第18回 ひたすら楽してセイントドリル

 二つ目の動画の再生数はまずまずだった。以前のような爆発力はないのは間違いなかったが、その前にとんでもないイベントがあったのでそんなものだろう。なにより、私は私の承認欲求を満たすために動画を投稿しているのではない。動画で入る収益も、再生回数もどうでもよかった。とんでもない存在である彼をより世間に知らしめ、大きくするのが目的なのだ。後方腕組みサブカルクソ女たる私は、そんなことを思いながら、次の動画をどうするか考えていたところで配信開始の通知が届く。目に入ると即座にクリック。俺でなきゃ見逃しちゃうね。


 配信を開くと同時に映るのは、もじもじしている変態たちのコメントとパン1頭陀袋の男である。インターネットにある紳士の社交場。実にいいね。濁っているのにゴミは少ないあたりが最高だ。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信をやっていきます』


 堂島ムザンの件からそれなりに経ったというのに、まだまだチャンネル登録者数は見るたびに増えていた。いま注目のダンジョン配信者トリヲ。ここまで急激に伸びているというのにいまだにビジネス感が出ていないところが実にいい。まあ、パン1で配信やってる異常者にビジネスを持ちかけるのは相当異常者なので、日本企業もまだ正気を保っているのだろう。日本国民が全員ここの視聴者のようになったらそれこそ終わりだ。私には生きやすい世の中かもしれないが。


『お前の配信を全裸待機してたら風邪ひいたんだけど。謝罪と賠償を要求する』


『完全に自分のせいで草』


『お前……脱いだのか……俺以外のヤツと……』


 異常者の配信に集まる異常者どもの異常なコメントがひっきりなしに流れていく。この流れに恐れをなしていたニュービーどもも、気づけば呑まれているのでこの配信を支配する空気がいかに狂っているか実感できるだろう。こんなところに入り浸るヤツにまともなのがいるはずがない。狂気は感染するというのはよく言ったものである。たぶん、オセロみたいなもんだ。適当に挟めばひっくり返る。


『相変わらず皆さん元気っすね。俺も元気なんで配信やってるんですけど。いやあホント人が集まるようになりましたねえ。配信を始めたころはこんなに人が集まってくれるようになるとは思いませんでしたよ。まだまだやりたいことは色々あるんで、当面はいつも通りやっていくと思うのでこれからもよろしく』


 配信を見ている限り、パン1頭陀袋という異常な出で立ちをしていること以外、案外普通なのだが、逆にそんな普通のヤツが何故パン1頭陀袋というジャパニーズHENTAIスタイルで配信なぞやっているのか、コレガワカラナイ。人生って本当に不思議だね。そんなこと考えなくても世の中は回っていく。楽しめれば、すべて些事……。


『というわけで今日の武器はコレです。セイントドリル。この間注文して、やっと届いたので、是非とも使いたいと思いまして。男たるものやっぱりドリルくらい使えないとね。ドリルは現代人の教養です』


 そんな教養あってたまるか。ドリルが教養になってくるのは歯科医くらいだろう。というか、男ってなんでドリルが好きなんだ? 遺伝子にそう刻まれるような出来事が祖先にあったのだろうか? 私が考えたところで答えが出るはずもないので、さっさと忘れてしまおう。わからないことはさっさとどうでもいいとさっさと投げ捨ててしまうのが楽に生きるコツである。命は投げ捨てるもの。


 そんなわけでいま彼が持っているのはドリルである。それも、自分の身体と同じくらいの大きさのある巨大なドリル。いかにも重量武器。岩盤砕きでもやるのかという勢いである。


『名前の通り、聖律教会さんの武器なので、アンデット系や悪霊系に有効な武器です。ドリルでゾンビやゴーストを倒せるなんてまるで映画みたいですね。素晴らしい。いい値段出して注文した甲斐がありました』


 東京二十三区がダンジョンに呑まれてる時点でとっくに現実が映画を七周半くらい先回っているような気がするが、それは言ってはいけないお約束である。細かいことを気にせず楽しむのがこの配信だぞ、初見さん。頭変態になりたくないのならさっさとここを出ていくんだな。ギャハハハハハ。


『神聖力の力でドリルを回転させることができます。簡単に言えば信仰は力ってことですね。かなり大型にしたので、扱いはかなり難しいですが、まあなんとかなるでしょう。なにしろ巨大ドリルはロマンですからね。扱えて当然ってわけです』


 ちょっと意味わかんないっすね。なにを言ってるんだお前は。男の人っていつもそうですよね! いや待て、どうだろう。もしかしたらそうかもしれない。そういうのが当たり前の世界もあるだろう。なにしろいまは多様性の時代だ。大型ドリルは伊達じゃない。


『そうだよな。男ならドリルを使えて当然だよな。ところで、俺のドリルを見てくれ。こいつをどう思う?』


『そのつまようじしまえよ』


『短小乙』


 誇り高きファーストペンギンのようなコメントを書き込んだ変態が、一気に他の変態どもに袋叩きにされるさまは実にいいね。インターネットはいつだってこうあってほしいものだ。全肯定ボットコメントなど生ぬるい。ふざけたもの、やらかしたものはそれまで仲良くしていたとしても容赦なく背後から殴り倒すのがインターネット流星街だ。殺される覚悟があるヤツからふざけなさい。いやならさっさとママのおっぱいでもしゃぶりにいくんだな。ギャハハハハハ。


『というわけで今日戦う相手は、待望のドラゴンゾンビくんですね。いままでいい感じに戦える武器がなかったので戦ってこなかったですが、ついに来ました。ドリルを使ってドラゴンを倒す。こりゃグレートですよ』


 そう言って配信画面に映るのは、身体の至る所が爛れて腐っているドラゴン。十五メートルほどあるが、ドラゴン種としては比較的小型であろう。


 爛れて腐っていても、ドラゴンである。とてつもなく強い。まさしく、現代においてもドラゴン狩りは花であると言える。


 なにより、ドラゴン種は倒すと低確率で倒したときに使っていた装備が大幅に強化されることがあり、強力な種ほどその確率は高い。それゆえ、ダンジョン探索をやっている者であれば一度はドラゴンを倒してみようと試みるものだ。


 だが、ドラゴン種はどれもこれも強力なので、簡単に倒すことはできない。ましてやソロで倒すのは比較的小型の種でもかなり困難である。


 さらに言うと、今回戦うゾンビ化したドラゴン種は、防御力が大幅に低下している代わりに様々な種類の猛毒や呪い、装備の破壊効果などの厄介な効果を誘発する存在だ。通常のドラゴン種とは違った難敵で、通常種を倒したからと言って油断した探索者がやられたケースも少なくない。


 そして、ゾンビらしく、耐久力も非常に高いうえに有効な聖なる武器でなければ、復活する恐れもある。倒したと思ったら倒しきれておらず、隙を突かれてやられるというケースもある。死んでもただではいかないのがドラゴンという存在なのだ。


 聖律教会の武器であれば、アンデット系や悪霊系に有効な武器を専門に作っているので、致命傷を与えられさえすれば倒しきれるはずであるが――だからといってドラゴンは簡単に倒せる相手ではないからこそドラゴンなのである。


『ドラゴンにパン1で挑む変態の鑑』


『お前は変態の柱になれ』


『もう立派な変態柱だろいい加減にしろ』


 ドラゴンにソロで挑むコメント欄とは思えなかった。ダンジョン配信者がドラゴンに挑むときはもっとコメント欄は緊張感に包まれているものであるが――それもこの変態が積み重ねてきた否定のしようのない現実の積み重ねの賜物だろう。こいつならやってくれるという絶対的な安心感。やられるような気はしないが――


『いやあ、これまで色々な相手と戦ってきましたけど、やっぱりドラゴンは違いますよね。なんかこう……とにかくなんかすごい。オーラがありますよねドラゴンって』


 小学生みたいな語彙になっていたが、言いたいことはなんとなくわかる。いち視聴者たる私からでも、ドラゴンはなにか違うというのは理解できた。なんだろう。日本人の血かな。


『それじゃあ、とりあえずドラゴン狩りに行ってみましょう。オッスお願いしまーす』


 そう言ってドリルを構えなおしてドラゴンゾンビへと接近するトリヲ。


 少し近づいたところで、ドラゴンゾンビがトリヲ感知。その巨体をゆっくりと動かし始める。


 その間にトリヲはさらに接近。ドリルの間合いに入り込んで突きを放つ。回転するドリルはドラゴンゾンビの爛れた身体を容易に貫いた。毒々しいヘドロような液体が身体から零れ落ちる。


 ドリルを突き刺してそのまま横に抉ってドラゴンゾンビの身体を引き裂くが、ゾンビ化したドラゴンの身体はその程度では微々たるダメージしか受けていなかった。爛れた腕を振るい、トリヲの攻撃を後隙を狙う。


 己に向かって振るわれたドラゴンゾンビの腕を飛び越えて回避しつつ、身体に乗る。そのまま腕を伝い、身体へと飛んでいく。韋駄天のような動き。


 身体に飛び乗ったトリヲはそのままドリルを突き刺して、そのまま頭部へと向かってドラゴンゾンビを身体を無慈悲に引き裂きながら進んでいく。さすがに、ドラゴンゾンビもこれにはたまらず、苦しそうなうめき声を発した。


 そのまま倒しきるか、そう思ったが、ドラゴンゾンビもこのまま終わるはずもない。全身からガスを放出。ドラゴン種の中には、ブレスだけでなくガスを放出できる種も存在する。恐らく、その種がゾンビ化したのだろう。


 だが、トリヲはなんらかの形でその反撃をしてくる予兆を察知していたのだろう。大きく飛んで周囲に放出されたガスを回避。周囲に放出されたガスにより、壁や地面がドラゴンゾンビの表面のように爛れて崩れる。人間が受ければどうなるかなどいうまでもないものであった。


 大きく飛んだトリヲに対し、ドラゴンゾンビは身体を翻して尾を叩きつけてくる。それは圧倒的重量と速度のある必殺の一撃。まともに受ければ、文字通り内臓がすべて飛び出てもおかしくなかった。


 しかし、空中を蹴ってドラゴンゾンビの尾を何事もなかったかのように回避するトリヲ。尾が空を切ったことにより、ドラゴンゾンビに大きな隙が生じる。


 そこを圧倒的強者たるトリヲが逃すはずもなかった。周囲に残っていたガスも消え、再び空を蹴って巨大なドリルを構えてドラゴンゾンビの頭部へと突貫。


 トリヲのドリルはドラゴンゾンビの頭部を深々と貫き――


 そのまま押し込んだのち、引き抜いて完全に頭部を破壊。


 弱点たる聖なる武器を頭部に叩き込まれ、ドラゴンゾンビは断末魔を上げたのち、そのまま溶けるように消滅。今回も、圧倒的な勝利であった。


『なんとかドラゴンゾンビも倒せましたね。今度はもっと大きいヤツと戦ってみたいなあ。残念ながら、装備強化は起こってくれなかったようです。それほど確率は高くないですし、そんなものでしょう。というわけで今日の配信はこの辺で。チャンネル登録と高評価お願いします。それではまた』


 いつも通りの口上とともに配信を終了。この男は一体どこまで進んでいくんだろうか? そう思いながらしばらくの間コメントを眺めていた私であった。

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