第25回 ひたすら楽して無限ボール

 リモート面接をした別メディアから返ってきた答えは、うち一本記事を書いてみませんか? というものであった。なんの後ろ盾もなく、とりあえずやってみただけであったが、それなりに時間と労力をかけただけあって向こうを動かすことはできたようであった。


 とはいっても、ここである程度の数字が取れなければ次には続かない。彼らにとって私はただのいちライターに過ぎないのだ。数字が取れない相手に二度目を与えるほど、景気がいいわけではない。そこに社員としているのであれば、多少は温情を与えてくれるだろうが、そうでなければ容赦なく切るだろう。能力のない個人を相手にしてくれるほど、企業というものは無能でもなければやさしくもないのだ。


 とりあえず、どうするべきか? 上司に出す企画書もちゃんと作っておくべきである。せっかく話を通してくれそうなところで、別のところに持っていきましたのでそれはなしでというのはあまりにも体裁が悪い。私としても、いまの職場にそれほど問題はないし、余計なもめ事を起こしたくないというのが正直なところである。仮に他で書くとしても、それなりの筋は通さなければならない。


 うまくいって一安心であるが、また別の懸念が出てしまったなあと思っていたところで配信開始の通知が届く。


 とりあえずいまは悩んでいる場合ではない。とにかく配信だ。私はリンクをクリックして配信を開く。いつも通り、パン1頭陀袋の男と、彼を見に来た変態どものコメントが目に入る。


 どこで書くにしても、彼の記事を書くのであれば、彼への直接取材が必要だ。配信だけ見て記事を書くなんて言うのは、私もライターの端くれである以上、やっていいことではないというのは言うまでもない。


 そうなると、彼にもアポを取る必要も出てくる。それがどういう形になるのかは不明であるが、なんらかの形で接触をしなければならないのは間違いなかった。なにゆより私が配信以外での彼を見てみたいというのもあるが――それ以上に、なにかを伝えるつもりなら、生の情報がいいはずだ。それを得るには、直接コンタクトを取るというのが、一番いいのが明らかであった。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきます』


 彼はいつも通り、変わる様子はない。そんな彼が配信では見せぬ姿というのは一体どのようなものだろう? もしかしたらとんでもなくやばいヤツかもしれないが――そもそもまともなやつは以下略。


 そういえば、いまだに彼を取り上げているところは見た覚えがない。少なくとも、私は大手のメディアは目を通すようしているが、いまのところ見た記憶がなかった。彼くらいの登録者になれば、案件だの取材だの、そんな話が次から次へと来ていてもおかしくないはずなのだ。まあ、パン1で配信しているとかいう生きたコンプラ違反みたいな存在なので、取り上げづらいのかもしれないが。


 そんな中で私が彼を取り上げる。なんてすばらしいことなんだ。これこそサブカルクソ女の冥利に尽きるというものである。サブカルクソ女界のライトニングゲイボルグとでも呼んでくれ。


『そういえば、みなさんはサッカーって好きっすか? 俺はそんなに見ないですけど、たまに深夜とかにやってたりしてなんか気づいたら最後まで見てたなんてことは何度かありますね』


 オープニングとトークとしてはずいぶんと唐突であるが――まさかサッカーをやる気ではないだろうな? サッカーで戦うってなんだよと思うかもしれないが、そんなおかしなことすらもやりかねないのがこの男である。


『というわけで今日使っていくのはコレ。無限ボールです』


 そう言って虚空から取り出したのはサッカーボールほどの大きさのボールである。


『これは投げたり蹴って飛ばしたりして攻撃する武器です。殴ってもただのボールですが、投げたり蹴って飛ばしたりするととんでもない威力になります。筋力スキルや投げたり蹴ったりする技術にもよりますが、うまくやればコナンくんや日向くんみたいに殺傷能力のあるシュートができるという、夢の武器です』


 ボールで戦うってワッカか? 現実でワッカをやろうとするアホっているんだと思うが、いままでとんでも武器をつかってとんでもバトルをしてとんでも勝利をし続けた男である。ワッカ戦法くらいはやろうとしてもおかしくなかった。


『変態のシュート気持ち良すぎだろ!』


『ボールを相手のゴールにシュウウウ!』


『超! エキサイティン!』


 気持ちよくなる変態と超! エキサイティン! する変態に支配されるコメント欄。本当にお前らの団結力は素晴らしいな。すげえよ変態は。


『投げたり蹴ったりしてしばらく飛んでいくと自動で戻ってくるので、何度でも投げたり蹴ったりできる代物です。素晴らしい性能ですね。これを使えばシュート練習も楽になりますね。武器なので普通のボールの千倍くらい値段しますけど』


 たぶん、シュート練習するためにそのボールを買うイカレスポーツ少年はいないんじゃねえかな。そもそも、ダンジョン武器なら外では使えないはずだし、買うのも厳しいはず。なので、そんなヤツはいないだろうが、インターネットのインフルエンサーはたまにとんでもないことのきっかけを作ったりするので、これが確実に起こらないとは言えないところが怖いところだ。ここはコワイインターネッツですね。


『というわけで今日は殺害シュートを決めてモンスターを倒していこうと思います。今日の相手はあそこにいる廃棄物くんです』


 そう言ってカメラに映ったのはナニカとしか形容できない形状をした存在。天層エリアに広く出現する敵である廃棄物だ。


 なんの廃棄物かは不明だが、とりあえずそういう風に呼ばれている。天層エリアにいる敵なので、もしかしたらこれも正体を知るとSAN値が削られる系の存在なのかもしれない。なので、詳しいことは知らないほうがいいのは間違いなかった。カンのいいガキは嫌われるからね。


『とりあえずアイサツ代わりのアンブッシュから。オッスお願いしまーす』


 そう言ってボールを投げて蹴り飛ばす。蹴った瞬間に、配信画面の映像が歪むほどの衝撃が飛んでくる。蹴られたボールは砲弾のようなスピードで飛んでいき、廃棄物の身体をうがった。


 砲弾のようなボールによって身体をえぐり取られる廃棄物。だが、そのなにかもわからない不定形の身体を蠢かせながら、何事もなかったかのようにうぞうぞと近づいてくる。かなりグロいしキモイ。よいこのお友達は見ちゃダメな映像である。


 とんでもない速度で飛んで行ったはずの無限ボールがトリヲの手元に戻ってくる。どういう理屈になっているのかはわからないが、かなりの精度だ。


 廃棄物は抉られた身体を再生させながらトリヲに近づいてくる。最初に結構離れていたため、まだ距離はあった。戻ってきたボールを放り投げ、再び蹴る。


 ソニックブームでも起こったかと思うほどの衝撃と音。配信を通してもそれがすさまじいものであると理解できる威力があった。あんなものを受けたら翼くんでもボールに恐怖するに違いない。その前に死ぬ気がするが。


 二発目のシュートも正確に廃棄物を貫く。身体の四分の一近くを一気に抉られるが、廃棄物の歩みは止まらない。抉られた身体を再生させながらさらに距離を詰めてくる。その姿はホラーの怪物というより他にない。


 廃棄物の動きも極めて速く、さすがに三発目を蹴っている余裕はなかった。飛んで行ったボールが戻ってくる前に廃棄物はトリヲを捉える。身体から無数の棘の生えた触手を突き出した。生身でそれを受けることになったら、内部からずたずたに引き裂かれて大変悲惨なことになるのは間違いなかった。


 トリヲは己に向かって飛んできた触手を横に飛んで回避。壁に張り付いたところでボールが戻ってくる。戻ってきたボールを今度は思い切り投げつけた。蹴ったときほどではないが、すさまじい威力で廃棄物の身体を破壊。汚らしい液体が周囲に飛び散る。


 それでも廃棄物は止まらない。不定形たる存在であるため、身体のどこを失ったとしてもそれは直接的なダメージにはならないのだ。どこかにある核的なものを破壊できなければ、ヤツらは何度でも再生する。そして、その核は外側の不定形の身体を吹き飛ばさないと絶対に露出しない。なので、ヤツを物理攻撃で破壊するには、二発目が絶対に必要なのだ。


 そこでトリヲは虚空からなにかを取り出す。取り出したのはもう一つの無限ボール。向かってくる廃棄物に対してもう一つのボールを投げつけ――


 投げられたボールは再生しつつあった廃棄物の外側を吹き飛ばした。露出する蠢く肉塊のようなもの。あれがヤツの核だ。あれを破壊できなければ、ヤツは何度でも再生して向かってくるが――


 もしかして三つ目が? と思ったが、露出していた核を貫いたのは、一つ目のボール。先に投げられたボールが壁を跳ねて再び命中したのだ。


 二つ目のボールも壁ではねた末に命中して、露出していた肉塊を潰す。核を破壊された廃棄物はそのまま弾けるように消えてそのまま蒸発。壁にぶつかって跳ねていたボールはしばらくするとトリヲの手元に戻った。


 今回も完膚なきまでの完全勝利。本当にボールでモンスターを倒せるんだな。


『というわけで無限ボールを使ってみました。ユニークな武器なので、もし機会があったら使ってみるといいですよ。ボールは友達! 怖くないよ! というわけで今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします。それじゃあまた』


 友達でもソニックブームが起こる速度でぶつけられたら怖いと思うぞ。そう思ったが、言わないのが礼儀というものである。


 いつもの口上とともに配信は終了し、私は彼の連絡先がどこにあるのだろうかと調べ始めたのであった。

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