23 いろいろ覚悟はしなくちゃだよね……とか考えてる間にも問題がががが

「た、たた、ただいま戻りました、師匠」

「戻った」

「ああ、お帰り」


 林を抜けて、一度街道の方に――スカード師匠にいる所まで戻る。

 師匠は私達……私・八重垣やえがき紫苑しおん堅砂かたすなくんの全身を一瞥して、小さく息を零した。


「どうやら特に何事もなかったようだな。

 どうだ、初めて魔物を殺した感覚は」


 そう、私達はさっきまで初めての魔物退治の依頼を引き受けて、遂行していた所だった。

 相手はゴブリン4人ほど、だったんだけど……。


「う、うふふふ、うふふふふふふ……!!」

「血塗れで笑うな笑うな。正直俺でも怖いぞ」

「少しは分かって来たぞ。

 感情が大分昂ぶってるみたいだけど落ち着け八重垣。どうどう」

「ふぎゅっ……ご、ごめん」


 色々考えてしまって動揺してよく分からない感情のまま笑ってしまってた私へ、堅砂が魔術に使う杖を振り下ろした。

 ごく軽い一撃だけど、私が正気に取り戻すには十分でした。


「しょ、正直、複雑というか混乱してるというか。

 ちゃんと倒せて今も生きてる喜びと――殺した感覚が、相反してグチャグチャになってるような」

「むしろ冷静に感想言えてないか、それ」


 そう突っ込む堅砂くんの顔は若干青く見えた。

 それについてわざわざ指摘するのは趣味が悪いよね――なので、私はただ何とも言えない表情をするにとどまった。


「八重垣。

 多分笑ってないんだろうけど、ひきつってるのが笑ってるように見えるぞ」

「え、ええっ!? ご、ごめんっ! 

 いやその、堅砂くんを笑うつもりなんかなくてですね……く、靴でも舐めましょうかっ!?」

「何故そうなる……しなくていいしなくていい」


 そうやってお馬鹿な(堅砂くんは違うけど)やりとりを繰り広げる私達に、師匠は少し呆れ顔だった――うう、お恥ずかしい限りです。


「ま、まあともかく――二人とも、戦闘については上出来だ。

 ちゃんと思う所はありながらも、冷静な所は冷静なまま動けてたみたいだしな。

 念のために一日じっくり鍛錬した甲斐はあったな」


 あれから――クラスメートの寺虎てらこくん達の出奔から3日が経っております。


 私達はあと二十日でレートヴァ教の人達の庇護下から離れて生活できるようにならなくちゃならない。

 なのでできれば早い段階で冒険者登録を済ませて魔物退治の依頼を受けたかったんだけど――。


『こういう時こそ焦るべきじゃないぞ』


 翌日に訪れた師匠に意見を求めた所、その言葉を返されて、私達は昨日一昨日を準備へと費やした。

 実際、私は思った以上に焦っていたのかもしれず、大いに助かりました、はい。


 それは普通の武器の鍛錬であり、戦いを挑む際の前準備や心構えの学びであり、冒険者協会への登録でもあった。

 協会への登録の際には、たまたま居合わせていた、この世界の冒険者の人達から絡まれたりからかわれたりもした。

 一部の先輩冒険者の人達からはセクハラ的発言されましたよ、ええ……

 一生懸命愛想笑いを浮かべてたら、みんな帰って行きましたけど――ふふふふふ。


 だけど、だからこそ、事前にそれを済ませておいてよかったよ。 

 もし実際に依頼を受ける当日に絡まれたりなどがあったらその分時間を消費していたし、精神状態も万全とは言い難かったかもだし。

 今日も一言二言からかわれたり、依頼に戸惑ったりもしたけど――経験してたから受け流せたしね。


 それに、そうして出来る事前準備を出来たからこそ、私達は浮足立たずに魔物を――ゴブリンを倒す事に成功していた。


 私達が受けた依頼は、街道沿いの魔物退治。

 このところ魔物は全体的に増加傾向にあり、倒せば倒すだけ報酬は上乗せされるようになっている。

 ゴブリンは討伐対象の中では一番低い報酬額だが、初めて魔物に挑む私達には相応しい相手だよね。


 実際、もう少し強い――この辺りではグリズリーやオーク――大きな魔物であったら、冷静に倒せたか分からない。

 心構えや覚悟はしてきたつもりだが、現実どうなのかはまだまだ分からないもんね。

 ――今でさえ、なんとか上手くいってホッとしている有様なだけに。


「し、師匠のお陰です。ありがとうございます」

「それは確かにな。感謝する」


 師匠との、少し過剰かもと思える組手めいた鍛錬は、私達に痛みや死への恐怖への耐性を少なからずつけてくれてました。

 それがなかったら、私達はもっとおっかなびっくりに戦って、もしかしたら死んでいたかもしれない。


 なんせ私達二人は、他の冒険者になったクラスメートと違って、戦闘向けの『贈り物』を所持してないからねぇ。

 距離を詰められもせず、危なげもなく倒す、なんて事は出来ないのです、ええ。


 そうして御礼を伝えると師匠は、少し渋い表情で告げた。


「少し気が早いな。

 せめてそれは今日を一度も死なずに潜り抜けてから言う事だ。

 それを言う暇があったら、槍に付いた血を拭いておけ」

「そ、そうですね、はい」

「それと、そうだな――遅い早いはないから、昨日も言ったように今日も改めて言っておくが。

 いや、むしろ殺す事を実感した今だからこそ言っておく。

 もしお前達の前に敵対する――殺そうと襲い掛かる人間が現れたとしても、さっきと同じように躊躇いなく戦うように」

「そ、そそ、それは、難しい事ですね」

「躊躇うのは当然だ。

 だが本当にいざとなって、殺す事でしか生き残れない状況なら、絶対に遠慮や容赦はするな。

 人に限らず、誰かや何かを殺す事で他の何者かに憎まれる事恨まれる事は避け難いし、絶対の復讐を誓われる事もあるだろう。

 場合によっては裁かれる事もあり、罪悪感も生まれるだろう。

 だがな、そういうのはその瞬間瞬間に生き残って、無事に帰るべき場所に生きて帰ってから考える事だ。

 先の恨み辛みを杞憂して、考慮して殺される事程無意味な事はない。

 ――やるべき事ややりたい事の為に生きなくちゃならないなら、尚更だ」


 実際師匠の言葉どおりだよね。

 ここは私達のいた世界ではなくて、命を落とす可能性が桁違いに高い――異世界。


 私達の世界では忌避される、命を奪うという行為。

 だが、私達の世界でも『正当防衛』という言葉が、概念があるとおり、自他の命の危機であれば――。


 頭の中に浮かぶのは、クラスメートやレーラちゃんの事。

 自分が死ぬだけならまだしも、自分が死ぬ事で影響する事を思えば、私は、私達はそう簡単に死ぬわけにはいかない。


 そう、頭では分かっている。

 もしもそういう場面に遭遇したのなら、どんな事が頭を過ぎって、先々後悔するとしても、生きる為の最善を尽くすべき――いや、そんな綺麗な事じゃないか。

 

 建前や綺麗事を放り捨てて――生きる為に死に物狂いで立ち向かう、それが自然で、正しい事なんだと思う。

 

 私達が相手の命の考慮まで出来るほど強いならまだしも、私達は元々ただの学生でしかないし。

 うん、それは重々承知です、はい。

 

「冒険者の依頼の中には、邪悪な魔術師を討つ事も、残虐な盗賊を殺す事もある。

 そういう依頼を避けるにしても、だ。

 お前達は現在領主の息子と敵対関係にあると言っていい。

 今日の帰り道、それ絡みの連中に絡まれて、剣を抜くような自体も起こり得るんだ」

「それは、確かにな」

「人を殺すのに慣れろとは言わん。

 だが、自分や誰かを生かす為に慣れずとも殺すべき状況はある。

 だから、心の隅でもいい、そういう事を留め置くようにしておけ」 


 本来の、元の世界にいた、あるいはこの世界に来たばかりの八重垣紫苑なら、それでも人殺しなんて、と言っていたかも。

 だけど――今の私はそう言いきってしまう事が正しいとしても口には出来なかった。 


 それは少し前のレーラちゃんを助けたいと思った時とは違う。

 どちらの天秤にも命が掛かっている以上、絶対的な正しさのない、白でも黒でもない、灰色の行動であり選択だと思うから。


「――――はい、心がけます」 


 だからこそ、私はあえて言葉にして頷いた。

 そうせざるを得なくなった時、自分が悪いとも相手が悪いとも口にせず、すべき事をする為に。

 勿論、できればそんな時が来ない事を心底望んでるけど。


「まぁ、いろいろ言ったが」


 そう答える私の表情が暗かったのか、師匠は苦笑しながらこう付け加えた。


「この世界での命の扱いは、良くも悪くも軽い。

 お前達もそうであるように、命がけの仕事をしてる辰は蘇生契約を交わしてる奴が大半だしな。

 その分、もう少し気楽に考えていい」


 師匠の心遣いに、私の胸がほんのりあたたかくなる。

 そしてその分、心の重みが減っていくのを感じ――私はその気持ちに応えるように強く頷いた。


「りょ、りょりょりょ、了解しました。そちらも心にしっかと留めます」

「八重垣は無駄に真面目だな。

 俺は元々そのつもりで、敵対する奴は全部消し炭のつもりだったぞ」

「さっき氷漬けじゃなかったか?」

「言葉の綾だ」

「ま、はじめの強がりはともかく、そろそろ次に行くか。

 次は紫苑、魔法を解禁して戦っていい。

 事前に話したとおり、両方での戦いに慣れておくように。

 一は、補助魔術に切り替えていけ」

「りょ「了解」しました――!」


 その後、私達は様々な事を試し、積み重ねながら魔物を退治していきました。

 倒した魔物達にも仲間や家族がいて、私達は既に復讐の対象になったのかもしれない。

 その事を覚悟しただなんてまだ決して言えないけれど、それでも自分が魔物を殺した事と復讐の可能性を抱えている事実は忘れないようにする事を私は誓った。


 自分なりにそうやって腹を括ったつもりになったからか、それ以後の私は最初程の緊張をする事はなかった。


 そうして、私達は無事に、冒険者としては順調な滑り出しに成功した。





 ――なんだけど、異世界召喚をされた私達クラス一同としては、順調とは決して言えない状況でした。





「ダメ。どう計算してもお金が足りない」


 その日の夜。

 食事を終えてから、そのまま食堂で今日の事を報告し合う中、クラス全員としての経理を担当する事になった網家あみいえ真満ますみさんは、淡々とそう告げました……うう、問題は尽きないなぁ。


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