第26回 ひたすら楽してカマキリ人間の腕剣
作成した企画書を上司に提出して一息ついたところで配信開始の通知が届く。仕事用のPCを落としてすぐさま配信へ飛ぶ。
一応、やれることだけのことはやったが――まさかここまでいい感じにことが運んでくれるとは思わなかった。案外、なんとかなるものである。とはいっても、別の問題が産まれつつあった。両方ともうまくいってしまったら、どちらかをどう断るかである。どちらを選ぶにしても、最低限の礼儀を通さなければならないのは言うまでもない。
広くて狭いというのが世間というものである。不義理を働いた結果、思わぬところでそれが足を引っ張るなんてことは珍しいことではない。できる限り、それを避けなければならないが――
仕事を断るというのは、いままで適当に働いてきた私にとっては初めての経験である。しかも、所属する会社とは関係ない相手だ。わからないが、とにかくそうなりつつある以上、どうにかしなければならないことであるが――
そんなことよりも、いまは配信である。まだしばらく結論は出ないだろう。まだ企画書が通るのかもわからないし、別会社のほうもある程度の猶予はくれているので、すぐに出さなければならないというわけでもない。
だが、それもいつまでも続くわけではないので、いずれは訪れることであるが、いま出さなければならないわけではないのでそれでいいのだ。焦って判断を誤るよりはいいだろう。せっかく始めたことだ。どういう形になるにしても、いい経験になったと思ってやればいい。
配信を開くといつも通り映るのはパン1頭陀袋の男と彼を見に来た変態どものコメントである。次から次へと話題が現れるインターネットという世界で、いまだに右肩上がりで盛り上がっているのがこの配信だ。本当に私は見始めた、同接が数人しかいなかったころが懐かしい。まさか、そのころの五千倍近い人間が毎回集まってくる人気配信者になるとは。やはり、私が育てたと言っても過言ではないのでは?
『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきます』
取材を申し込んだら、彼はどのような反応をするのだろうか? アポを取るのは、どこでやるかが正式に決まってからでもいいだろう。話をしておいて、やっぱり駄目でしたと言うのは礼儀に反している。配信以外での彼がどんなものなのか、きっと私以外も気になっている変態も多いはずだ。その一端を見せられる機会を作れるというのは、推し活冥利に尽きる。どうだお前ら。私は最古参の視聴者だし、直接取材もしたぞ。ガハハハハ。
それにしてもこいつは相変わらずだ。人気配信者ともなれば億を稼いでいるなんてことも珍しくない。それにも関わらず、あまり金の匂いがしてこないのはなぜだろう。いまだに、案件をやっている様子すらも見られなかった。ここまで数字を持っているのなら、案件など次から次へとやってくるものであるが――やはり、パン1で配信しているからだろうか?
そんなところも彼らしいところである。このまま変わらずいてほしいところであるが、それは無責任な私のエゴでしかない。人というのはどうあっても変わりゆくものである。変化を受け止められないような人間が推し活なんてするもんじゃない。無論、その変化に善し悪しがあるのも間違いないのだが。推しに対してこうあるべしとか言い出したら、それは終わりである。
『今日の武器はこの間倒したカマキリ人間の素材を使って作ったこれです。通称、カマキリ人間の腕剣です』
そう言って虚空か取り出したのは、カマキリ人間の腕がそのまま剣になったものである。当然、二本セット。カマキリなんだから当然だよね。
こうやって改めてみると、なかなか命を刈り取りそうな形をしているなあ、カマキリの腕って。刃先がノコギリのようになっていて、結構エグい殺意を醸し出している。
『前に使った邪神の腕みたく、装着して変形するようにしたかったんですが、さすがにそれを再現するのは無理って言われてしまったので、ここは王道の剣にしてみました。でかいカマキリの腕をそのまま剣にするなんてこれもまた人の夢っすね。超格好いい。作ってよかったなぁ』
オーダーメイドで作成してもらったカマキリ人間の腕剣を見て嬉しそうにするトリヲ。相変わらず、こいつの美的感覚は狂っている。どうしてこうイロモノキワモノばかり好んでいるのだろう。それも個性ではあるし、どんなものを好んでもいいのだが――あまりにもセンスが独特過ぎる。そういうキャラでやっているのかとも思ったが、武器を語っているときの彼の口ぶりからすると、演じているのであればかなりの役者であろう。配信者もある種のフィクションのようなものなので、なにかしら演じていることはよくあるし、その夢さえ覚まさないのであれば、別に構わないのだが、少なくともいままで配信を見てきた私からすると、彼の変態武器好きは本物のように思えた。
『カマキリの腕って振り回したくなるか……まあ、なるか』
『洗脳されてて草』
『おい、その先は地獄だぞ』
コメント欄にいる変態どもも相変わらず、彼のセンスを理解できていないようであった。これだけ人が集まっていれば、同じようなセンスをしている者がいてもおかしくないような気もするが――実際のところはわからないし、わからなくてもいい。私たちにとって大事なのはコメントを書き散らしている視聴者ではなく、配信を行っている彼自身だ。
『あと、技術スキルで刀身を動かすことも可能です。剣を振りつつ動かせるので、奇襲攻撃に使えますね。結構なお値段になりましたが、まったく後悔はありません。なにしろこんなに格好いいんですからね。これを作って後悔する人間なんていません』
それはたぶんお前だけなんじゃねえかな。そう思うが、言わないのがお約束である。見た目はともかくとして、強そうな武器なように思えた。なかなか扱いは難しいような気がするが、彼にはその程度なにも問題はないだろう。どれほどおかしな武器でも使いこなしているのがこの男だ。
『というわけで今日戦っていくのは、あそこにいるアークリッチくんです。このイカした二本の剣を駆使してあいつと戦っていこうと思います』
アークリッチと言えば、死霊系の敵で、常時浮遊しながら多彩な魔法攻撃とモンスターの召喚を行ってくる厄介な存在だ。死霊系の敵の中でも上位種で、浮遊しながら魔法を撃ってくるアークリッチを倒そうとしたら、召還された別モンスターにやられてしまうということも珍しくない相手であった。
一応、物理攻撃は通るものの、常に浮遊しながら動き回っているため、近接武器だと非常の戦いにくい相手でもある。かといって、遠距離攻撃主体であると、召還された別モンスターに邪魔されるという隙のなさ。
なので、モンスターを召喚される前に有効な聖律教会の武器や神聖力を駆使する魔法攻撃を使ってさっさと倒してしまうというのがセオリーであるが――
魔法攻撃主体といっても、モンスターであり、上位種たるアークリッチは耐久力もそれなりにあるため即座に倒すというのも難しい。それが一人ともなればなおさらである。
『常に浮いていて魔法攻撃を連発してきたり、別のモンスターを召還してきたりする厄介ない相手ですが、この武器なら楽に倒せます。それじゃあやっていきましょう。オッスお願いしまーす』
そう言って一気に加速してアークリッチへと近づくトリヲ。七メートルほどのところまで近づいたところで、アークリッチが近づいてきたトリヲに気づく。
アークリッチは魔法を唱える。すると、浮遊するアークリッチの下に三つの影が出現。そこから、禍々しい姿をした大型の獣が三体出現。アークリッチが使役し、召喚してくるモンスターだ。アークリッチさえ倒せば召還されたこいつらも消滅するが、三位一体で素早い動きで攻撃を仕掛けてくるこいつらを処理するのは簡単なことではない。
そのうえ、獣と戯れていても、アークリッチはその後ろから容赦なく魔法攻撃を打ち込んでくる。三体の獣とアークリッチの本体の計四体を同時に警戒しなければならないのだ。ソロでこいつらと戦うと、泥仕合になった挙句、リソース不足となってやられてしまうというケースは少なくない。
向かってくる三体の獣に合わせ、トリヲは持っているカマキリ人間の腕剣を振るった。振るうと同時に刀身を動かすことによって、攻撃を回避することを許さなかった。一体の獣の首を切り裂き、一発で処理。
そのまま流れるような動作で逆の腕で同じように剣を振るい、二体目の獣を切り裂く。深々と胴体を切り裂かれ、鳴き声を発したのちそのまま消滅。
この流れのまま三体目を処理するのかと思ったが、近づいてくる三体目の獣を蹴って怯ませつつ、その奥にいるアークリッチへと接近。
アークリッチが召還する三体の獣は一体でも残っていれば再召喚をしてこないという特徴がある。なので、ソロをはじめとした人数的に不利な状況でアークリッチと戦うときはわざと召喚された獣をわざと一体残して戦うというのがセオリーとなっていた。
アークリッチは近づいてくるトリヲに対して魔法攻撃を放つ。近づいてきた相手を迎撃する魔法弾。威力はそれほどでもないが、弾速が素早く、即座に放てるため距離を取るために放たれる。
しかも、彼の場合はなにも防具をつけていないので、本来であればただ鬱陶しいだけで済む攻撃も命取りになりかねない。
しかし、彼はアークリッチが迎撃の魔法弾を放ってくることは予想していたのだろう。空中で身を翻すようにして放たれた魔法弾を受け流しつつ、その勢いを利用してアークリッチへと斬りかかった。
トリヲの一撃はアークリッチを捉え、見事に切り裂いた――かに見えた。斬られたはずのアークリッチの身体が霧となりそのまま消滅し、少し離れた位置に再出現。
アークリッチは己の身体を霧で守っている。これをはがさなければ、ヤツには攻撃がほとんど入らない。霧を身代わりにして自分は離れた位置にワープするというオマケ付き。まさしく、厄介な魔法モンスターである。
距離を取ったアークリッチは魔法を詠唱。自身の周囲に雷の矢を展開し、それを射出。雷の矢がトリヲに襲いかかる。
だが、この程度で崩れる彼ではなかった。飛んでくる無数の雷の矢を空中で捌きながらアークリッチへと接近していく。豪快でありながら見事な技巧によって魔法攻撃を捌いていくその姿は修羅のようだ。
雷の矢を捌きつつ、アークリッチへと再接近。アークリッチを蹴りこんだ。蹴りこまれたアークリッチは自身の周囲に展開している霧を身代わりにして攻撃を防ぎ、再び離脱。距離が離れるが――
アークリッチを守る霧は自動防御で極めて優秀なものであるが、その代わり、どんなに弱い攻撃でも勝手に発動してしまうという弱点がある。
先ほど再接近したトリヲがあえて武器で攻撃をしなかったのは、アークリッチを守る霧を引きはがすためだ。アークリッチが展開する霧が防げるのは二回まで。同じように攻撃を防ぐためには、もう一度霧を展開しなければならないが――
それをトリヲが許すはずもない。空中を蹴りこんで飛び込んだ先にアークリッチが現れる。霧を身代わりにして、どこに出現するのかすら読んでいたかのようであった。
迎撃の魔法弾を使わせる間もなく、近づいたトリヲはカマキリ人間の腕剣で連撃を叩き込んだ。身代わりにできる霧を展開していない状況で連撃を受けたアークリッチはその身体を切り刻まれ、そのまま落ちていったのち消滅。
『厄介なアークリッチですが、うまいことやればこうやって処理することも可能です。カマキリ人間の腕剣ならね。というわけで今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします。それではまた』
いつもの口上とともに配信は終了。見事な勝利を見て気持ち良くなっていたところに――上司から企画書を受け取ったという旨のメールの返信が届いたのであった。
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