きめる

 はぁぁ、と腹の底から捻り出したため息は誰のものでしょうか。私のものかも知れませんし、他の誰かのものなのかも知れません。とりあえず、言えることは。


 「テスト勉強疲れた……」

 「文化祭終わってすぐとか頭イカれてるって」

 「滅びろテスト滅びろ学問滅びろ地球滅びろ世界」

 「呪詛を吐かないでください、怖いです」


 しんどい、ただその一言です。

 現在、期末テストのテスト期間中。文化祭が終わって1週間後にテストが行われるという、頭がおかしくなったとしか思えないスケジュールに絶望しながら、放課後教室に残って勉強する毎日。しんどい以外にどう言い表せばよいのでしょうか。

 机を合わせて、共に勉強をするのは悠矢、糸、色。悠矢は解いても解いても終わらない演習問題の量に絶望し、糸は単純にテスト範囲が広いことにブチ切れ、色はただただ呪詛を吐いている。かく言う私も、先程から現実逃避をしていました。テスト終わったら何しようか、とか。部活がしたいな、とか。

 かりかり、ノートに数式を書き殴っていると、段々と無口になっていって、最終的には眠ってしまいます。そうなるとせっかくのテスト勉強時間を大幅にロスしてしまい、非常にもったいない結果を生んでしまいます。故に、どれだけ面倒な計算や翻訳を行っていても、私達の口は止まることがないのでした。

 否、直後の悠矢の質問によって、私の口だけが止まりました。


 「琥珀、名取くんとはどうなの?」

 「っ、ど!?どう、って、いきなり」

 「その様子だと全然進展して無い感じかなぁ。告白する予定ないの、しちゃえばいいじゃん」

 「し、色、そんな、簡単に言います、けど……!!」

 「うはは、琥珀顔真っ赤だよー?照れてる照れてる」

 「照れてません!」


 ぷい、とそっぽを向き、糸のからかいを無視しながら名取くんのことを考えます。


 名取桜くん。私の好きな人。高校での初めての友達。桜が似合う、とてもかっこいい男の子。陸上部に所属していて、普段は部活仲間の子とつるむことが多い。でも、こちらから話しかけても嫌な顔一つせず明るく返してくれるいい人。授業中では良く私に話しかけてくれ、一緒に問題を解いたりしている。その時間が私は好き。名取くんとふたりきりの会話だから。最近の席替えで席は離れてしまったけど、それでも時々話しかけてくれるのが、すごく嬉しい。名取くんに笑いかけてもらえるだけで、胸がいっぱいになる。

 名取くんのことを考えていると、自然と頬が緩んでしまいます。


 「…………にやにやして、そんなに好きなんだ」

 「んふ、かぁわい〜」

 「幸せそうだねー、良いなー」


 にやにや。そんな擬音がつきそうな笑みを浮かべて、3人は私の顔を覗き込みます。まるで新しいおもちゃを見つけた猫のような顔をして、目をキラキラさせて。

 しかし、私は知っています。この3人が嬉しそうに笑っているときは、ろくでも無いことを思いついたときだというのを。過去にも何回かこの笑みを浮かべ、ひどい目に合う人を見てきました。


 「ねえこはく、1つ思いついたんだけどさ」


 色が顔をニヤつかせながら私の肩を掴みます。彼女が1人で解いていた問題は解決したようで、シャーペンを置いて本格的に話し始める様子。悠矢と糸はペンを握ったまま、私達を見つめます。


 「…………ふざけた提案なら、お断りですよ」

 「違うって。まだ早いけどさ、8月の初めに私ん家の近所で夏祭りが開かれるんだよ。花火大会も兼ねてて、大規模なものになる」

 「それが、なにか」

 「それにさ、名取くん誘ってみたら?」

 「………………え?」


 思考停止。

 色は今、なんと?

 私が名取くんを誘って、一緒に夏祭り。2人、で。

 それって、まるで。


 「デートに誘うんだ、良いねそれ」

 「なるほどねー。良いこと考えるじゃん、色」

 「だろ、天才って呼んでくれて構わないぜ」


 「でっ、デート!?!?!?」


 廊下に響き渡るほどの大きな声。隣のクラスの子が不思議がりながら教室を覗き込んできたことで、声を出しすぎてしまったことに気付きました。悠矢たちを見ると、3人とも目を丸くして驚いています。

 やってしまった。


 「……………………驚いた、琥珀ってそんな大きな声出せたんだ。対戦のときだけだと思ってた」

 「え、悠矢も聞いたこと無かったの!?私も初めてだよ、琥珀のおっきな声」

 「こはく、腹から声出せたんだね。これからもっと声出してこ」

 「やめて下さい、恥ずかしいです……」


 3人は口々に私の大声について話します。いえ、色だけ的外れな発言ですが、彼女の的外れは今に始まったことではないので無視します。

 自分のやらかしを後々、他の人にいじられるのはとてつもなく恥ずかしいこと。その弄りの相手が、私の好きな人まで知っているとなると更に恥ずかしい。ニヤニヤ笑いを浮かべる3人の視線を遮るように両手で顔を覆って、なんとか頬の熱を逃そうと努めます。


 「……余計なお世話だったら、ごめんね。こはくの応援したくて、それで…………」


 頭上で、色の暗い声。そっと顔を覆っていた両手を離し、色の様子をうかがうと、彼女はしゅんとした表情を浮かべていました。なんともまあしおらしいこと。ですが、私は騙されません。顔立ち整っている色ですが、性格は愉快犯そのものなのです。


 「色、そんな嘘くさい演技やめて下さい。鳥肌が立ちます」

 「んふ、バレた?」


 冷たく声をかけると、先程までの態度はどこへやら、悪戯っ子のような笑みを受けべて「やっぱりこはくにはバレちゃうな〜」などとうそぶきます。この愉快犯め。




 ……………………なんだか、拍子抜けしてしまいました。

 私は名取くんを夏祭りに誘うだけ。それだけのことを、何故恥ずかしがっているのでしょうか。


 「誘います」


 ぽつん、と呟いた言葉。その言葉に、3人はお、と目をこちらに向けます。


 「決めました。名取くんを、夏祭りに誘います。色、後で夏祭りの日程を送ってください」


 「よしきた任せろ!!!!!!」

 「はっ、春だ〜〜〜〜!!!!琥珀の春が来たぁ〜〜〜〜!!!!」

 「とうとう琥珀に春が……、悠矢お姉さんは嬉しいよ」


 次いで私の宣言に祝砲を上げるように、一斉に沸き立ちました。イメージは外国のフラッシュモブのようなイメージです。


 ともかく。私は名取くんを夏祭りに誘うことに決めました。

 テスト期間のことでした。

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