第28回 ひたすら楽して呪いの鎖

 刻々と企画会議の日が近づいているものの、もう私にできることはないので、あとはなんとかなれー! と祈っていることしかできないのが現状である。


 なのでいつも通り仕事をこなしながら、待つ以外やることがなかった。まあ、仕事は祈祷力が試されることも珍しくはないし、多少はね? それでもいつも通りのことをやっていくのが良識ある社会人というものだ。なんとかなるでしょ。いままでの人生だってなんとかなってきたし、人生なんて大抵なんとかなるのである。


 そんな浅い哲学をしていたところで配信開始の通知が届く。祈祷力が試される状況に置かれてもなお、推しの配信はなによりも優先されなければならない。二十四時間いつでも配信が始まったら即座に行けるように全裸待機できて一人前である。できないというのなら踏み込みが甘いと言わざるを得ない。そんなんじゃエリートにはなれないぞ。


 配信を開くと同時に画面に映るのはパン1頭陀袋の男と彼を見にやってきた変態どものコメントである。相変わらずの盛り上がりっぷりだ。よくもまあここまで大きくなったものである。


 まさかパン1で配信している異常者がここまで人気コンテンツになるとは。もしかしたら、日本という国は終わりの始まりが来ているのかもしれないが、別にいいではないか。なにかが終わるときなんて大抵そんなものだ。終わりなんて唐突にやってくる。そうなったところで、自分が終わるわけでもない。大抵なんとかなるのだ。終わるときのことなんて終わるときに考えればそれでいい。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきます』


 挨拶とともに軽い雑談を始める彼である。最近はこうした雑談で回すのも手馴れたものだ。私が見始めたころは不慣れな感じがあったが、やはり人間というものは慣れる生き物であるらしい。彼がパン1で配信していることを当然と思うようになっているように。


 取材を申し込んだら、彼は受けてくれるのだろうか? こういう、キャラが強い配信者はそのキャラ性のために配信以外での露出を避けるというのは珍しいことではない。無論、大抵のファンは配信とは違う一面が見れるというのを拒否するものではないが、その辺は本人の心持ちというものである。当人が大事にしているものというのは、他人にはわからないものなのだ。まあ、たまに配信以外でのキャラを一切許さないというような厄介強火ファンもいたりするが。私の友達にもそういう気のあるのがいるなあ。


 それにしても彼は配信以外でのキャラを見る機会がまったくない。一応、メールアドレスは公開しているものの、SNSで彼のものと思われるアカウントもいまだに見当たらない状況である。


 もしかしたら、非公開のアカウントでひっそりとやっているのかもしれないが、それを探らないというのも礼儀だ。誰かの裏垢なんてものは見なければそれに越したことはない。あんなものを見て喜ぶのは覗き趣味のある変態だけだ。これも、見ないほうがいい現実というものに他ならない。


 なので、彼とコンタクトを取るには公開しているメールアドレスだけである。このご時世で接点がメールだけというのはなかなか時代錯誤であるが、必要以上に露出を避けるというのであれば、SNSなんてやらないほうがいい。


 配信者としての彼が配信以外の場面での露出を意図的に避けている可能性は非常に高いと思われる。そうなると、取材を申し込んでも断られる可能性は決して低くないだろう。配信者というものはキャラというものを思っている以上に大事にしているものなのだ。


 どういう結果になるにせよ、許可が下りたらこれもやらなければならないことである。いかにして断られないようにするかはしっかりと考えておかなければならない。私って、ちゃんとした社会人だからねこれでも。礼儀は大事。古事記にも書いてる。


『みなさんも集まってきたところですし、そろそろ本編を始めていきましょうか。今日使っていく武器は、この間手に入れた呪われた鎖の虜囚が落とす、呪いの鎖です』


 そういうと同時に虚空から子供の頭くらいの太さがある鎖が両腕に装着される。


『呪われた鎖の虜囚ってマ?』


『アレをソロで倒したんか? いや、こいつならあり得るか』


『他の配信者だったら嘘松確定と思うが、こいつだと疑えないのが恐ろしい』


 コメント欄が一気にざわつく。


 呪われた鎖の虜囚とは、一年くらい前に攻略最前線の地層エリア深層階で確認されたモンスターである。いま彼が装着しているような太い鎖で全身が覆われた正体不明の存在で、まだ多くが謎に包まれた敵だ。


 地層エリアの深層に低確率で出現する敵のため、当然のことながらとてつもなく強敵だ。動きこそ鈍重だが、全身を太くて重い鎖に覆われているため尋常とは思えないくらい堅牢で重量武器でもろくに通らないのが特徴である。


 なによりも有名なのが、こいつに遭遇した攻略最前線のパーティが壊滅させられたということだ。この時はまだほとんど情報がなかった状態に等しかったものの、歴戦探索者しかいない攻略最前線のパーティが壊滅させられたというのはかなり大きな衝撃であったことは記憶にも新しい。


 いまは多少なりとも情報が集まっているので、よっぽど偏った構成をしていなければ攻略最前線にいる面子であれば壊滅させられることはないはずであるが、このダンジョンという魔物の中ではなにが起こるかわからないものだ。予想だにしていなかったことが起こって帰らぬ人になるということは日常茶飯事である。


 そんな相手をソロで倒したのであれば、コメントがざわつくのも当然であろう。普通なら嘘を疑うところであるが、この男がいままでの配信でやってきた数々の凶悪なモンスターの常識外れのソロ討伐を考えると、それくらいやっても信じられてしまうのが恐ろしい。リアル栗本かなにかかと思ってしまう。


 あんな巨大な鎖の武器なんてのは見たこともないし、深層階にしか出てこないレアかつ強敵が落とすだけの武器をそうそう他人に譲るはずもない。というか、あれが本当に呪われた鎖の虜囚が落とす武器であったのなら、それだけで高級タワーマンションを丸々一棟購入できる金額になってもおかしくないレベルである。


『見ての通り、非常にでかくて重いので、まず筋力スキルがかなり必要ですね。装備を固めようとするなら体力スキルもかなり必要っすね。あと、神秘力スキルを使用して武器の操作して形状変化させるので、そっちもかなり必要です。かなり高レベルでないとこの武器を使用するのはかなり難しいかと思います』


 そんなタワマンを買うどころか建てられそうな武器を持っていても平然としているのがこの男である。この男から強盗をしようなどというイカレたヤツはいないと思うが、そんなものを普通の武器のように扱っているとこちらがそわそわしてしまう。


『先端を鋭利にしたり、鉄球みたいにしたり、剣みたいにしたり、伸ばして硬化させて壁を作ったりなんてのもできます。ネビュラチェーンごっこやクラピカごっこができますのがいいところですね。聖闘士やハンターロールができるので機会があったらやってみるといいでしょう』


 たぶん、それができるヤツはほぼいないと思うぞ。なにしろ、攻略最前線のパーティーが壊滅させられたような敵である。そこまでして聖闘士ロールやハンターロールをする馬鹿はこの配信をやってるヤツくらいものだ。


『あと、気をつけておかないといけないのは、この武器を装備すると呪いで体力が低下して防具の防御効果がかなり下がるみたいなので、かなり注意して使わないと危険ですね。まあ、俺は防具をつけてないんでそこまで大きなデメリットはないですが。なので、実質リスクゼロです。素晴らしいですね』


 そうはならんやろ。仮に防御力低下のデメリットがなくなったとしても体力が低下するんだから、リスクがゼロになっているはずはないが、それを否定する材料はどこにもない。もしかしたら、裸で装備するとデメリット効果がなくなるのかもしれないし。


『麩菓子は空気だからカロリーないってのと同じか』


『わかりやすい説明だな。それと同じなら確かにリスクゼロだわ』


『配信見に来てるデブども乙』


 はじめての武器とゼロカロリー理論で盛り上がる自由なコメント欄。いつも通りであるが、これでどのように戦うのか。とてつもない重量があるのは明らかなので、動きにかなりの影響があるはずであるが――


『あと、体力の低下も、極力動かないようにすればカバーできるので、これでリスクゼロどころかこちらが有利になってると言っても過言ではないでしょう。なので、今日の配信は極力動かずにこの武器を使って戦っていこうと思います』


 ジョジョのパパもびっくりな理論である。確かに体力が低下するなら動かなければいいというのは間違っていないが――モンスターとの戦いでそれができるものなのか? 普通なら無理だろと思うところであるが、そんなことをひたすらやり続けてきたのがこの男だ。果たして――


『ということで、今日はあそこにいるブラックガーゴイルくんと戦っていこうと思います。まともに戦うとなかなかの強敵ですが、この武器を使って動かずに戦えば楽に倒せるので、実践をやっていきましょう。それではオッスお願いしまーす』


 そう言って重そうな動作で鎖を操作し始めるトリヲ。彼をもってしてもあの武器がとんでもない重さをしているのが一瞬でわかる所作であった。


 それでも両腕に装着され、地面に縛るかのような重い鎖を巧みに操作。二本の鎖が離れたところにいるブラックガーゴイルへと迫る。かなりのスピード。筋力で操作しているわけではないからこそ可能なのだろう。だとしても、よくもまああれだけ重そうなものを操作して身体を持っていかれないものである。


 巨大蛇のように迫る二本の鎖に気づくブラックガーゴイル。その巨体からは考えられないほどの軽快さで飛び上がって己に飛来した鎖を回避し、その先にいるトリヲへと飛んでいく。小さな一軒家みたいな巨大なものが猛スピードで突っ込んでくるというのは反射的に恐怖を抱くものであった。


 だが、トリヲは自身に向かって飛んでくるブラックガーゴイルを恐れる様子はまったくない。鎖を操作し、突貫を仕掛けてくるブラックガーゴイルの攻撃を遮った。己の何十倍もある相手の攻撃を受け止める迫力はすさまじい。


 ブラックガーゴイルの攻撃を受け止めたトリヲは反撃のために二歩ほど移動。攻撃をするために最低限の位置取りを変えたのだ。先ほど通り過ぎて行った鎖の先が戻ってくる。鋭利になった鎖の先がブラックガーゴイルの石の身体を貫く。


 しかし、強固なブラックガーゴイルはこの程度で止まるはずもない。重い鎖に身体を貫かれつつも手に持つ巨大な剣をトリヲに向かって振り下ろす。


 振り下ろされた剣をトリヲは最低限の動きで回避。己のすぐ近くに剣を叩き落とされて、かなりの振動が発生していたはずなのに、一切体勢を崩すことはなかった。


 そのままさらに鎖を操作。戻ってきた一本の鎖の先を鉄球のように変化させつつ、飛んできたエネルギーを利用して殴りつける。重い鎖で身体を突かぬかれ、思うように動けなくなっていたブラックガーゴイルはその持ち前の機動力を発揮できず、思い切り殴られた。


 強固な石の身体を持つガーゴイル系の敵であるが、自分と同じくらいの質量と重量のあるもので殴られればひとたまりもない。鉄球で殴りつけられたガーゴイルはたまらず体勢を崩してしまう。


 その隙を、もう一本の鎖が襲い掛かる。鎖の先を剣のように変化させて斬り下ろしを放つ。石で造られていて、とてつもなく堅牢なはずのブラックガーゴイルを一刀両断。頭部から縦に両断されたブラックガーゴイルは身体を維持する核も両断され、そのまま消滅。文字通り、ほとんどその場から動くことなく勝利した。


『動かないで戦うってのはなんか強キャラっぽい感じがしてこれもまたいいですね。そんなに動いてないはずなのに、体力が低下しているせいか結構疲れました。完走した感想ですが、これに振り回されないだけの技量があれば動かなくてもなんとかなります。というわけで今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします。それではまた』


 いつもの口上とともに配信は終了。真の強者にとっては動けないことなど些事に過ぎないのだ。


 そんな彼と直接話すとなったら一体どういうことになるのだろう? いまから楽しみでならなかった。

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