第24回 ひたすら楽して撲殺ハリセン

 上司にどういうことをやるつもりなのか、その概要についてと、詳細はあとで正式に企画書を出すと告げて仕事を終えたところで配信開始の通知が届く。


 話した段階では上司もそれほど悪い印象を持っていなかったと思う。そうでなければ、こうやって話を聞いてくれることはなかったはずだ。ある程度惹かれるものがあったからこそ、話を聞いてみると判断したというのが自然である。


 とはいっても、こちらも反応がよかったとしてもどうなるかはわからない。企画なんてものも、水物なのだ。通るときはあっさり通るが、通らないときはどうやっても通らない。うまく通ってくれたらラッキーというべきであろう。


 無論、企画を通すのはそれなりに最善を尽くさなければならない。企画を通せるかどうかはある種に上司わからせゲームである。上の人間に対して説得力のあるわからせをできれば、法律やコンプラ的にアウトじゃなければ大抵のことは通ると言ってもいい。


 言葉にするのは簡単であるが、それを実際にやるとなるとそうはいかないのが現実である。どうなるかはわからないが、いまできるだけのことをやっていくよりほかにない。期限は来週。これまでこそこそ準備していた、そこまで切羽詰まっていることもないが――


 それよりもいまは配信である。いつも通り、リンクをクリックして配信ページへ。画面に映るのはパン1頭陀袋の男と、彼を見に来た変態どものコメントだ。変態どものコメントも相変わらず活きがいい。活きがよすぎて気持ち悪いまである。変態なんだから気持ち悪いのは当然であるが。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきます』


 配信以外での彼は一体どのような人物なのだろうか? 配信での言動からするとそれなりにまともそうな社会性を持っているようにも思えるが――なにしろ顔を隠しているとはいえパン1で配信をやっている狂人である。配信外ではもっと狂人である可能性は捨てきれない。そうであったとき、私は以前と変わらず彼を推すことができるのだろうか? そうならない可能性は間違いなくゼロではない。


 遠くから見れいればよかったなんてことは、何事においてもままあることだ。それが今回、私のところにやってこないという保証はどこにもなかった。そして、そうなったときに私が耐えられるかもわからない。


 少し怖いが、やると決めた以上、やるしかなかった。ここまで来て、やっぱできませんなんてのは恥知らずすぎる。まあ、人生なんてもんは恥知らずであればあるほど楽に生きられるのは間違いないが。が、そんなクソみたいなカスなるほど私も人間性は終わってないと信じたい。やってみた先になにかあったのならそれでいいじゃないか。どういう結果であれ、いい経験になったと思ってやっていくしかない。振り返りなんぞ、死ぬ寸前のババアになってからも遅くないのだ。


『ところでみなさん、お笑いって好きですか? 最近は配信ばっかりやってるんで全然見れてないんですが、俺は結構好きでしてね。一度でいいからコントみたいなのをやってみたいなーとか思ってたりするんですよ』


 パン1頭陀袋で配信している時点で結構なコントだと思うが、それは言わないお約束である。こいつの配信を楽しむコツはいちいち突っ込みを入れないことだ。そもそも、パン1頭陀袋で配信している時点で突っ込まなければならなくなってしまう。余計なことは考えない、言わない。荒らしに扮した全肯定ボットがこの配信の視聴者なのだ。


『というわけで今日使う武器は、そんな俺の憧れのものを作っていただきました。撲殺ハリセンです』


 そう言って虚空から出てきたのは、一昔前のお笑い番組なんかで出てくるようなハリセン。結構でかいサイズであること以外、おかしなところはないハリセンである。いや、ハリセンを使ってモンスターと戦うのはだいぶおかしいが、それは言ってはいけないお約束だ。傷んだ赤色くらいのNGワードである。


『なにこれぇ?』


『ハリセンでモンスターと戦おうとする異常者の鑑』


『どういうことなんだ……たまげたなぁ……』


 終わらないグッズとしか言いようのないハリセンでまともに戦えるとは思えないが――気になるのは撲殺とかいう極めて物騒なワードである。


 もしかしたら、エスカリボルグくらいすごい武器なのかもしれない。なにしろダンジョンが生えてきた世界である。エスカリボルグくらいあっても許されるだろう。本当に都合のいい設定だなダンジョンって。とりあえず、そう言っときゃなんでもありじゃねえか。


『知り合いの武器職人に頼んで、モンスターと戦えるハリセンを作ってもらいました。やっぱり、一度くらいハリセンで戦いたいって思ったことありますよね。そんなみんなの夢をかなえてもらったのがこの武器です。素晴らしいですね』


『そのりくつはおかしい』


『それを思っているのはきみだけだと思うぞ』


『ンンンン。さすがは我らの変態でございますなあ。考えることが違いますぞ』


 残念なことに、彼の意見に同意してくれる優しい変態はいなかったようだ。素晴らしい一体感。俺でなきゃ見逃しちゃうね。やっぱりネット配信はこうじゃねえとな。ただ甘やかしてるだけの配信など生ぬるい。こうやって安心してプロレスができるくらいでちょうどいいのだ。


『見た感じは武器に見えなさそうですが――できる限り頑強な素材を使って作った見かけからは想像できないくらい強力な打撃武器に仕上がっています。当然、特殊な効果など持っていません。そんなのあったら邪道ですからね。己の筋力で殴るストレートな脳筋武器になっております。今日はこれを使ってひたすらぶちのめしていこうという趣旨です』


 視聴者のコメントなど一切気にすることなく、作ってもらったらしい撲殺ハリセンがいかにすごいかを早口でしゃべりながら移動開始。ここまで視聴者を気にすることなくマイペースで話し続けられるのはもはや才能であろう。やはり、異常個体としか言いようがない。やはり異世界転生か、ダンジョン配信星人の血を引いているのかもしれなかった。なんだダンジョン配信星人って。意味わからん。


『やっぱり、真正面からの殴り合いをするなら人型モンスターでしょうということで、今回相手をしてもらうのはオークナイトくんです』


 配信画面に映るのは重そうな鎧に身を包んだ豚人間である。ファンタジーやエロ同人の竿役でおなじみのオークだ。とはいっても、ダンジョンにいるオークはぐへぐへ言ってる性欲魔人などではなく、性欲のかけらもないような殺意の波動に目覚めた危険な存在であるが』


 オークと言えば半裸だったり軽装をしているのが一般的だが、オークナイトはオーク系の中でも特に知能が高く、どちらかというと騎士系の敵に近い存在だ。騎士らしく剣や槍を駆使した素早く的確な動きをしつつ、低級ではあるものの魔法攻撃を使いこなし、固めた甲冑と盾で堅実に立ち回ってくる。顔を完全に覆い隠しているタイプであれば、騎士系の敵と見間違えるくらいの存在だ。


 真正面からの殴り合いであれば、なかなか映える相手でもる。やはり、人型のモンスターと戦うところを見ているのは、他とは一線を画したものがあるのだ。これでしか取れない栄養素的なものが確実にある。たぶん、そのうちガンにも効くようになるはずだ。


 本当にあのハリセンで戦えるのか? 武器じゃないものを武器だと言い張っている可能性はまだ捨てきれない。ダンジョンという極めて危険な場所でそのような嘘をついたところでなんの得もしないのだが、そういうなんの得にもならないことをやってしまうのが人間である。


『まあ、これが本当に使えるのは疑ってるみたいですが、いや本当に強いんですよ。滅茶苦茶頑張って作ってもらいましたからね。俺は武器には金も時間もどれだけかけてもいいと思ってますからね。使えない武器を作るのなんてその武器に対する冒とくですよ。それじゃあ、証明をしていこうかと思います。オッスお願いしまーす』


 そう言ってハリセンを構えなおしてオークナイトへと接近していくトリヲ。オークナイトはすぐさま近づいてくるトリヲに気づき、剣と盾を構えて動き出す。騎士系の敵よりも少しばかり鈍重に見えたが、一般的な騎士系の敵よりも体格が三回りくらい大きいのでそのぶん威圧感はすさまじい。わずかな速度の遅さなど誤差に過ぎなかった。


 先に動いていたトリヲがオークナイトを撲殺ハリセンで捉える。フルスイングされたハリセンはオークナイトが持っている盾に難なく防がれたが――


 普通のハリセンのような音がしたかと思うと、盾で防いだはずのオークナイトが大きく後ろに弾き飛ばされた。三メートルを超えるような体格なうえ、盾で的確に防いだはずなのに、あそこまで大きく後ろに弾き飛ばされるということはとてつもない威力がなければ不可能だ。彼が言っていた通り、あのハリセンは紛れもなく立派な武器であった。それも、とてつもなく高威力の。


 オークナイトはかなりの威力で弾き飛ばされたものの、体勢を崩すには至らなかった。すぐさま立て直して反撃。剣に光を纏わせ、それを飛ばしてくる。


 反撃をしてくることを読んでいたのだろう。トリヲはよどみのない動きで飛んできた光の斬撃をハリセンで受け止めつつ身体を捌いてその威力を完全に散らす。そこから流れるような足さばきで最接近。低い姿勢からハリセンを掬い上げる。


 オークナイトはそれを盾で防いだ――かに見えた。的確に下から掬い上げられたことによって構えていた盾をその圧倒的な威力で持っていかれ――


 完全な隙をさらすことになる。


 そこを、トリヲが逃すはずもない。さらにもう一歩力強く踏み込んで、オークナイトの兜で完全覆われた頭部を横から殴りつけた。


 気持ちのいい音が鳴ると同時に、オークナイトは冗談みたいに吹き飛んで壁に衝突。そのままぐったりとして動かなくなった。ほどなくして消滅。決定的な隙を作りだした手腕、その隙を逃すことなく一撃で仕留めたのも見事とというより他にない。冗談みたいであるが、あのハリセンれっきとした武器であることは間違いない。撲殺という物騒なワードに偽りはなかった。


『というわけで、ハリセンでモンスターを倒してみました。思ったよりもいい音なるでしょ。どうっすか? よかったと思うならチャンネル登録と高評価お願いします。それでは今日の配信はこのへんで』


 いつもの口上とともに配信は終了。配信を終えると同時にメールが届く。メールの相手はこの間、リモート面談をした別メディアからであった。

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