第22回 ひたすら楽してきのこのメイスとたけのこのピック

 個人的に営業をかけたメディアとのリモート面接が終わって一息ついていたところで配信開始の通知が届く。


 面接の感触としてはまずまずといった感じであるが、悪くない印象であったとしてもお祈りされるというのが世の常である。必要以上に期待をしたところで、なるようにしかならないし、なったらそれでOKというものだ。人生なんてそんなものであると思って生きるくらいのほうが楽である。しなくてもいい苦労などわざわざ買う必要など一ミリもないのだ。それがいまの社会というものである。


 というわけなので、本当にできるのかはわからない。まあ、なったらラッキーというくらいで、結果が出るまでそんなことをやっていたことを忘れているくらいでちょうどいいだろう。どうなったところで、私にできるの私にできることをやるだけである。


 そんなことよりも配信だ。推しである以上、リアタイ以外など許されない。アーカイブで視聴など甘えである。配信開始の通知が来たら熟睡していても配信を開けるくらいでなければ推し活などやっていられない。推し活など、正気になったものから去っていく。正気になったときというのは、それをやめるときがやってきたことに他ならない。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきます』


 配信画面に映るのはいつも通りパン1頭陀袋の男である。たぶん、彼が人生で一番見た男の裸体であろう。なにしろ、仕事と同じペースで見ているからな。いままで付き合ってきた何人かの彼氏の裸よりも見ているのは間違いなかった。


 同時に流れるのは相変わらず留まることの知らない変態どものコメントである。誰もが好き放題書いているはずなのに、なぜか統率が取れているような気がするカオスな存在たち。こいつらは本当になんなのだろうと思う。これが世にいう集合知というヤツか?


『ということで始まったわけなんですけど、ところでみなさんはきのことたけのこどっちが好みです?』


 と、いきなり爆弾とガソリンを投げ込んでくるトリヲ。なにを言っているんだお前は。ここを焼け野原にするつもりか?


『配信で野球と宗教の政治の話をするなとはあれほど……』


『なにが始まるんです?』


『第三次大戦だ』


 予想通り、政治闘争が始まるコメント欄。きのこ派とたけのこ派による中東情勢みたいな緊迫した空気感に支配されていく。これが政治の力か。いや、宗教か? どちらにしても、人間を対立させるなんてのは簡単だ。きのことたけのこの話を振れば簡単に対立を生み出せる。日本人にニンジャを本能的に恐れるのと同じようにきのこたけのこの話を振られると闘争を求めてしまうということは古事記にも書いてある。


『実は俺、ガキの頃あんまりお菓子とか食べてなかったから、どっちがいいとかそういうのなくてですね。本当に好みって分かれてるんすね』


『なにを言っている。好みなどではない。きのこのほうが上に決まっているだろう。たけのこは劣等どもでしかない』


『きのことかいう下等生物かたけのこ様に勝てるわけないだろいい加減にしろ』


『あのー……すぎのこ派はいないんですか……?』


 一度投げられた爆弾と燃料によって生み出された戦火は簡単に消えるはずもない。コメント欄で広がるのは壮絶な政治闘争もとい宗教戦争である。


 かくいう私も彼と同じくノンポリだ。子供のころ乳製品がアレルギーで食べれなかったこともあって、子供のころに全然口にしてこなかったせいで、こういう話に蚊帳の外にされてしまうのが少し悲しい。大きくなって乳製品を食べられるようになってから両方口にしてみたものの、いまいちどちらが上だのなんだのはよくわからなかった。実際、どっちもおいしくない?


『まあそうなるのはわかっていましたが、そんなあなたに! この武器を紹介するぜ! きのこのメイスとたけのこのピック』


 そう言って取り出したのは某きのことたけのこのお菓子の形をした武器である。


『食材工房さんの新作コラボ武器です。どっちにしようか悩んだんですが、どっちにしても角が立つかと思ってそれなら両方使ってみることにしました。当然、両方とも武器として使えるし、食べることもできます。一石二鳥ですね』


 明治もなかなか狂ったことやってんな。まあ、政治闘争を生み出すくらいの国民的お菓子だし、多少はね? しかし本当にいいのか明治。一応、武器ってことはモンスターを殴り倒すもんだぞ。本当にいいのか明治?


 明治も明治であるが、それを本当に形にする食材工房は本当になんなのだろう? そもそも、なにがどうなったら食べれる武器を作ろうと思うのか? 正気では考えつかない発想である。やはり、新しいものを生み出すのは狂気が必須なのか……。


 しかし、そんなことを考えたところで、各工房が持つ武器の作成はとてつもないレベルの機密である。なにより、素人の私がそのやり方を知ったところで理解できるはずもなかった。


『きのこを持っているのが右手だからどう考えてもきのこのほうが上位であることはコーラを飲んだらげっぷをするくらい確実』


『あ? 左利きかもしれないだろ。それならたけのこが上な件について。これだからきのこ派は……』


『待て。これは俺たちを争わせるために仕組まれた罠だ。その点トッポってすげーよな。最後までチョコたっぷりだもん』


 きのことたけのこを巡り、様々なドラマ(仮)が展開される。正月にやる二時間ドラマかな? 戦火を広げるきのこ派とたけのこ派との闘争を煽るロッテ……なんだかんだやればいい感じになるかもしれない。知らんけど。


『ほらほらみなさん落ち着いて。今日はどっちも平等に使っていきますので、仲良くしていきましょうよ。どちらが上とか優れているとかやったところで喜ぶ人なんていないでしょう。どちらもいい。そうではありませんか?』


 ノンポリの私にしてみればまったくその通りでしかないが、一度燃え広がった火は簡単には消えてくれなかった。いままで配信で最も荒れていると言ってもいいだろう。これが簡単に人を狂わせる政治の力である。小さなお友達は覚えておくように。こんな風に争う大人になっちゃあいけないよ。人間はどこまでいっても愚かな生物だってことを学んでおこうね!


『そんなわけで今日戦っていくのはあそこにいるバスターベアくんです』


 愚かな変態どもを一切気にすることなく我が道を進む変態は今回戦う相手にカメラを向ける。そこにいたのは、でかすぎんだろ……ってなるサイズの熊。縮尺のバグを疑うレベルだが、残念ながらお使いの目は正常です。ダンジョンにはそんな熊もいます。ダンジョンだから仕方ないよね。


 ダンジョン内には動物がもとになったモンスターも数多くいるが、このバスターベアもその一つであると思われるが、ダンジョンができた東京二十三区に野生の熊なんていなかったはずでは……? なんてことは言ってはいけない。ダンジョンなんだからそういうこともあるんです。いない熊がどこからか生えてきても不思議ではない。ダンジョンというのはそういうものなのだ。


 このバスターベアはとんでもない強力な敵として認知されており、下手に近づいて刺激すると大変なことになるという凶悪なモンスターである。体躯に見合う圧倒的パワー、その巨体からは考えられないスピード、一度狙われるとひたすら追いかけてくる執拗性……フロアボスよりも強力で、軽々しく手を出すべき相手ではないと言われている。このクマによって散った探索者は数多い。


 カメラに映っているバスターベアは寝ているようであるが――刺激して起こせば完全に撒けるか倒すかやられるかするまで地獄のような闘争をする羽目になる。普通なら、その先は地獄だぞ、と言われる相手であるが――


『きのこもたけのこも両方いいってことを示していこうかと思います。それじゃあ、オッスお願いしまーす』


 そう言って寝ているバスターベアへと接近していくトリヲ。


 あと二メートルほどのところまで接近したところで、寝ていたバスターベアが近づいてくる気配に気づき、目を覚ます。だが、すぐには動けない。そこに、右手に持つきのこのメイスで殴打を仕掛ける。


 きのこのメイスは起き上がろうとしていたバスターベアの胴に命中。しかし、バスターベアの肉体はとてつもなく強靭なうえ、その身を包んでいる体毛は極めて衝撃に強い。直撃したとしても、確かなダメージを与えることはできるはずもなかった。


 いまの一撃によって、バスターベアも完全に目を覚ましたのだろう。すぐさま巨体とは思えない動作で戦闘態勢に移行し、人間よりもでかい腕で殴りかかってくる。


 その圧倒的パワーで放たれる一撃をきのこのメイスとたけのこのピックで受け止めつつ、身体を翻すことによってそのエネルギーを完全に散らし、その勢いを利用して飛び上がった。脳天に向かって左手に持つたけのこのピックを振り下ろす。


 コミカルな見た目をしているものの、たけのこのピックが武器であることに変わりはない。鋭利なピックを脳天に叩きつけられて、ただで済むはずもなかった。


 とはいっても、相手が普通の敵だったらの話である。相手はフロアボスよりも強敵と言われるほどの存在だ。脳天にピックを叩き込まれてもそれに耐えきり、飛び上がっていたトリヲをつかもうとする。


 宙を蹴り、己をつかもうとしたバスターベアの手から逃れるトリヲ。つかまれていたら、そのまま身体をへし折られていたことだろう。防具の加護のない状態でつかまれたら、耐えられる可能性は皆無である。


 宙を蹴って逃れたトリヲはさらに二回宙を蹴ってバスターベアに最接近。このバスターベアはあまりにも凶悪な性能しているせいで、下手に逃げるよりはひたすら張り付いたほうが安全だと言われている相手でもあった。巨大であれば、クロスレンジにまとわりつかれるのは厄介なものである。たとれそれが巨大熊であっても変わらない。


 横から、きのこのメイスを薙ぎ払う。バスターベアの横っ面を思い切り殴打。それは的確に顎を狙った一撃。熊に対してどれほど有効かはわからないが、見事に入った一撃であった。


 それでもバスターベアは持ち前のタフさで耐えきり、反撃を仕掛けてくる。暴れまわるが、その暴風雨のような連撃を踊るように防ぎ、回避し、受け流していくトリヲ。その動きは見事というより他にない。


 何度か攻撃を捌いたところで、バスターベアの攻撃を打ち払って決定的は隙を作りだす。そこに叩き込むのはたけのこのピックの一撃。それはどうあっても強化することはできない部分――目を狙って放たれた。


 たけのこのピックはバスターベアの目を深々と貫く。さすがに目を貫かれて耐えられるはずもなかった。目を貫いたたけのこのピックはバスターベアの脳にまで達していたのだろう。そのまま抉り抜かれて頭部を破壊され――


 バスターベアは仰向けに倒れてそのまま消滅。幾人もの探索者を葬ってきた凶悪な敵を相手にしたとは思えないほど華麗な勝利であった。


『というわけで、きのこもたけのこもいいってことがわかったでしょうか。それでは今日の配信はこの辺で。チャンネル登録と高評価お願いします。また次の配信で』


 いつもの口上とともに配信は終了。配信が終わっても、きのこたけのこ戦争はまた続いていた。


 それを見ていた私は、滅多に食べないお菓子が食べたくなって、コンビニにダッシュしていったのであった。

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