第21回 ひたすら楽して瀉血の太刀

 なにをするにもとにかく動かなければならないので、社内に上げる企画書めいたものを作っていたところで配信開始の通知が届く。彼の配信はなによりも優先される。である以上、私は企画書の作成を中断してリンクをクリックして配信を開いた。


 いつも通り映るのは、パン1頭陀袋の男と彼を見に来た変態どものコメントである。堂島ムザンの件からだいぶ経ったというのに、その勢いが衰える兆しはまったく見えなかった。配信を開くたびに同接も流れるコメントの量も増えているように思える。実に誇らしいね。そんな彼のバズるきっかけを作ったのはここにいる私です。何度も言うが、このことだけはいつまでも擦ってやる。それが嫌なら私よりも先に彼を見ていた変態ガチ勢を連れてくるのだな。いるとは思えないが。はっはっはっは。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信をやっていきます』


 周囲を見るに、今日は天層エリアに来ているようであった。どこに来ていても、彼が圧倒的強者であることも、パン1の変態であることも変わらない。ここに集まっている世界中(仮)の変態どもも同じである。荒らしとしか思えないコメントが嵐のように吹き荒れている。これが嵐の王というヤツか。


『早く始めろよ……待たせるんじゃねえよこの変態野郎が……』


『あぁ~変態の配信の音~』


『コーフンするじゃねえか……』


 開始から一分と経たずに盛り始めるコメント欄の変態どもである。異様な空気であるが、この配信ではこれが正常だ。だが、まかり間違ってもここのノリを他に出してはいけない。節度を守って変態をやっていこうね! 古参の変態サブカルクソ女とのお約束だよ。


『最近は昔からは考えられないくらい人は来るようになったので、本当にありがたいですね。なのでついよさそうな武器を見つけると買っちゃうようになりましたね。俺がいいなって思った武器は、なぜかすぐに販売中止になっちゃうことが多いんで、見つけた時に買わないと、次いつ手にいられるかわからないんですよね』


 そんなことを言うと、「あっ(察し)」というコメントが流れていく。この配信を見ていればわかるように、彼の美的センスはマイナスに振り切っている。彼が好む武器=まず一般ウケしないと言ってもいい。悲しいけど、これ現実なのよね。


『というわけで今日使っていく武器はコレです。この間、やっと新品のヤツを見つけた、女王の古城さんの瀉血の太刀です」


 そう言って取り出したのは、彼が使いそうにないオーソドックスな刀である。


 とはいっても、見た目なのは普通だけで、その性能は彼が好むものだ。女王の古城製の武器の特徴である己の血を消費して強化できる、ここの工房では珍しい近距離専用の武器であるが――大量の血を消費する代わりにその強化の上限が極めて高いというのが特徴である。


 女王の古城製の武器には一定時間の間、攻撃を当てれば失った血を回復できるリゲインという機能が備わっているが、それでは到底追いつかないくらいの勢いで消費し、その量は動脈を損傷したときのレベルだともいわれているほどだ。


 なので、下手に強化状態を維持すると、血を失いすぎて倒れるどころか出血死しかねない非常に危険な武器である。


 そのため、これをまともに運用するとなると、急速に失う血を補填できる手段が必須だ。女王の古城は血を消費して強化するという性質を持つ武器を作っているので、失った血を回復する特殊な薬剤も制作しているが、これもまたばかばか消費すると結構な値段になる。下手をすれば、倒せば倒すほど赤字になるなんてことになりかねない。


 そのうえ、徹底的に切れ味を追求した結果、刀身が非常に脆く、下手な受け方をすると簡単に破壊されるというオマケつき。おしゃれで格好いい見た目をしていながら、徹底的にクセ強なのがこの武器である。見た目は格好いいので、インテリアとして意識高い感じに人たちに好まれていたりもするらしい。


 そういうクセが強すぎる武器を好んでいるのがこの変態だ。この徹底的に扱いづらいこの武器をどう使うのか。今回の見どころさんである。


『なかなかいい武器使ってんじゃん』


『見た目だけは格好いい癖の強すぎる武器……胸が熱くなるな』


『この前、別の配信者がこれ使ってたけど、貧血で死にかけてたな。本当に大丈夫か?』


 様々なコメントが流れていくが、今回は武器の仕様に心配する声がちらちらあった。敵の攻撃は受けなくとも、判断を誤れば死にかねない武器なので、普段は心配しない者たちであっても心配する声が出てきても不思議ではなかった。


『ほら、俺も日本人ですし、日本人たるもの刀くらいは使えないと駄目じゃないですか。ダンジョンなんてある時代ですし。なので、見た目はそれほど好みではないですが、性能はイカしてるので刀体験の一環として、今日はこれを使っていこうと思います。これで俺も一人前の日本人』


『一人前の日本人って刀使えないといけないのか……?』


『えっ、お前刀使えないの? マジィ?』


『刀が使えないとか許されるのは小学生までだよねー』


 コメント欄で刀が使える使えないのわいのわいのとコメントが流れているが、少し冷静になれ。一人前の日本人になるのに刀が使える必要があるわけないだろう。もっと大事なことがあるはずだ……たぶん。でもまあ、ダンジョンとかあるし多少はね?


『今日は刀を使うので、思う存分チャンバラをできる相手にしました。あそこにいるカマキリ人間くんです』


 そう言って配信画面に映るのは両腕がカマキリのようになっている人型の存在。通称、カマキリ人間。正式名称はあるらしいが、どういうわけか誰も知らない。もしかしたら、正式名称を知ったら死ぬのかもしれない。名前を言ってはいけないあの人みたいなもんである。もしくは、真の名を知ると殺される類のSCP的なものかもしれない。とにかく、有名なモンスターなのに誰も正式名称を知らないという不思議な存在だ。ダンジョンではそういうことを考えてはいけない。頭おかしなるで。


 でもまあ、刀を使ってチャンバラをするのにはうってつけの相手であることは間違いない。両腕が剣みたいになっているのだから、まあ剣を持った相手と斬り合うのと似たようなものだろう。


 カマキリ人間は天層エリアで幅広く出現するが、階層によってその強さが大きく異なるのも特徴だ。低層階に出るのは弱く、高層階ほど強くなる。


 基本的に両腕の鎌を駆使して戦う近接戦闘を主体とした敵だ。シンプルに強いというタイプの敵なので、まともにやり合うと結構苦戦する相手でもある。基本的な戦術としては、近づかれるよりも前に有効な炎で焼くのがポピュラーであるが――


 そんなことをこの男がするはずもない。斬り合いをしたいから、あの斬り合いに長けたカマキリ人間を相手にしているのだから。


『騎士系でもよかったんですが、前にも戦っているので、やっぱり配信で戦うなら別のほうがいいよねということで今日はあれと戦っていきます。とりあえずやっていきましょう。オッスお願いしまーす』


 刀を鞘に納め、一気に接近するトリヲ。近接戦闘にたけたカマキリ人間はすぐさま近づいてくる敵を察知。近づいてくるトリヲ合わせて踏み込む。鎌を振るう。それは、命を刈り取る慈悲のない一撃であった。


 トリヲは己の動きに合わせて的確に踏み込んできたカマキリ人間の一撃を受け止める。完璧と言ってもいいタイミングで受けることで、三回りくらい大きなカマキリ人間の攻撃を完全に受け切った。


 攻撃を受け止めつつそのまま回り込むようにして斜め横に回り込んで居合を放つ。空気すらも切り裂くような鋭さをもつ斬撃。


 だが、近接攻撃に長けるカマキリ人間は振り向きながらその神速のごとき一撃を容易く防いだ。鎌で受け止めて完全にその威力を相殺。モンスターとは思えないほど達人じみた動きであった。


 攻撃を相殺したカマキリ人間がその勢いを利用して飛び上がって蹴りを放つ。鎌を駆使するだけでないその動きは間違いなく知性を感じさせる。


 トリヲはその蹴りを冷静に刀で受け止めて受け流して威力を散らす。切れ味を重視しすぎた結果、耐久性が皆無となった瀉血の太刀でこうやって攻撃を受けられるのは簡単なことではない。


 攻撃を受け流したところで瀉血の太刀の刀身が変異。血のような赤黒い闘気を纏う。己の血を消費することによる強化。それは文字通り命を吸う魔刃である。


 変異した瀉血の太刀で両手で持ち、薙ぎ払う。空間が歪むほど禍々しい力を纏っているそれを防ぐものはそうありはしない。それをカマキリ人間も察知したのか、自慢の鎌で受けることはせず、見事な身体捌きで攻撃を回避。トリヲの横に回り込む。


 それは、わずかであったが決定的なものであった。トリヲが剣を振り切ったタイミングでカマキリ人間が反撃を試みる。恐らく、この配信を見ていた誰もがやられる、そう思うタイミングであった。


 しかし、カマキリ人間の鎌がトリヲに当たることはなかった。トリヲの瀉血の太刀の刀身が伸び、カマキリ人間の頭部を貫いていたのだ。


 頭部を貫かれ、動きを止めたところでトリヲは容赦なく瀉血の太刀が吸った力を一気に放出。そのまま、頭部どころか上半身が消し飛んでほどなくして消滅。


 今回も完璧としか言いようのない勝利である。しかも、一瞬のハラハラを演出するというオマケつき。見ているこちらとしても燃える勝利であった。


『というわけで、瀉血の太刀を使って戦ってみました。噂には聞いていましたが、すごい勢いで血がなくなりますね。貧血起こしそうなので、今日はレバーでも食べようかと思います。今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします。それじゃあまた』


 いつも通りの口上とともに配信は終了。


 配信の余韻に浸っていたところに、書かせてほしいと営業をかけた別メディアからちょっと話を聞かせてくれないかというメールが届いたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る