すずむ
あしゃる
おもふ
脳天を貫かれたような衝撃でした。身近なもので例えるなら、そうでしょうか、窓ガラスが割れたときと同じような衝撃でしょうか、ともかく、そのような驚愕が私のすべてを支配したのです。つむじから足の爪先まで、すべてを忘れてしまったように硬直してしまいました。お恥ずかしい限りです。しかしながら、理由を聞けば皆様もしょうがない、と言ってくれるでしょう。
ええ、恋、というものをしてしまったようなのです。
その人と出会ったのは、高校の入学式のときでした。
その日は快晴、風はやや強し。強風でめくれそうになるスカートを抑えつつ、坂の上にある高校に向かっていました。父は仕事、母も仕事ということで、「入学式」の立て看板を背景にソロで自撮りをしようとしたところで、声をかけられたのです。
『写真、撮りましょうか?』
風が通り抜けました。淡紅色が降り注ぎました。
振り返ると、そこには私と同じ制服をまとった男の子が、微笑んでいたのです。
桜の似合う人だな、と私は思いました。彼の頭には、桜の花びらがたくさんついていたので。どこの桜並木を駆け抜けたのだろう、と不思議に思うぐらい、彼の頭には桜がついていました。驚くべきは、それがちっとも可笑しく見えないのです。
彼は私に向けて手を差し出していて、微笑みます。
そのとき、彼はおそらく私のスマホを受け取ろうとしたのでしょう。ですが、私は何を思ったのか。
私の手を、彼の手に重ねていました。
『…………え?』
彼は私を見つめて、困ったように眉根を寄せます。私はしばらく彼と手を繋いでいたのですが、それから
謝り倒すと、彼は明るく笑い飛ばしてくれました。その後、改めてスマホを受け取り、私と看板のツーショットを撮ってくれました。写真の中の私はぎこちない笑みを浮かべていて、ほんのり耳も赤くなっています。撮り直したかったですが、時間もありませんし彼の好意をむげにしてしまいます。
諦めて、彼に感謝を伝えました。それに、この写真もいいな、と思ったのです。この写真を見る度に、撮ってくれた彼のことを思い出せる、と。
看板から移動して、クラス名簿が貼り出されている講堂前に向かいます。どういうわけか、彼も一緒になって講堂に向かいます。講堂前には私と同じような子が何人もいて、遠慮がちにひしめき合い、顔を突き合わせていました。
異様な雰囲気。クラス名簿に並ぶ名前は未解読の文字に見え、自分の名前でさえなかなか見つけ出せません。慣れ親しんだはずの文字の羅列が、急に他人のようにそっけなくなっていました。
まさか、受験に合格したのは見間違い?
一抹の不安。それを煽るように、強い風が吹き付けます。アア、私の桜は咲いていなかったのか。
『あっ』
『あった』
声が重なります。気付くと、桜の彼も隣りにいて、一緒の名簿を見つめています。
『君も1組?』
1組の名簿、その真ん中ぐらいに、私の名前がありました。頷くと、彼はどうしてか嬉しそうに笑います。そして、また私に手を差し出しました。
『1年間、よろしくね。今度こそちゃんと握手しよ』
差し出された手は私のそれよりも大きくて、日に焼けています。先程はあんなに簡単に重ねていたのに、今ではそれがとても難解な動作のように思えて仕方ありません。なぜ彼は私に手を出しているのでしょう。
遠くで、ひばりが鳴きました。
おそるおそる、そっと手を出して、彼の指先にちょん、と触れます。触れた指先は私よりも熱くて、思わず引っ込めそうになりました。
『これからよろしく!高校で初めての友達だね、俺ら』
しかし、手を引くよりも早く、彼ががしっ、と手を掴みます。ぎゅう、と強く握られて、そのままぶんぶんと振ります。指先から体温が伝わって、溶けてしまいそう。ブワ、と熱が膨らんで、つむじまで回っていく。
頬が、耳が、ともかく己の顔が赤くなったことだけが分かります。同時に、目の前の彼がいやにキラキラしていて、彼を視界に収めるだけで胸いっぱいに幸福が満たされていくのも、分かりました。
恋に落ちる瞬間。
私は、恋をしてしまったようなのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます