第23回 ひたすら楽して銭投げブレード

 上司に見せるための企画を通すにはどうするか考えつつ、企画書めいたものとにらめっこを繰り返していたところで配信開始の通知が届く。ちょうど進展も望ましくなったし、残業も切り上げるところであろう。もう仕事を終えるにはいい時間だ。


 テレワーク用のPCをシャットダウンして、自分のパソコンをスリープから復帰させて配信を開いた。


 いつも通り配信に映るのはパン1頭陀袋の男と、彼を見に来た変態どものコメントである。相変わらず、この配信は騒がしい。いまだに落ち着く様子は皆無である。ここまでバズった勢いを維持できている配信者はそういないだろう。配信者に限らず、人気商売というのは水物である。次から次へと話題が供給されるので、勢いを維持し続けることはなによりも難しいのだ。少なくとも私が見ている限り、ここまで勢いを維持している配信者はいなかったと思う。これも変態の力か。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信をやっていきます』


 それでも思い上がる様子はまったく見られないのがこの変態である。数字を集められてしまうと何かしらのきっかけで狂ってしまうと、そのまま際限なく転がってしまうものだ。数字は人を狂わせる。承認欲求の悪魔がいたら、かなりの強敵になるに違いない。チェンソーマンもこいつには勝てないような気がする。なにしろ本能と承認欲求で動いているみたいなもんだし。


 そんな承認欲求の悪魔に呑まれている片鱗すら見せていないのがこの変態だ。これほどまでに急速に伸びてもなおまったくスタンスを崩さずにいるのは鋼の精神力が必要のはずである。そういう意味でも、ヤツがとんでもない異常個体であることは否定しようがなかった。本当になんなのだろう? まさか異世界転生者だったりするのか? まさかそんなとは思うが、ダンジョンが突然生えてきたこの世界であれば、そんなことくらいあってもおかしくはなかった。ダンジョンが生えてくることよりも、前世の記憶を持って生まれるとかのほうが現実的であることは言うまでもない。


『今日も来てやったぞ変態野郎。じらすんじゃねえよ』


『もうお前の配信じゃなきゃ我慢できねえんだよ。あくしろよ』


『パン1頭陀袋、変な武器ばかり使ってる変態だ』


 パン1頭陀袋の男を見てもじもじする変態しかいない配信なんてかつていただろうか? もしかして私たちはスタンド攻撃でも受けているのではないだろうか? そうでなければ、ここまで彼に執心する人間がいるとは思えない。ダンジョンがあるんだから、スタンドくらいいてもいいはずだ。頼む、そうであってくれ。この螺旋が矛盾していたらよかったのに――


 が、何故かそうなってくれないのが現実である。他人に好かれるようなスタンド攻撃をしてくるようなのが、こうやって平然と楽しそうに配信を続けられるとは思えない。すぐに炎上するようなことをしでかすのが人間だ。だから、スタンド攻撃など、少なくとも彼は行っていないのだろう。残念ながら、これが現実。私たちは、普通に変態に心酔しているのだ。


『大体人も集まってきたみたいですし、いつも通りやっていきます。今日の武器はコレ。銭投げブレードです。なんか面白そうなのがアウトレットショップでいい状態のやつを見つけたので、今日はこれを使っていきます』


 そう言って虚空から取り出したのは、それなりに長身の彼よりも大きな大剣である。見た目はそれほどおかしなところのないものであるが――


『銭投げという名前の通り、金の力が武器になるものですね。軽く使い方を説明すると、この武器に口座番号を登録させて――』


 いや、お前はなにを言ってるんだ? 口座を登録する武器がどこにある?


『専用のアプリをインストールして、この剣に登録した口座番号を連結させて、一度に消費する使用金額を設定して使う武器です。口座登録せずに使うと、ただのでかいおもちゃなので、絶対に登録をしてから使いましょう』


 コメント欄も、いまの私の同じような反応をしていた。まあ、それもそうだろう。口座登録が必要な武器など、詐欺にしてはあまりに馬鹿馬鹿しすぎる。こんな詐欺をするのが逆に天才まで言えるレベルだ。


 だが、配信に映っている彼にそんな様子はまったくない。平然としている配信者に困惑する視聴者。なんだこれは……たまげたなぁ……。


『で、口座を登録して専用アプリで消費金額を設定すると、敵を殴るたびに設定した金額を口座から引き落として、その消費した金額に応じて攻撃力になるというなかなか面白い武器です。無論、金額を増やせば増やすほど攻撃力は高まり、上限も青天井なので、莫大な額を使うことにさえ目を瞑ればレベルもスキルも関係なく火力を出せるという、実に資本主義的なスマート武器です。文字通り、金で殴ります』


 確かに面白いコンセプトであるが、上限が青天井となると、消費する金額の設定をミスったらとんでもないことになりそうであるが――


『モンスターを殴るたびに引き落としの判定が入るので、設定金額次第で恐ろしいことになるので気をつけましょう。コワイ人が来て地下とかに連れていかれるかもしれないからね』


 殴るたびに引き落としがされるとなると、少額に抑えていても結構な金額を消費することになるだろう。ダンジョンのモンスターは下層階、上層階に行けば行くほどタフで強力な敵ばかりになる。よほどうまくやらない限り、何十、あるいは百を超える回数を殴らなければならないというのも珍しくない。仮に一度の消費を二万円に設定して、倒すまでに五十発判定が行われたとなれば、それだけで百万円である。レアなモンスターの素材を売ればリターンは取れる金額ではあるものの、逃げられて倒せなかったら、消費した金額がそのまま丸損になることを考えると、なかなか恐ろしい武器だ。


 まさしく銭投げという名前に相応しい武器であるが――メジャーな工房の武器とは思えなかった。少なくとも、私が知っているところでそんな武器を作っていそうなところはない。武器工房はいわゆる一人親方みたいなところも珍しくないところである。この武器も、そういうところが作成した超マイナーな武器なのかもしれなかった。


 だが、金の力さえあればレベルやスキルによらず火力を出せるというのは可能性を感じさせる武器であることも確かだ。彼が言う通り、実に資本主義を体現した武器であろう。おおよそ大体のことは金で解決できるのが資本主義社会というものである。まさかモンスターさえも金の力でなんとかするとは……この海のリハクの目をもってしても見抜けなかったわ……。


『金の力で殴るとは……これがブルジョア階級というやつか……』


『労働者よ目を覚ませ。ここに悪しき資本家がいるぞ。真の社会を構築するために資本家どもを打ち倒すのだ』


『アカの工作員がいるぞ。コミーどもを許すな』


 変態の配信で突如始まる東西の対立。三十八度線かベルリンかな? まさかこんなところで東西の対立が始まるとはね。この間の宗教戦争に続いて、今日もなかなか物騒だな。


『というわけで今日戦っていくのはあそこにいるゴールデンメタルくんです』


 そう言って配信画面に映るのはどろどろとした金色の塊である。


 ゴールデンメタルとはダンジョン探索者であれば追わずにはいられない存在だ。極めて防御力が高くて逃げ足が速いが、倒せると大量のスキルポイントと高額で取引されるレアアイテムをドロップする、いわば現実に存在するはぐれメタルである。


 すぐ逃げるものの、弱いというわけではなく、かなりの高い魔力を持ち、高火力の広域魔法を連発してくる相手でもあるので、油断は禁物だ。特に、ダンジョン内での広域魔法は酸欠や崩落に巻き込まれる可能性が高い。


 しかし、ゴールデンメタルは極めて高い防御力のおかげで崩落に巻き込まれた程度では平然としているし、真空に近いレベルで空気が薄くなっても活動できるくらい頑強な存在だ。


 それほどまでに強固な存在をどうやって打ち倒すのか。金の力を使って打ち倒すのだろうが、それがどこまでうまくいくのだろう? 金を消費することでどれだけの火力を出せるのか未知数である。ある意味、配信者らしい企画だ。なかなか興味深い。


『それでは、やっていきましょう。オッスお願いしまーす』


 そう言ってトリヲが動き出すと、即座にゴールデンメタルは気配を察知。さすが逃げ足の速いモンスターだけのことはある。判断が早い。鱗滝さんもこれにはにっこり。


 トリヲを察知したゴールデンメタルは一目散に逃げていく。ずんぐりとした身体に似合わず極めて素早い動きであるが、それとチェイスを始めるトリヲ。その動きはCGかと思うほどの速度であった。


 巨大な剣を担いでいるというのに、ゴールデンメタルとチェイスできるだけの速度を出せるのは驚異的というより他にない。


 だが、さすがにその距離を縮められるほど甘くなかった。そうでなければ、探索者たちが血眼で追いかける存在になるはずもない。


 追いかけるだけでなく、なにか足を補うだけの手段が必要だ。そう思ったところで、トリヲは足を止め、大剣を振りかぶって斬撃を放つ。飛んで行った斬撃は逃げていたゴールデンメタルに命中。どろどろとした身体にめり込んだ。


 しかし、そのゴールデンメタルの圧倒的な強度によって、飛んで行った斬撃は途中で軌道を反らされ、動きを完全に止めるには至らなかった。


 それでも、攻撃を完全には弾き返すことができなかったため、その動きにわずかに遅れる。そのわずかな隙を突いてトリヲは一気に距離を詰めた。驚異的な加速。いままではあくまでも体力を意識した速度であったのだろう。配信画面では、空間を飛び越えたのではないかと思える速度であった。


 そこに、金の力を叩き込む。どろどろした身体に叩き込まれる金の力。金の力は、多くの攻撃すらもものともしない強度を誇る身体すらも貫き――


 そのまま、ゴールデンメタルを断ち切る。


 両断されたゴールデンメタルが弾けるように消滅。周囲に大量の金色の雫が残された。


『はい。というわけで金の力を使えばあのゴールデンメタルくんも簡単に打ち倒せます。これを使えば今日の配信はなんとかプラスになりますね。大損こかなくて安心しました。それでは今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします』


 いつもの口上とともに配信は終了。


 なんとかプラスになるっていったいどれくらいの金額を設定したのかわからないが、コイツのことだからとんでもない額を設定していてもおかしくない。


 そんな風に思っていたところで、上司からの電話がかかってきたのはその時であった。

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