はやる

 入学式から1週間。テストだのオリエンテーションだのなんだの済ませ、とうとう通常授業が始まりました。

 私が所属する高校は私立黎明れいめい高校、1年1組。あの桜の彼も一緒のクラスです。

 この1週間を過ごすうちに、1組のみんなは打ち解け、初対面のときが嘘だったかのように仲を深めていました。グループも作られているようですが、そこまでの境はなく、皆まんべんなく仲の良いクラス。特別仲の良い子たちが、3、4人でグループを組んでいるようです。

 話を戻しましょう。

 今の時間は数学Ⅰ。担当する先生曰く、毎時間の小テストは無いとのこと。小テスト嫌いの友人が、ガッツポーズを作って叫び、注意されていました。


 「ハイここ、じゃあ吉田よしだ 悠矢ゆうや……さん?答えてください」

 「はい」


 友人の1人(叫んでいない方)が指名され、黒板に向かいます。対する敵は、昨年の大学共通テスト問題。果たして、打ち勝てるのか。


 「吉田さん、解けるのかな」


 ひそひそ。教室の個々から生まれるざわめき。いきなりの指名、しかもランダム。対戦相手は入試過去問、まあまあ難しい〜とても難しい位の難易度。

 ざわつかないほうがおかしい。

 いきなりの指名は、小中、そして高校でも心に悪いものです。油断しているときに名前を呼ばれ、しかも黒板で回答とそれに至るまでの証明をしなければならない。これを苦行と呼ばずしてなんと呼ぶのでしょう。誰が好きこのんで苦行に挑むのか。

 開かれている窓からは、雀の鳴き声とともに風が入り込んできます。まだ少々冷たい風は、温かな日差しも相まって心地良い。

 アア、このまま眠ってしまいたい。まぶたを下げると、同時に眠気まで下がってきます。

 うとうとと、悠矢の勇姿を見逃していると。


 「ねえ、あの問題解けた?俺解けたんだけどさ、答え合わせしない?」


 一気に視界がキラキラして、目が覚めました。びくっ、と体が跳ね上がり、盛大に筆箱を落としてしまいます。けたたましい音を立てて落ちる筆箱、その中身達。


 「あ〜、ごめんびっくりさせちゃったね」

 「い、いえ。ごめんなさい」


 慌ててしゃがみ込み、筆箱の中身を拾い集めます。すると彼もしゃがみ込んで、一緒に転がったペンなどを拾い集めてくれました。

 ピンク色の蛍光マーカーを握った彼は、はい、と笑顔で手渡してきます。


 「はいどーぞ。…………それで、あの問題解けた?」

 「ありがとう、ございます。……解けたけど、自信なくて」

 「えー?じゃあ一緒に答え合わせしてみよ、俺も自信ないし!」

 「ふふ」


 ペンを受け取って、ノートを開いて顔を突き合わせます。彼のノートはお世辞にも綺麗とは言い難いですが、他人のノートの取り方にとやかく口を挟むものじゃありません。第一、私のノートもそれほど綺麗ではない。お互いに「ここ何て書いてるの?」やら「この記号何?」やら言い合って互いのノートを解読して、やっと問題の答えを導き出すことが出来ました。

 同時に、悠矢の回答も終わります。


 「吉田さんありがとねー。…………ん〜、ココとココが計算間違っちゃってるなあ、コレはXに代入して、コレは代入したときにマイナス掛けて……。はい、コレが正しい答えです!吉田さん惜しい、でもココまで解けてるから部分点はもらえるよ!」


 先生は悠矢の回答に容赦なくバツをつけ始め、正しい答えの導き方を教えます。残念ながら私達の回答も間違っていて、部分点はもらえても満点、とまではいかない具合でした。


 「惜しかったなー。これここの計算間違えたから回答ズレちゃったんだ」

 「あと、この部分の計算が一桁間違えてるから、それで……」

 「うわ〜〜〜!難し〜〜〜!」

 「そこ、協力して解き合うのは良いけど叫ばない!」

 「ごめんなさーい」


 微妙な間違いを重ねて落とした失点に、彼は悔しそうに叫び出します。直後、先生に注意されてしまい、きまり悪そうに返事をしていました。

 その姿を見て、やはり眩しい、と感じます。

 きらきら光って、私の視界を明るく照らす彼。時々こうやって話すと、彼の光で目が潰れてしまうような気になります。一時期(と言っても1週間)目の病気を疑いましたが、病院での診断は異常なし。次に、彼が実際に輝いているのかと他の人に聞いてみましたが、そんなこともなく。

 単純に、私の目に彼が光っているように映っているだけ。


 『おめーそりゃ恋に落ちたんだワ、その男の子によ』

 『何っ、恋をしているのか!?お父さんは認めないぞ!』

 『親父ウルサイ』

 『お父さん、早くお風呂入って』


 兄に相談すると、そんな返答が返ってきました。たまたま聞きつけた父がその後私に尋問を行おうとしてきましたが、兄と母の協力プレーにより尋問は回避。その日は事なきを得、それ以降父とはなるべく顔を合わせないようにしています。父は落ち込んでいるそうですが、娘のプライベートに足を突っ込もうとするからいけないのです。自業自得です。


 ともかく。やはり、私は彼に恋をしているらしい。自覚してから、彼と話す度に心臓が跳ね上がります。先程の筆箱の失態も、そのせいなのです。

 新たに先生から問題を出され、真剣な顔をして解いている彼をそっと盗み見ます。


 きらきら、ちかちか。


 心臓が早鐘を打つように鼓動して、視界が一気に明るくなる。自然と上がってしまう口角を必死に抑え込みますが、それでも口の端が上がります。


 ああ、やっぱり好きなんだな。

 思いは、はやっていく。

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