11 魔族と一言に言っても作品ごとに違うよね――できればみんな仲良くできるといいけど

「下手をすると死ぬ――? ど、どういうことですか?!」


 私・八重垣やえがき紫苑しおんはいきなり出てきた物騒な言葉に驚きの声を上げた。

 それは、隣に座るクラスメートの堅砂かたすなくんもそうだったようで怪訝な顔だ。

 そんな私達にスカードさんは、神妙な顔で告げた。


「空を飛ぶ、空から舞い降りるってのは、この世界では神聖な事なんだよ。

 正確に言えば、今もまだ神聖な方、ぐらいなんだが」

「宗教的な理由か」


 スカードさんの言葉から何かを察したらしく、堅砂くんが呟く。

 するとスカードさんは「それだ」と頷いて、堅砂くんを指さした。


「この世界最大派閥の神、その教えを統括するレートヴァ教では、様々な逸話から『人の形をした何者かが空から来たる』って行為が神の関与だとされてる。

 なんで、そういう事をすると、まぁなんだ、色々と騒がれる。

 ここ数十年、魔術の発展もあって、大分薄まってはいるんだけどな」

「な、なるほど――でも、死ぬっていうのは、どういう事なんですか?

 えと、話の限りだと、神様が関わっているかも、ぐらいで、生き死にの話にはならなそうなんですけど」

「下手をしたらって言ったろ?

 お前達は一応神の関与でこの世界に来てるから、事情を知ってるレートヴァ教の信者なら、ギリギリ目溢しされるだろうが、そうでないなら二つの認識のどちらかになる」


 そこでスカードさんは手でピースサインを形作り、まず中指を、次に人差し指を折って解説してくれた。


「一つは神の使いとしての崇敬の対象。もう一つは――魔族の一種としての排除対象だ」

「ま、魔族……!?」

「いるんだな、この世界にも」


 魔族キター!!

 堅砂くんも言うように、ファンタジー作品でよく出て来る存在……でも、どういう存在なのかは世界観で結構違ってるなぁ。

 この世界ではどんな人たちなんだろうね。


「ん?お前達の世界には…ああ、そういう物語がよくあるって話だったな」

「ほう、知っているのか?」

「俺の知っている異世界人の中のごく一部、まともなヤツから聞いた事があってな」


 うわぁ、堅砂くんすごいなぁ……初対面なのに物怖じしなさすぎ、って、これはむしろ偉そうにしすぎなのでは?

 さっきまではなんとなく見過ごしてたけど、う、うーん……い、一応伝えておこうかな。


「あ、あの、か、堅砂くん?」

「なんだ八重垣」

「えーと、その、こういうのをわざわざ伝えるのは人を不快にさせるかもしれなくてさっき助けてもらった分際で何を偉そうにと思うかもしれないけど、きっと良い人な堅砂くんが誤解されるのはどうかと思うし私的に皆仲良」

「……。長い。要約しろ」

「ひいっ!? ご、ごめんなさいっ!?

 あのその、目上の方に対してはもっと柔らかく接した方がいいんじゃないかと私的には思いますです、はい」

「何故だ? そもそもこれが目上かどうかなんて分からないだろう」

「いや、あの、年上では?」

「というか、これとか言うな」


 思わず突っ込む私とスカードさん、

 だけど堅砂くんはまるで動じる様子なく、肩を竦めてさえ見せた。


「やれやれ、浅はかだな。

 確かに目上という言葉には年上の意味も含まれている。

 が、そもそも俺としては礼儀を払うべき対象かどうか決めかねている。

 なんせ初手痴漢行為未遂だからな」

「いや、でも、その……」


 わたわたしつつ、自分の意図を伝えようとするけど……うぐぐ、まったく言葉が浮かばないぃ――!? 

 というか、私の頭じゃ堅砂くんに納得してもらえるような言葉は浮かばないですしね(断言)。

 うふふ、私ってば無力……私は言葉を失って項垂れるのでした。


「君の気遣いはありがたいが、その辺りは俺の決める事だ。

 ――で、さっきの話に戻してもらえますかね?」


 と思ったら丁寧語にしてくれた?!

 きっと、私の情けない姿に哀れみを掛けてくれたんだろうなぁ……うう、恥ずかしいクラスメートですみません。

 

「ああ、魔族の話だったな」


 そんな私達のやりとりを見ながらニヤニヤしてたスカードさんは、あえて深く突っ込まず話題を再開した。

 ……下手に突っ込むと、自分の事を蒸し返される可能性があったからかもね、うん。


「――そうだな、俺達人族にとっての天敵、互いに滅ぼし合う存在、敵対勢力……そういう認識の、この世界に生きる、もう一つの人類。

 あと、姿はそれぞれの個性があるが、翼を持ってる奴が多いかな。

 だからなのか、昔から空から舞い降りて人への悪を為す存在という印象だ。

 それが魔族という存在……ってはずだったんだけどな」

「「はず?」」

「ここ十数年はなんというか、一部地域を除いては愉快犯というか。

 人族に変ないたずらを掛けてきてはせせら笑う、よく分からん存在になってる。

 とある国の王城に侵入して王の顔に落書きをして気付かれないまま帰るとか。

 人族のお祭りごとの時、さらっと露店を出して参加してたりとか」

「ど、どういう事なんです?」

「いや、俺に訊かれても分からん。

 でも、まぁそれはともかくとして、元々は互いに好ましく思わない存在なのは間違いない。

 だからなのか……」

「空を飛ぶ存在を魔族扱いする、魔族の使いと考える人もいる、そういう事か」

「ああ、ご明察だ。

 全体からすればそう多くはないだろうが、一部の過激な奴らに見つかったら面倒な事になる。

 だから【下手をしたら』なのさ」

「――。えと、その、堅砂くん、これは急いで情報共有すべきだよね」


 私達が神様(仮)から貰った力……『贈り物』の中には、そういう事ができそうな能力を持った人が何人かいる。

 その人達に早いうちに連絡しておかないと、もしかしたら大変な事になるかもしれない――帰ったら町中から取り囲まれて裁判に掛けられるとか怖過ぎなんですが?!


「す、すすす、スカードさん、申し訳ありませんが、私達は――」

「ステイだ、八重垣」

「え?! でも堅砂くん、一刻も早く帰って伝えなきゃでは……!?

 そうでないと私達火炙りの刑に処せられて……あ、あわわわわ!!」

「君は何を言ってるんだ。とにかく待て」


 慌てつつ振り返ると堅砂くんは瞑目して、何事かを小さく呟いていた。


「……あ」


 ――――そこで、私は堅砂くんの『贈り物』がなんなのかを思い出した。

 

『そういう事だ』


 それと同時に、何かが頭の中で繋がる感覚と共に堅砂くんの声が響く。


 堅砂くんの『贈り物』は【思考通話テレパシートーク】。

 異世界ではおそらく携帯その他が使えないだろうと判断して選んだ『贈り物』だと、彼のステータスを教えた際に、お返しの形で教えてもらった。


 どんなに離れた場所でも、堅砂くんが念じれば声を届ける事が出来、その間は声を届けられた側も堅砂くんと会話できる。

 ただ、心を読んだり読まれたりはできなくて、心で会話できるだけの能力という事らしい。

 プライバシーをしっかり守ろうとしているのが実に真面目だと思う。


 私は個人情報を読もうと思えば読めちゃう能力になっちゃってるのがお恥ずかしい限りです、はい。

 すみません、下世話な存在でホントすみません。


『連中に簡単な事情は説明しておいた。

 幸いそういう能力を使用する前だったし、一応周囲には神官さん達以外に現地の人はいないようだから、とりあえず問題ないそうだ』

『よ、よよ、よかった――! 何事もなくて安心、うん。ありがと、堅砂くん!』

『トラブルは面倒ってだけだ。別に礼を言われるほどじゃない』

『ううん、ありがとうって言うべき事だよ。堅砂くんのお陰で争いの種を一つ減らせたんだから』

『――大袈裟だな』


 そう告げた瞬間、プツン、と繋がりが切れるのを感じる。

 ――通話終了、そういう事らしい。


 現実時間ではほぼ一瞬にやりとりを終わらせられるので、これはすごく便利な能力だ。

 

「どうやら何かの『力』を使ったみたいだな」


 私達の様子から状況を判断してスカードさんが呟く。

 流石経験豊富な冒険者(とラルから聞いている)、簡単にこちらの状況を把握していて感心しきりでございます。


 私もそうなりたいなぁ……何も言わずとも状況を察して発言したり、助っ人したり。

 風のように現れ、助言を繰れる謎のヒーローって憧れるよね、うん。


 さておき、気を取り直して私は頷いた。


「は、はい、お陰様でどうにか騒動になるような事は避けられそうです」


 ――――と、この時は思っていたんだけど。


 でも、

 よもや全く違う方向からの騒動が巻き起ころうとしている事を、この時の私達は気付かなかった。


 そしてそれが、クラスの今後を大きく変えていく事態に繋がるなんて……うう、人生ってままならないよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る