第20回 ひたすら楽して血炎の柄杓

 どのようにして取材を申し込むか? まず必要なのはアポを取ることであるが――どうせ取材をするのであれば、それがいい影響を生じさせるべきであろう。


 であれば、個人で勝手に行うよりも絶対的に、大きな看板があったほうがいいと言うのはいうまでもないことである。


 とはいっても、私の職場はそれなりに認知されているネット系の中堅メディアで、様々な話題を取り扱っているが、ダンジョン配信について取り上げたことはない。そして、企業というものは基本的に前例のないものに対して前向きに取り組んでくれることはないのである。


 そうなると、企画を通すよりほかにないが、自分たちに利するものがないような企画にゴーサインを出してくれることはまずありえない。上司やプロジェクトの責任者に対してこれが利益になることをわからせなければ動いてくれないのだ。頑張ったからそれでいいなんてものは通用しない。直属の上司や責任者すらも納得させられないような企画なんて、まず利益なんて見込めないのだ。私もまだ新人に毛が生えたようなレベルのキャリアであるが、それくらいはこれまでの社会生活でわかっている。


 いっそのことダンジョン配信を取り上げているメディアに転職するという手もあるが、現実の転職はドラクエのようにダーマ神殿で話しかければそれでいいなんてものではない。こちらもこちらでそれなりに準備をしなければ、大抵はうまくいかないのだ。なにより、採用は水物である。お目当ての企業がいまは採用していないなど珍しくない。なにより、後先考えずに長々と転職をしていられる余裕などないのだ。


 それに、いまの職場にはそれほど不満があるわけでもない。どうしても出社しなければならないとき以外は在宅勤務できるし、休みを取っても文句を言われることもなく、給料もそれなりだ。正直、企業という後ろ盾がなくなってやっていけるほどの能力もキャリアもない私にがやるべきだろう。


 折衷案として、いまの職のまま、副業の一環としてダンジョン配信を取り上げてる他のメディアにライターとして売り込みをかけるかであるが――なんの後ろ盾もない個人の私をはいそうですかと採用してくれるほど世間は甘くない。これもまた、それなりの納得感と説得力と能力を示さなければどうにもならないのである。


 とりあえず、いまの職場にこういう企画をやりたいと企画書を出しつつ、他メディアに営業をかけてみるというのが無難であろう。どこまでできるかわからないが、これも推しのためである。できなければ私の推し力はその程度だったということだ。推し力を高めつつ、機会を伺うしかあるまい。


 そんなことを考えていると、配信開始の通知が届く。即座にリンクをクリックして配信へ飛ぶ。そこに映るのは、パン1頭陀袋の男と、彼を見に来た変態どもの荒らしのような嵐のようなコメント。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信をやっていこうと思います』


 いつ配信を見ても、彼の様子は変わることはない。異常とも言っていいレベルでコンディションが安定している。インターネット配信者というのは不規則な生活になりがちなせいか、頻繁に体調を崩していたりして、それはダンジョン配信者も例外ではない。


 私が知っている限りで唯一、様子が変わったと言えるのは配信中に堂島ムザンが絡んできたときだろう。それでも、普段の配信と同じように圧倒的な強さでアイツをぶちのめしたので、変わっていないと言えば変わっていないが。


『アラートアプリを立ち上げていなかったら、見逃すところだった……』


『アラートアプリに頼っているようではまだ甘い。真の強者は枠の予約が始まったときにはもうすでに全裸待機しているものだ』


『ええ……この変態たちガチすぎて怖いぃ……』


 コメント欄でどうでもいい論争が繰り広げられる。配信なんて好きなときに好きなように見ればいいとしか思っていないが、まあ、そういうことを言いたがるお年頃のお友達もいるだろう。私にも、そう思っていた時代がありました。王騎将軍のように見守ってやるべきだろう。彼がバズる前からここにいた古参の私としては。


『いやあ皆さんほんとよく来てくれますね。本当にありがたいです。こうやって来てくれるともっと頑張ろうかなって思いますね』


 毎度毎度あれだけ鮮烈な戦いを見せられれば、すぐに見に行きたくなるのも当然である。こいつを見ていると、あまりにも見事すぎるので他の配信者たちはなんか持っているのではと思えてくるほどだ。


 だが忘れてはならないのは異常なのはこいつのほうで、他の配信者たちが普通であるということである。異常を楽しむのであれば、正常なものを知っていなければならないものだ。異常が当たり前になってしまえば、異常も楽しめなくなってしまう。人間ってのは慣れる生き物だからね。その慣れというものを甘く見てはいけない。びっくりするほどヤツらは強力だぞ。


『今日の武器はコレです。血炎の柄杓です。神秘王朝さんのショップを漁ってたら見つけたのでとりあえず買ってみました』


 そう言って虚空から取り出したのは大仰な装飾がされた柄杓だ。武器なのかと首をかしげたくなる一品であるが、工房が売っているのだから武器なのだろう。


『こいつは、神秘力を込めて振り回すと、こうやって血炎をまき散らすことができる素敵武器です』


 そう言って柄杓を振り回すと、血の色をした炎が打ち水をしたときのようにまき散らされる。


 血炎は神秘力スキル特有で使える特有の炎で、燃えるだけでなく触れた相手に出血を強いる効果を持っている。炎に弱く、出血も利く相手であれば多大な効果を持つスキルであるが――


 ダンジョンにおいて、設置系のスキルというのは不遇な存在だ。理由は二つあり、一つは設置系スキルは設置した己や、パーティを組んでいる仲間を都合よく避けてはくれないということだ。ダンジョンはゲームのように味方を都合よく避けてくれるなんていう親切な機能などありはしない。地雷と同じように、踏めば敵にも味方にも自分にも平等に影響が及ぶ。


 そのうえ、ダンジョンは広いものの閉鎖された空間である。そんな場所にしばらく残って移動が制限されるというのが邪魔にならないはずがない。


 もう一つの理由は、大抵の設置スキル――特に大型モンスターやボスモンスターはものともしないということだ。設置したこちらにも影響が及ぶというのに、敵のほうはそれを無視してくるという使った側が割を食うだけなのが設置系のスキルである。


 なので、対モンスター戦闘で設置系スキルを使うというのは、一部の物好きを除いてやらないのが基本だ。最悪の場合、迷惑がられて切られる可能性もある。なので、設置系スキルを使うのは地雷とも言われているほどだ。


 血炎は出血を伴う炎ということでかなり強力なものであるが、強力であればこそ設置すると厄介なことになりかねない。諸刃の剣どころか、自分で自分の首を絞めるようなものだ。


『ソロ専だからこそ、地雷と言われかねないスキルも平然と使えるのは素敵じゃん?』


『地雷スキルをどう扱うのか……これは見どころさんがありますねえ』


『他では見れない配信をやってくれる唯一無二の存在』


『今日も盛り上がってますねえ。知っての通り、設置系スキルは地雷なんて言われておりますが、今日はこの武器を使って設置系スキルでも戦えるということを示していこうかと思います。せっかくの武器なのに使われなかったら、あまりにも悲しいですからね』


 そう言って移動を始めるトリヲ。見たところ今日も地層エリアだ。炎属性と出血の両方が有効な敵というのはそれほど多くはないが――


『今日お相手してもらうのはあそこにいる樹霊人くんです。炎がよく利いて出血もするので今回の武器を試すのにうってつけですね』


 そう言ってカメラに映るのは、樹木が集まって人型になったような存在だ。


 樹霊人はその名の通り、生きている樹木のような存在で炎も有効で、生命体でもあるため、出血もするという今回の武器を使う相手としてこれ以上にない存在である。


 とはいっても、樹霊人は中層階以降に出現する敵なので、決して雑魚と言えるような相手ではない。植物の柔軟性と汎用性、人の器用さを併せ持った存在である。種によって様々な毒も持っているため、思わぬところで命取りになることもある相手だ。


 なにより恐ろしいのは種を植え付けられて、樹霊人の苗床にされてしまうことだろう。身体に根が広がる前に除去できなければ、そのまま衰弱して生かさず殺さずの状態で新たに生まれる樹霊人の苗床となって地獄のように苦しんだ挙句、最終的に身体を食い破られて死ぬという悲惨なことになる。


『植物プレイか……なかなか胸が熱くなるな』


『おっ、なかなか濃い性癖の変態がいるな』


『いまは多様性の世の中だから、植物プレイも普通だろ』


 植物プレイというのがなにを指すのか不明であるが、まあ、考えないほうがいいだろう。変態の考えることなど考え出したら脳が腐りかねない。世の中には考えないほうがいいこともたくさんある。これもその一種だ。多分。


『なかなか怖い相手ではありますが、この武器で出せる血炎がなによりも有効な相手なので仕方ないですね。それではアイサツ代わりのアンブッシュから。オッスお願いしまーす』


 そう言って数歩近づいたのち、柄杓を振り上げて血炎を離れた場所にいる樹霊人に振りかけるトリヲ。突然血炎を浴びせられた樹霊人の身体に引火し、細かい出血が生じる。


 炎も出血も有効である言っても、相手はモンスターだ。多少身体に火がついて血が出た程度で、止まることなどあるはずもない。身体を血炎で燃やされ、細かく出血をしながら、それを気にすることなく蠢きながらトリヲへと接近してくる樹霊人。


 樹霊人は腕を伸ばし、それを鋭利な刃物のように振り払って攻撃を仕掛けてくる。それは樹木とは到底思えないほど鋭い。ただの鉄程度ならバターのように切り裂いてしまうだろう。


 トリヲはそれを潜り抜けるようにして回避し、低い姿勢で柄杓を振って血炎をばら撒く。血炎は樹霊人の足元に着火して出血を伴わせる。両足を燃やされた樹霊人の動きが止まる。


 そのまま掬い上げるよう柄杓を振り、全身に血炎を降りかけた。樹霊人の身体の全面が一気に着火し、出血。人間であったらとっくに戦闘不能になっているところであるが、相手はモンスターだ。その程度ではまだ止まらない。


 全身が燃え上がりながらも、樹霊人はばら撒かれた炎の中を突き進んでトリヲに接近。人のように打撃攻撃を仕掛けてくる。


 トリヲはそれをギリギリまで引き付けたのち受け流しつつさらに真横から血炎を降りかけた。身体の側面にも着火し、出血を伴う。


 樹霊人は反撃を仕掛けようとするものの、そこで一気に大量出血。出血効果の蓄積によって一気に傷が開いて大量の血を失わせる。


 大量に出血したことによって、身体を燃やされても突き進んできていた樹霊人の動きが止まった。


 そこをトリヲが逃すはずもない。一瞬にして頭上を取り、そこから大量の血炎を降りかける。いままでにない大火力によって、樹霊人の身体は身体の内部まで発火して、そのまま灰となった。そこに残っているのはトリヲがばら撒いた鮮やかな色の炎だけだ。


『地雷って言われている設置系スキルもうまく使えばこれくらいやれます。もし機会があったら迷惑が掛からない程度にやってみましょうね。今日の配信はここまで。チャンネル登録と高評価お願いします。それではまた』


 鮮やかな炎をバックにいつもの口上とともに配信は終了。


 こいつの手にかかると、地雷スキルもここまで活用できるのだから大したものである。


 やはり、直接接触してみたい。今日の配信を見て私は改めてそう思ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る