10 目指すべきものを目指して――私には無理かもなんですけどね

「えと、ゴホン」


 一回噛んでしまったので、私・八重垣やえがき紫苑しおんは咳払いで場を整えた。

 誤魔化したって言うんじゃないのかと指摘されたら否定しようがないですけどね、ええ。

 うう、今もまだ顔赤いんですが。

  

 ともかく、そうして私はもう一度冒険者スカードさんとクラスメートの堅砂くんの前で話し始めた。

 

 私は何故冒険者になって、何のために強くなりたいのかを。

 それは、私に冒険者としての鍛錬を施してくれる強い冒険者としてスカードさんを紹介してもらった理由に繋がっているので、ちゃんと話しておかないとね。


「わ、私が冒険者になろうと考えている第一の理由は、私達がこの世界で生きていくために必要なお金を得るに当たって一番問題が起こらない仕事だと思ったからです。

 出自を詳しく問われない、絶対に必要なものは特になく、能力と最低限の信頼があれば仕事ができるのが冒険者との事ですから」


 それはラルとの話の中で見出した、私のこの世界での仕事。

 やるべき事とかやりたい事には必須になりそうなんで。


 レートヴァ教の皆さんにいつまでもお金を出してもらうわけにもいきませんし。

 異世界人特有の大きな魔力を思いっきり使うのであれば魔術師協会もあるとの事でしたが、そっちは最低限の身元保証が必要と聞きました。


「なるほど、まぁ納得だな。

 神からの贈り物やら魔力やらを踏まえて、お前らの立場を考えればそうもなるか。

 あと魔術師協会を避けるのは賢明だ。あそこは一般人にとっては魔窟以外の何者でもないからな。

 だが解せないな。

 確かに冒険者はなるための敷居は恐ろしく低いし、依頼次第では一獲千金の可能性もある。

 だがある程度までなら安全に金を稼げる方法なら他にいくつかあるだろ?

 ラルは良い顔をしないだろう仕事も―― 一応説明はされたんじゃないのか?」

「え、ええ……はい、それは確かに」


 スカードさんの言葉どおり、私達はラルから冒険者以外の仕事や生活手段も幾つか提示されていた。

 生活は少し厳しくなるが生きていくには支障がない安全な仕事から、

 高給ではあるが少し口にはしずらい、性的な内容の仕事についても手段の一つとして説明されている。

 その辺りの事を思わず想像しちゃって、ちょっと赤面です。


「八重垣、君、破廉恥な事を考えてないか?」

「ひゃわっ!?」


 ちょうどそのタイミングで堅砂に突っ込まれたので思わず変な声を上げてしまう私。

 そんな私を見て、二人は何故か神妙な顔で頷いていた。


「考えてたのか」

「考えてたんだな」

「しょ、職業として思い出したついでですよー!?

 え、ええと、その、ともきゃくともかく

 ほ、他にはレートヴァ教の信者になればどうかとも言われました!」


 再度色々誤魔化す為に私は強引に元々の話を続けていった。


 ラルには、私達が更なる安全を優先するのであれば、レートヴァ教の敬虔な信者になるのもありだ、という道も提示されていた。

 そうなった上で、祈りを捧げながら魔力を提供し続けさえすれば生活の保障は確実に出来るとも。


「だったらどうしてお前たち――いや、お前さんは冒険者をしたいと思ったんだ?」

「えと、一つは、生活が厳しくなってくると、私達はおそらくこの世界で生きるのが耐えられなくなるからです」


 ここ数日レートヴァ教の皆さんから振舞われているご飯は、この世界ではそれなりに高価なものだと、私はラルから聞いていた。

 だが、それでさえも不満に思っている人が既に数人いるようだ。

 ――そんな人達が生活のギリギリの状況に追い込まれたら精神的な余裕を失っていき、いつしか誰ともなく罵り合い、傷つけ合うようになるだろう。


 勿論私も例外じゃないしね。

 私自身今は冷静だけど、追い込まれるとどうなるか――正直自信はない。

 衣食足りて礼節を知る――私的には足りなくても礼節を大切にしたいが、あるに越した事はないよね、うん。


「だ、だから、早いうちからお金を貯めて、いざって時に備えておきたいんです。

 その為に登録が簡単な冒険者の活動で少しずつでも貯蓄しよう、という考えてます。

 私自身が悲観主義者なので、何事も先んじて準備しておきたいんのもありますが」

「ふん、想像どおりのお坊ちゃんお嬢ちゃん達だが、まぁ自覚して動いている分お前さんはマシだな。

 で、一つというからには他にもあるんだろ、理由。

 そっちはなんだ?」

「も、もう一つは――私の我がままです」

「我がまま?」


 スカードさんに、はい、と頷き、一度お茶でのどを潤し直す。

 その上でどう話したものかと思いめぐらせつつ、改めて言葉を続けていく。


「わ、私は、弱い人間です。

 何かを為したいと思っても思うようにならない、意思を伝える事もままならない、弱い存在です。

 私は特に人と接するのが苦手ですしね、ええ。

 だけど、私達を呼び寄せた神様やラルからこの世界の事情を聞いて、こんな私でも誰かの助けになれるかもしれない、って聞いて、がんばってみたいなって思ったんです」

「……へぇ? 魔王を討ち倒す勇者にでもなるのか?」

「いやいやいや、滅相もありません。

 私には無理ですね、ええ……必要なら精一杯挑んでみますけど。

 私は多分、きっと英雄とか、勇者とか、そういう方にはなれないと思うんです。

 だけど――そんな人たちとは違って、ほんのささやかな事しかできなくても、誰かの力になりたいって、この世界に来て、改めてそう思ったんです。

 今の弱い私には、街の近くにいる、人を襲う魔物を一匹倒すことすら出来ないと思います。

 でもがんばって、一匹でも倒せるようになって、誰かが怯えたり悲しんだりする可能性をほんの少しでも減らしたいんです」


 物語の英雄のように、私が憧れ続ける正義の味方ヒーローたちのように、悪い魔物だけ全部倒せたらいいなとは思う。

 だけど、そんな事は私なんかには出来ない。

 だけど、出来ない私なりに出来る事はある――そう信じたい。


 それが、この世界に来て、どうやら出来る事が増えた魔法が使えるようになったらしい私の役目だと思うから。


「私は――私に出来る精一杯を地道に積み重ねて、誰かの力に、誰かの助けになれるような、立派な人間になりたいんです。

 だから、その為に冒険者になって、強くなっていきたいって、そう思ったんです。

 あ、いや私なんかが烏滸がましいとは思うんですけどね、ええ。ふへ、えへへ……。

 ――その、えと、以上です」


 まぁ、要はかっこつけたいってことなんですけどね!――ぶっちゃけすぎると流石に恥ずかしいんで言えませんが。


 照れ臭いやらなにやらで最後は消え入りそうな声になってしまった。

 伝わったよね? もう一度話してと言われてもちょっと難しいんで、伝わっているといいなぁと願います、はい。


「――――なるほど、な。アイツめ」


 しばしの沈黙の後、スカードさんはポツリと呟いた。

 俯いた拍子に前髪で顔が隠れてしまったので、その表情は良く見えなかった――だけど、その声には色々なものが込められているような、そんな気がした。


「どおりで会わせたがってたわけだ、まったく。

 よほど俺好みな女の子でも見つけて紹介してくれるのかと……」


 スカードさんがそう言うと、堅砂くんが急に立ち上がり私達の側で木剣の素振りを始めた。

 あ、危険な発言(?)をしたスカードさんを牽制してくれてるんだね……ありがたいです。

 でも、無言で木剣振り始めるのはちょっと怖いよ。


「待て待て、そういう意図の発言じゃない。落ち着け」

「あ、あのー……それでその、これから鍛えていただけるんでしょうか?」

「それは最初からやってやるって言っただろ? だが、少し事情が変わった」

 

 スカードさんはそう言って上げた顔は――どこか、少し苦く寂しそうな、でもどことなく爽やかな、そんな笑顔だった。


「どうやら最低限じゃ駄目らしい。お前さん、名前は?」


 そう言えば色々慌ただしくてまだ名乗っていなかった。

 ゴホンと咳払いをして、喉と心構えを整える。


「し、紫苑です。八重垣紫苑と申します」

「――紫苑。

 お前さんみたいな甘っちょろい奴が甘っちょろいまま生きていけるように、かなり厳しくいくけどいいか?」

「そ、それは――とてもとても望む所です。是非よろしくお願いします」

「良い返事だ、精々ちゃんと強くなれよ。――――ああ、あと、その、なんだ」

「なんでしょう?」

「さっきの、その、あれ、胸触った事を改めて詫びる。本当に申し訳なかった」

「?? さっき謝ってくれたじゃないですか」

「それはそれ、という事で納得してくれると助かる」

「……わ、わかりました。あ、その、堅砂くん。

 自分語り的な感じ、殆ど強制的に聞かせちゃってごめんね?

 ちゃんとクラスの皆の迷惑にならないようにするつもりだから――」

「――。

 気にしてないし、迷惑になるような事でもないだろ」


 堅砂くんは、呆れたようにソッポを向きつつ言った。

 実際呆れさせてしまったのかもしれない……いや絶対呆れてるよ、普通呆れるよ……。

 だけど、それでも今は心遣いに甘えて、言葉どおりだと思わせてもらおう。


「ところで、お前達、どうやって岸を渡ったんだ? 俺は普通に跳躍で行き来できるが――」 

「ああ、魔力で橋を作ったんです。

 最初は飛んでいこうと思ったんですけど、ちょっと浮くのが精一杯だったんで諦めて……」

「ちょっと待て。お前さん、いま浮いたとかなんとか言わなかったか?」

「言いましたけど?」

「言ったな。あと実際浮いてた」


 そう言うと、堅砂くんは『この位』と言わんばかりに指で、私が浮いた高さを表現してくれた。

 この高さしか浮かないくせに崖を飛び越えようとしていたとか、流石に無謀だったなぁ、と思っていると。


「紫苑、それから一応そこの奴にも言っておく」


 スカードさんは険しい表情を隠そうともせず、重々しく告げた。


「空に浮くとか空を飛ぶとかの魔法、絶対人目のある場所で使うなよ。

 下手したら――死ぬ事になるからな」


 ええっ!? 死ぬぅ?!

 その想像だにしない内容の言葉に、私達は思わず目を丸くするしかなかったのだった。

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