十五本目〜二箱目の九本目【閲覧注意】長い頼子の今までと理由 後半
※閲覧注意って書きたかっただけではないです。
『先輩!帰ってきてたんですか!?連絡してくれれば良いのに!』
振り袖の内側、ブーツの中、化粧の下…じわりと汗を書く。私の鼓動は速くなり、激しい緊張が襲っていた。
憧れて…高校時代は追いかけて…一方的な約束までして…今の今まで忘れてた人…
自分で喋りかけといて…ここに来て思い出した…私は嘘つきで、本当は話しかける事も躊躇われる事に。
――ずっと待ってますから!追いかけますからね!――
もし、先輩がその事に触れたらどうしよう。
私には彼氏がいて、その前にも色んな事をしていて…
地元に帰ってきて、同級生は高校の時に付き合っていた彼氏と結婚予定だったり、別れて新しく彼氏作ったり……私みたいな事をしている子は1人もいなかった…だから自分の経験を他人に言えず…正直、分からなくなっていた。
何が正しいのか、何が綺麗で何が汚いのか。
『あ、会いたかったんですよ!追いかけたのにいないし!』
『そうだね、それにしても頼子は綺麗になったね?逃した魚は大きかったか(笑)』
だけど和樹先輩は…前以上に私の嘘に飄々と応えた。
それから当たり障りのない事を話してくれる。
雑談中も振り袖だからわからないだろうけど…私はずっと震えていた。
先輩、音楽はどうなったんですか?
何故、地元に帰ってきているんですか?
私の事はどう思っているんですか?
綺麗になったと言ってくれた私とは…まだ…
私はパニックになりとっさに嘘をついた。
何時までも待っていた、そして追いかけたけど見つけられなかった女のフリをした。
でも、過去の事には触れず淡々と、優しく微笑みありがとう、ごめんね、おめでとう…と言ってくれるだけだった。
そんな状態では連絡先を聞く事も出来ず、そのまま別れた。
成人式の式場で一緒にバンドを組んでいた同級生を見つけた。
和樹先輩に会った事、そして和樹先輩は何で地元にいるのか聞いた。
『帰ってきたのつい最近だよ、音楽はやめたって。俺は東京というか、あっちにいると外道か馬鹿になるから、こっちでちゃんとするって言ってたよ』
外道、馬鹿…学校に行っていた時は思わなかった。髭カイゼルやケンゴ君といる時は考えなかった。
先輩も同じ様な経験をしたのだろうか?
外道…自分でも良くわかってないフワフワした概念で、誰にでも股を開く女の道を外れた私
カイゼル髭の先端が入った?毎日酒を飲んで映画がどうしたとか言いながら身体を預けた外道
馬鹿…戦場カメラマンになる彼氏に付いていく…なんの覚悟も無い私が戦場に?
世界の貧困に苦しんでいる人を助ける?…親の仕送りで生活している私が?
カメラで女性の立場を…平等で対等な社会にする…カイゼル髭の股の下で?
もう訳がわからなかった…頭がグチャグチャになる。戻ったら…またアレに戻ると思うと頭がグチャグチャになる…気持ち悪い…涙が止まらない…
先輩にまた会いたい。昔に戻りたい…逃げてるのは分かってる…
好きな事を見つけ、やりたい事をやろうと、推し活して真っ直ぐに走っていた、希望しか無かった時の自分に戻りたい…先輩に会いたいよぅ
同級生のバンドマンが何かを察したのか、すぐに先輩との飲み会をセッティングしてくれた。
先輩を前に緊張して、ビール、ビール、日本酒、ビール日本酒…
私はいつからこんなに飲むようになったんだろう。
『先輩、私…ずっと待ってるんですよ?忘れられなかった…先輩一筋なんですよ!』
酔っ払っていた…呂律が回らないこの汚い口で、そして、言ってしまった、嘘を。
『そっか…でも、今はただのフリーターよ?音楽もやめたしなんもねぇよ?』
『関係ありませんから!そもそも学生時代の恋に仕事は関係ありません!まだ…まだ好きなんですよぉ!』
ケンゴ君には余裕の態度で接していた私。
目指す世界は一緒だからとか、同じ景色を見れるとか。
世界は繋がっていて、皆同じ景色が見れるから。
何か知った様な私、芸術的な事、思想的な事。
でも…やっていた事は身体を重ねて興奮しているだけ…世界が繋がっているなら、世界中の男女はカイゼル髭になるのか?そんな訳無い。
グチャグチャな頭を酒浸しにして、過去には触れず…手に届く位置に来た憧れの王子を私は発情期の猫の如く掴んだ。
酔って…グイグイ体を寄せて…泣いて…誘惑して…帰りたくない…一緒にいたいって…
起きたらホテルにいたけど…何も起きていなかった。覚えている…頭を撫でてくれるうちに寝てしまった。
先輩は私が煙草の匂いが嫌いって言ったのを覚えているから…喫煙室なのに換気扇の下で吸っていた。
服は来たまま、下着もそのまま…何もされていない…
もしかしたら全て知ってるのかも知れない。
だから、また泣いた。感情がグチャグチャで泣いた。
『落ち着け、落ち着け…良いよ、別に。付き合おうか?俺も可愛いと思ってたし、頼子は地元に収まらない感じがしたから手ぇ出せなかったけど…こっち戻って来るならもう我慢しなくて良いかな?でも、煙草も我慢しねぇよ?』
私はさらに泣いた、堰が切れた様に。
ピンっと張っていた、無理矢理芯を通して立たしていた物が折れた気がした。
縋りついていて、抱きしめられて分かった。
陸上と同じ、私は1人で限界を超えられない。
いや、そもそも越えられる才能は無い。
ただ、陸上と違い、身体じゃなくて精神的な事だから分からなかった。
私は何かを発信したり、作り出せる人間ではない。
この日…先輩のおかげで自分を認められた。
そう、私には致命的に芸術的な才能…センスが無い事に気付いた。
それから卒業したら帰って来る約束をして…一度、一人暮らしの家…正確にはケンゴ君と同棲していた家を引き払う為に都内の家に戻った。
本来はお互いが戻ってから家を引き払い、家を探す約束だった。
『ごめん、やっぱりケンゴ君に付いてく事は出来ない…地元に帰らなきゃいけなくなった…ごめんね』
『就職こっちでしょ?大丈夫だよ、こっちで住もうよ?別についてこなくても良いんだよ、君が家で待っていてくれるだけで頑張れる気がするんだ』
『いや、駄目なの…決まっている人と結婚する事になってるから…帰らなきゃ…本当にごめんね』
『何で!?あんなに愛し合っていたのに!あれは嘘だったの!?そんな事無い!君は嘘ついてる!一緒に逃げよう!?僕と同じ景色を見れるのは頼子しかいないんだ!』
『駄目なの!私なんかに構わないで!貴方の為にも…私は帰らなきゃ…ごめんなさい!』
また嘘をつき家のせいにした…そして逃げるように別れを告げて…私は先輩の元に転がり込んだ。
先輩は同棲するにあたり、まずいきなり私の親に挨拶した。
『それは…頼子と近いうち結婚するという前提で考えて良いのかな?』
『いや、全然無理っすね…愛していますし結婚も考えてますが金無いです。貯金して、いつかはしたいと思ってます。でもお義父さんお義母さんとは仲良くなりたいと思っていますが?』
『おま…正直過ぎだろう、もうちょっと考えて喋れ』
先輩は落ち着いた様子で金が無いけど付き合う、結婚は待てとハッキリ言った。
親は正直過ぎる人だと呆れてた、でも、自分の力で私を幸せにしようとしていると捉え、気に入っていた。
先輩が凄いのはとにかく心が強く、柔らかく靭やかだった。
私がおかしな事があるともう一回考えてみようかと優しく諭してくれた。
地元に帰ってから、和樹先輩との二人暮らしは幸せだった。
映画に出てくるドラマチックなものでも無ければ、学校時代の狂喜ではない、温かい幸せ。
無理をしないで良い、私を表現しなくて良い、身の丈にあった生活。
映画学校のツテで入った映像制作の仕事でも、何かを発案する事は無い。
帰って、先輩にこんな事があったと言うと褒めてくれるから。それだけで満足だった。
独立するとか、何かをやってやろうという同僚はいたが、応援はするけど一緒にはやらないよと断った。
そして細々と、私に出来る作業を一生懸命やった。
『うお?頼子凄いね、このまま行くと余裕で俺の年収超えるじゃん』
就職して、一緒に住んで4年。
彼が笑いながら言った。
私は業界で編集の早さと正確さで少しだけ有名になった。
山里(頼子)さんに任せると早くて正確で助かると、更に公共事業系のクライアントに余計な事をしないと動画の編集マンとして名前が売れ始めた。
何だが和樹さんの横に並べたような、そんな気持ちになって嬉しかった。
和樹さんが喜んでくれるなら、私のついてる嘘も軽くなる気がしたから。
それに、私には派手な生活、枠から外れた人生は歩めない。簡単に壊れるから。
『和樹さん…もし次、給料上がったらカズちゃんって呼んで良い?』
『あぁ…良いよ、別に今からでも良いけど…何か専業主夫の道が確実に開いてきたわ(笑)』
次の年には昇進し、管理者となり仕事も忙しくなってきた。
泊まり作業も増えてきて、本当は嫌だった。
一緒にいる時間が減ってしまうから。
カズちゃんは家事全般をやりながら契約社員なのかな?在宅で仕事している。
他人の話で浮気とか怖いね、という話をしたら互いのGPSで自分の位置が分かるようにしようか?
家にカメラも設置して良いよと言っていた、けど結局何もしなかった。
カズちゃんはモテるから…ちょっと不安だったけど。
今、また嘘をついた…過去の自分のやった事が…嘘がついて回って…今もなお嘘がつきまとっている自分があるから信じるのが怖い、真実が怖い。
だからカメラもGPSも知らないふりをした。
だけどある程度まとまったお金が出来たら、貯金が出来たら…結婚する約束をしてくれて…それにカズちゃんも協力的な姿を見れたから頑張れた。
言わなきゃ、結婚の前に全部言おう、もう4年も一緒にいるから笑って許してくれる…と、思うけど…でも怖いからまだ言えない…
そんな自分や周りに対して心が中途半端に疑心暗鬼な状態のまま…来てしまった…嘘で塗り硬め隠した過去が…元カレがバイトとして私の職場に来た…
『頼子…さん…久しぶりだね?元気にしてた?頑張ってるみたいでなによりだね』
『う、うん、頑張ってるよ!君も元気だった?』
私は怯えていた。まるで悪魔が迎えに来たように見えた…
彼は当時の事を周りには言わなかった…しかし、私の周りの人は違った。
私には今、ヒモみたいな年上の彼氏かいると彼に伝えたのだ。
私は神に誓ってヒモとは思ってない、ただカズちゃんが私の職場の人と会った時に、自分の事を聞かれ『在宅で家事やって頼子の金で貯金している、何かそう言うとヒモみてえだな』と言っただけだった。
その時の彼の目は…別れる時の怖い目をしていた。
そして…半年程経った時に…飲みに行こうと誘われ始めた。
私はこの時禁酒していた。すぐ泥酔するからだ。
カズちゃんは家だったら良いよと言ってくれたけど、壊れた私が出るのが嫌だった。
最初は断っていたけど…
『帰り、1時間ぐらいで良いから、お願い!』
カズちゃんはケンゴ君が同じ職場にいる事を知らない。言えなかった…
日に日に増す誘い…そして彼から強く頼まれると…まるで『行かないとバラすぞ』と言ってるように聞こえてきた…
『後、1年もしたら海外に行くんだ。その前にまた昔みたいに一緒に飲もうよ』
――1年で良いから昔みたいに馬鹿になれよ――
過去の隠し事が小さな隠し事を増やし、小さな隠し事が積み重なってやがて大きな取り返しのつかない嘘になる。
私は彼の言葉、眼に耐えきれず…彼と一緒に飲んで…起きたらホテルで寝ていた…
実際は脅されてない。記憶が消える訳ではない。
ただ、お酒を飲んで…私の心は過去に戻り、狂った。元から私はこういう奴なんだと思ったら止まらなかった。
カズちゃんの温かい交わりとは違う狂乱。
狂った先の考えられない快楽。
私の心は、確かにその時だけ、映画学校時代の非現実的な世界に戻っていた。
カズちゃんは仕事で遅くなる事を許してくれて、そして信じてくれた。
私の仕事が忙しく、夜も帰れない事があるのを知っている。
ふらついた足で帰って…洗ったものの…中に出されて…呆然としながらそのままソファーで寝てしまった。
起きると毛布がかかってた…自室でカズちゃんが仕事をしている音がする。
机には『お疲れ様、久しぶりに飲んできたね。起きたらコレでも食べてゆっくり休んでね』と、手紙と切った果物があった。
私は毛布を被って泣いた。
なんで?なんで!?私は!なんで…
もう取り返しがつかない事に絶望した。
こんな良い人を裏切って…私は絶対地獄に落ちる。
私は決めた、全てを墓まで持って行く。
嫌われたくないから、本当はカズちゃんなんて呼ぶ資格無いけど…
地獄に落ちるまで…一緒に…居させて下さい…
1年が過ぎたがケンゴ君は海外に行かなかった。
お金が無いと言っていた。
その間、更に1年、もう1年と繰り返していた。
『結婚前に子供ができちゃったら困るから…』
そう言ってピルを飲む。
ケンゴ君はどんどんエスカレートしていった。
私もエスカレートしていくしか無かった。
お酒を飲んで、ホテルで、仕事場で、公園で、河原で、彼のアパートで。
縛られて、漏らして、色んな物をいれられて、前も後ろも、時には窒息寸前で、時には気を失った。
私の心は壊れていたが、ケンゴ君は私の身体も壊す勢いで色んな事をされた。
そしてそれを、全て撮影された。
お金を無心してくる事もあった。
お金があれば海外に行くかも知れないと、残っていたカズちゃんへの想いはズレた結論を出した。
だから貯金以外の、自分に使えるお金から渡した。
本当はその額も貯金に回していたお金…どんどん結婚が遠ざかる気がした。
身体も、心も、お金も、全てを奪われた…いや奪われていたのはカズちゃんだ。
カズちゃんとも出来なくなった…一度している時にカイゼルに見えたからだ。
それが怖くて、私はずっと『仕事が大変で…』と断るかが言い訳だった。
おかしくなっている理由を全部仕事のせいにした。『やめても良いんだよ?』と言ってくれたが『もうちょっとだから頑張る』と笑ってみせた。
何を頑張るの?
ずっと綱渡り、目を凝らさないと見えない、そしていつか切れる糸の上を渡っていた。
そして…その日も飲んでいた。
彼はいつ戦場に行くんだろう?私も最早、戦場とかどうでも良くなっていた。
この刹那の快楽と良心の呵責に苛まれるのを繰り返す毎日が延々と続く様な錯覚に陥っていた。
今日は仕事場の小さなスタジオでケンゴ君にされていた…プロ用のカメラで撮られていた。
ケンゴ君の知り合いとやらも来ていて、参加はしないけど見ていた。
一回終わって、まだ続きがあるというからその間にスマホを見た。
GPSがオンになっていた。場所を共有していた。
カズちゃんは出無精だ、意味無く外になんか出ない。
そのカズちゃんが、私の職場の近くまで来ていた、嫌な予感がしたので連絡を取ると反応しない、私がその事でメッセージを入れると家に引き返した。
まさかとは思ったけど…何処かでとうとう来たかとも思った。
連絡が取れない…恐怖だけが心を覆う…
ケンゴ君が心配そうに声をかけてくる。
『どうしたの?大丈夫?次はちょっと皆で…『触らないでっ!』
私はバレて初めて知る。いや、皆そうだと思う。
隠し事が知られた時に初めて後悔をする。
途中の申し訳ない気持ちなんて嘘だ。
それまでは本当の意味で後悔なんかしてない、だって…大切な人に言ってないんだから…
自分の事だけから、バレて初めて相手の事を考える。
私はスーツを着てすぐに会社を出た。
頭が真っ白のまま、電車に飛び乗り家についた。
途中でGPSが消えた。
何も分からないけど、もう正気でいられる気がしない。
家にカズちゃんはいなかった。
そして…
※私のいつものちょっと伸びるのが始まりました。
次回から私らしい話になります。更新早めにしますのでお楽しみ下さい。
後、先に次回について、各所関係者、フォロワー方、特に作家様方へ謝ります。申し訳ありません、よろしくお願いします。
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