第27回 ひたすら楽してメガ吹き矢

 私の企画を上司は上に通してくれたようであったが、それで終わったわけではない。その先にある会議で通らなければ、実施することはできないのだ。どういう形に行きつくにせよ、いまの私にできることは終わった。あとはどうなるか祈るだけである。ちょっとした達成感に包まれていたところで配信開始の通知が届く。


 いつものようにリンクをクリックして配信を開く。


 とはいっても、どちらでこの仕事をやるかという問題はまだ残っている。どういう形に行きつくにしても、なんらかの形で義理を通さなければならないことに間違いはないのだ。ここで不義理を行えば、この先ずっとチャンスを失い続けることになりかねない。仕事を断るときほど慎重に。私の直接の指導をしていた先輩がそんなことを言っていたことを思い出した。果たして、私にうまくできるのだろうか?


 とはいっても、企画会議が行われるのはまだ先だ。とにかくいまは配信である。配信を見るときは余計なことを考えるもんじゃない。考えごとなんてものは、配信を見ている以外のときにやればいいのである。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきます』


 いつものようにぬるっと現れるパン1頭陀袋の男と彼を見に来たコメント欄の変態どもである。相変わらずの盛り上がりだ。もしかしたら、どこかで話題になっているのかもしれなかった。まあ、パン1で変な武器を使ってモンスターを蹂躙するなんて、話題性が渋滞どころか交通事故を起こしているようなものなのでわからなくはないが。


 いまは落ち着いているものの、もう少ししたら本格的に動き出さなければならなくなる。それでも、配信を見逃すつもりはまったくないが。私はリアタイ至上主義のサブカルクソ女にしてクソオタクなのだ。ちなみに同担拒否ではない。というか、同担拒否という女オタク特有のあれになる気持ちがよくわからん。なんなんだろうな、オタクってのは。


『ところでみなさん、早速ですが、遠距離武器って言ったらなにがあります?』


 唐突にそんなことを言い出すトリヲ。コメント欄には色々な意見が書かれていたが、やはり圧倒的に多かったのは銃である。それも当然だろう。銃というのは現代兵器を象徴する武器と言ってもいい。かつての侍の刀がそうだったように、現代における銃はまさしくそれにあたる武器であろう。


『みなさんが言う通り、やはり鉄板は銃なんですが――俺はここに一石を投じたいと思います。今日使うぶきはコレ。メガ吹き矢です』


 そう言って虚空から取り出したのは、根元の部分がフラスコのような形になっている棒状の物体である。


 いや、吹き矢って。吹き矢ってあの吹き矢か? 吹き矢にあのもこのもないんだけど。というか、吹き矢でモンスターと戦えるのか? 音速を超える銃弾すらもはじくようなモンスターを相手に吹き矢? 大丈夫かのかそれ。


『モンスターと吹き矢で戦うなどととwwww』


『なに言ってんだ。銃なんて惰弱が使うもの。男は黙って吹き矢一択』


『やっちまったなぁ!』


 様々なコメントが流れていくものの、意訳すればその内容のほとんどが、モンスターと獣で戦うのは正気か? というものである。


 言うまでもなく、人間の肺活量などたかが知れている。普通に使ったら、その威力が銃に及ぶことなどあり得ないし、パーティグッズに毛が生えたレベルであろう。いくらなんでも、パーティグッズでモンスターと戦えるとは思えない。


 とはいっても、武器として成立していないものを工房が作るとも思えなかった。ダンジョン内で使用する武器は色々と基準が定められている。ちゃんと武器として使えないものに許可が下りるはずはないのだが――


『みなさん、吹き矢って思って甘く見てませんか? それはよくないですね。このメガ吹き矢もダンジョン武器としてしっかりと認可が下りているものです。安心してください、ちゃんと戦えますよ』


 世界的に有名になった裸芸みたいなことを言い出すトリヲ。よくよく考えてみたら、こいつもパン1で配信をやってるし、ある意味裸芸と言えるかもしれない。やはり、裸芸は世界共通の万能言語なのか?


『このメガ吹き矢は独特の構造で吹き込んだ息の威力を高めて撃ち出すことが可能です。そのうえ、筋力スキルでブーストをかけることもできますので、数値によっては大型の銃と遜色のない威力を出すことも可能という優れもの。矢の装填は魔力スキルで行いますので、かさばる矢を持つ必要もありません。素晴らしいですね。また、色々なスキルで毒をはじめとした追加効果の付与も可能というオプション付き。これはもう、吹き矢文明が始まっているのでは?』


 嬉しそうに早口で語るトリヲであったが、私を含め視聴者の多くはまだ疑いの目で見ていた。銃くらい威力を出せるのなら、銃で良くない? というのが正直なところなのだろう。先ほど言ったことはすべて銃系の武器でも可能なことだ。それなら、わざわざ吹き矢なんていうキワモノを使う必要性など皆無であった。


『(そんなものは)ないです』


『吹き矢文明ってなんだよ』


『始まってもいない文明を始めるな』


 辛辣なコメントが流れていく。それも当然だろう。吹き矢でモンスターと戦うなど正気の沙汰ではない。それを言ったらパン1で配信していることも正気ではないのだが、それは言ってはいけないお約束である。正気を保ってたらこんな配信を見れるわけねえだろ。


『どうやら疑われているみたいなので、この武器の強さを示していくことにしましょう。今日は中層階にある水辺エリアに来ています。別段、この武器が有効ってわけじゃあないんですが、そういえば水辺エリアで戦ってる配信をやってなかったと思ったので、今日はここでやっていきます』


 水辺エリアとはダンジョンの地層エリア天層エリア両方に点在する階層で、全域が浅い水辺となっている。水辺エリアだけで出現する敵もいたりして、ユニーク度が高いエリアであるが――


 浅瀬とはいえ水辺なので、当然のことながら足場は悪い。膝よりも下の浅い水たまりであっても、そこで動き続けるのは結構難儀である。それが戦闘ともなればなおさらだ。また、少し深くなっているところもちょこちょこあるため、モンスターと戦っている最中にそこに追い込まれて大変なことになるというケースも少なくない。


 そして当然、水辺で戦えば身体が濡れる。身体が濡れるというのは思っていた以上に負担になるし、最悪の場合低体温症を引き起こす可能性もある。なにより、水辺である以上、雷系の魔法や武器で味方を巻き込みかねないというのもあり、なかなか危険なエリアなのだ。


 一般的には、水辺エリアでの戦闘は極力避けておけというのがセオリーである。人間ばかりに多大な影響があるのに、相手となるモンスターにはそれほど影響にはならばかりか、水辺エリアのモンスターはその環境に適したものばかりなので、周囲の環境が利することが圧倒的に多い。


『というわけで今日戦っていくのはあそこにいるドラゴンフィッシュくんです。この圧倒的に足場の悪い水辺エリアの代表的なモンスターですね』


 そう言ってカメラに映るのは極めて大型な魚のような竜、あるいは竜のような魚のような敵だ。彼が言った通り、水辺エリアにおける代表的なモンスターの一種である。


『まともに戦うと苦戦する相手ですが、この武器なら楽に戦えます。なにしろ近づかなくても攻撃できますからね。というわけでいつも通り、アイサツ代わりのアンブッシュからやっていきましょう。オッスお願いしまーす』


 そう言って吹き矢を口に当て、大きく息を吸い込んだのち吹き込んだ。


 同時に、すさまじい音が響き渡る。それは、とんでもない威力で矢が吹き込まれたことに他ならない。間違いなく、大型の銃器に匹敵する威力を持っていた。


 放たれた矢はドラゴンフィッシュの目を貫く。小型に見えるが、それはドラゴンフィッシュが巨大だからそう見えるだけで、実際にはかなりの大きさがあるだろう。あの威力で目に撃ち込まれれば、かなりのダメージになることは間違いなかった。


 目を射抜かれたドラゴンフィッシュは叫び声をあげて一瞬怯んだものの、すぐさま動き出す。浅瀬を泳ぐようにしてトリヲへと近づいていく。巨体が高速はいずりで向かってくるさまはかなりの威圧感があった。


 トリヲは一切恐れることなく横に飛んで壁に張り付き、再び吹き矢を放つ。再度鳴り響く爆音。ドラゴンフィッシュの背びれのあたりを貫いた。


 だが、その程度でドラゴンフィッシュは意に介さない。壁に張り付いたトリヲに向かって口から超高圧の水を放つ。とんでもない高圧で放たれたそれはもはやレーザーに等しい。防具のない状態で受ければ、どうなるかなど誰の目からも明らかであった。


 レーザーのように放たれた水を壁走りで飛び越える。そこにもう一発吹き矢を叩き込む。水ブレスを吐き終えた口の中へ矢が撃ち込まれる。即座にそこへと撃ち込めるのは、相当の技術がなければ不可能だ。


 そして、口の中というのは総じて脆弱なものである。確実に自殺をするなら銃を口に咥えて撃つと言われているくらいだ。それは、巨大なモンスターであっても例外ではない。


 脆弱な口の中に矢を撃ち込まれたドラゴンフィッシュは目を撃ち抜かれたときよりも大きな叫び声をあげる。


 それでも絶命には至らず、まだトリヲに向かってくるドラゴンフィッシュ。壁走りをしていたトリヲは水が溜まっている地面に着地。


 あと二歩ほどでトリヲを己の攻撃範囲で捉えるというところでドラゴンフィッシュの動きが止まった。苦しむように痙攣し、口から液体を吐き出してのたうち回る。


 恐らく、トリヲが放った矢に毒が塗られていたのだろう。口の中という脆弱な部分にそれを撃ち込まれたことによって急速に回って――


 しばらく激しくのたうち回った挙句、そのまま動かなくなり消滅。今回も圧倒的な勝利であった。


『というわけで、吹き矢を使えば水辺エリアでも楽に戦えることがわかりましたね。今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします。それじゃあまた』


 いつも通りの口上とともに配信は終了。吹き矢で圧倒的な勝利を見させられたコメント欄は手のひらがドリルになったみたいに意見が変わっていた。


 企画会議があるまであと一週間ほど。それまでにできることはちゃんとやっておこうではないか。

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