!!!」
「勝っ、ちゃった……。勝ちました、やった、やった!」
4人というハンデにも関わらず、優勝を収めました。試合の様子は詳しくは語りませんが、私以外の3人が強すぎて、応援どころでは無かった、とだけ。
表彰式が終わり、閉会式が終わり。教室でのホームルーム、先生からの差し入れタイムも終了して放課後。クラスの皆が思い思いの時間を過ごしている中に、名取くんもいます。誘うなら、今しかありません。
「なっ、名取、くん」
「どうしたの、硯さん」
震える声。それでも名取くんの前に立ち、目を合わせます。怯えるな、怖気づくな、ちゃんと、ちゃんと伝えなくては。
「名取、くん、あの、あのっ。い、一緒に、夏祭りに行きません、か……?」
なんともたどたどしい誘い文句。いつもの態度はどこへやら、あまりに挙動不審な私の姿に、名取くんは不思議そうな顔をします。それを見て、恥ずかしくなって、ぶわわ、と顔を赤くしてしまう。
「あの、ね、8月の初めに、大きな花火大会があって。せ、せっかく、だから、名取くんと、一緒に、……一緒に、行きたいな、って」
駄目だ、平常でいられない。段々としどろもどろになっていって、みっともない姿を曝してしまう。名取くんの前では、ちゃんとした「
恥ずかしさと、いたたまれなさに口を閉じてしまう。名取くんも沈黙していて、私達の間だけ、静寂の時間が流れます。
クラスの騒ぎ声が、やけに遠くに聞こえました。
「ね、硯さん」
視界が輝き始めます。きらきら、ちかちか。
「今日、一緒に帰らない?」
その後のことは、もう、殆ど覚えていません。
ただ、幸福な時間だったということ。そして、名取くんと夏祭りに行けるようになったこと、それだけを、覚えていました。
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