第17回 ひたすら楽して蛇頭のフレイル
二個目の切り抜き動画を投稿して一息ついたところで、配信開始の通知が届く。即座にリンクをクリックして配信に飛ぶ。
あれだけのことがあったので、今回の動画は前のようにハネることはないと思うが――別にそんなことはどうでもいい。私は私がバズりたいから動画を投稿しているわけではないのである。無論、動画が伸びたらうれしいのは確かであるが、大事なことはそこではない。これはあくまで推し活なのだ。バズるかどうかなど気にしているような輩など所詮、推しではなく推している自分が好きなだけに他ならない。そんなのは、雑魚狩りピエロにやられるようなモブである。
配信を開くと同時に目に入るのは、この治安のいい吹き溜まりでしか満足できなくなった変態どもの大量のコメントと、パン1頭陀袋の男。
『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきます』
親の裸よりも見た裸である。もっと親の裸を見ろ――いや、普通はみないな。ある程度大きくなっても見ていたらかなりやばい。たぶん異常な家庭だから、通報したほうがいいと思う。
『今日も脱いでんねえ』
『なにを言ってるんだ? 服を着ないのは紳士の嗜みだろう?』
『おまわりさんこいつです』
好き放題なコメントが流れているが、いつも通りの光景である。これで荒れていると思うような輩は、この戦いについてはいけない。さっさと船を降りたほうが身のためである。ここはダンジョン配信界隈の極北。最後の行きつく場所である。こんなところにいたら、頭おかしなるで。ここにいれば、どんなヤツでも変態に行きついてしまうのだ。すべてがHになる。やっちゃえ変態。
『あ、そうだ。この前の銀盾が最近届きました。あのあと、もっとすごい勢いで伸びていったんで記念とかなんとかやる暇なかったですけど。こうやって形になってるものが来るとなんかすごいことになったなあと実感しますね。なんか遠い昔のような気がします』
堂島ムザンを叩きのめした配信から、まだ一か月も経過していない。それにも関わらず、このチャンネルの登録者どんどん伸び続け、堂島ムザンの配信をやったときの三倍近い数字になっていた。これも、裸芸と堂島ムザンという迷惑系配信者のビッグネームをぶちのめしたという合わせ技のおかげだろう。日本が誇る世界のHENTAIである。
『ま、それはそれとして、いつも通りやっていきましょうか。今日の武器はビーストさんの蛇頭のフレイルです』
そう言って虚空から取り出したのは柄のついた蛇。私もはじめてみる武器であった。
『この間、ショップ漁りをしてたら見つけたんで即買いしました。どうです? なかなかイカしたデザインしてると思いません? やっはり、男子たるもの一度は蛇を振り回して戦いたいと思うのは当然のことですし』
『そうはならやろ』
『なっとるやろがい!』
『やはり、本物は俺たちのような偽物を平気で超えてくるな』
様々なコメントが流れていくが、これだけの人数がいるにもかかわらず、彼の意見に同意する者が皆無というのが本当に訓練されている。一見烏合の衆に見える極めて練度の高い無法者集団。なにそれコワイ。
『見ての通り蛇なので、力を注ぎ込むと、この蛇をある程度操作できます。必要なのは筋力スキルと神秘力スキルっすね。でかくなったり、伸びたり、敵に近づくとかみついたりします。なかなか強力ですね』
蛇が柄の部分からは想像もできないほど巨大化して伸びる。人間とそれほどサイズの変わらないモンスターであればひと呑みできそうだ。
『その代わり、蛇自体で殴ってもそれほど攻撃力は高くないんで、うまくかみつかせないとだめですね。なので扱いは結構難しいかと思います。せっかくイカしてるのに、残念です。でもまあ、他のものとは違った運用ができるので、それも味でしょう。他にはできないことがある武器ってのはいいもんですから。実用性だけを考えた武器もいいのはわかってるんですが、やっぱりこういうユニークなのはたまらないっすね』
嬉しそうな早口で一気にまくしたてるトリヲ。本当にこの男は、他の者から見たらキワモノイロモノ武器を愛してやまないことが伝わってくる。そうでなければ、こんな早口にはならない。早口語りはオタクの基礎技術だからな。古事記にも書いてある。
『で、今日戦ってくれるお相手は、あそこにいるヴァイパーロードくんです』
そう言って配信画面に映る巨大な蛇。先ほど巨大化させて見せた蛇頭のフレイルの蛇よりもさらに巨大な蛇であった。人間どころか、大型モンスターですら簡単に飲み込めそうな存在である。
言うまでもなく、かなりの強敵だ。かみつかれれば人間の身体など簡単に食いちぎられるし、当然、その牙には大型モンスターですら数時間で死に至らしめるほど猛毒も持っている。しかも、やっかいなのは個体ごとに毒の成分が異なっているので、これを持っていれば大丈夫、とはならないところだ。対毒スキルや解毒魔法スキルである程度緩和は可能であるが、完全な解毒のためには対応した血清をいち早く摂取しなければならない。
そして、大型モンスターでもすぐに死に至るほど強力な毒なので、人間が受けることになったら、対毒スキルがあったとしてもかなりの速度で回っていく。高レベルの対毒スキル持ちでも、確実に助かるためには一時間以内に血清を打つ必要があるほどだ。
なので、この敵にやられることになった探索者は非常に多い。運が悪いと、拠点に対応した血清がないこともある。このダンジョンの中でも、できることなら遭遇したくない相手と言えるだろう。現実において、毒はとんでもなく強力であることを痛感させられる相手である。
『今日もいつも通りやべえの戦うのか』
『裸であいつの毒食らったらどうなるんだ?』
『どれだけ強力な毒があろうと、食らわなければないと同じである。なにも問題ない』
最高の策だなあ! 実践するのが不可能ってことを除けばよぉ! と言わざるを得ないが、それを実践し続けてきたのがこの変態だ。確かに、どれだけ強力な攻撃でも食らわなければいいのは確かである。一体なぜそんなことができるのか皆目見当もつかないが、どうやらそういうことなどだ。深く考えてはいけない。そんなことを考え出したら、もうシャバには戻ってこられないぞ。アキラメロン。ここにいるヤツは、とっくにルビコンを超えているのだ。
『というわけで今日は蛇に蛇をぶつけてみます。どっちの蛇が強いかやってみましょう。それではオッスお願いしまーす』
そう言ってヴァイパーロードに踏み込むトリヲ。三歩ほど近づいたところで、蛇を伸ばして攻撃を仕掛ける。巨大化した蛇がヴァイパーロードへと飛んでいく。
ヴァイパーロードも自身に向かってきた脅威をすぐに察知し、二十メートル近くある身体を翻して蛇頭のフレイルによるかみつき攻撃を最低限のダメージにとどめた。
そのまま尻尾を叩きつけてトリヲを押しつぶさんと試みる。鉄骨よりも巨大なそれを叩きつけられれば、どうなるかなど言うまでもないが――
そんな大振りの攻撃に当たるほど、トリヲは甘くない。すれ違うようにして叩きつけられた尾を避けつつ、距離を詰める。そのまま蛇頭のフレイルを薙ぎ払ってヴァイパーロードに攻撃。
ヴァイパーロードの身体は蛇頭のフレイルにかみつかれる。ヴァイパーロードの腹のあたりをかみちぎった。毒々しい液体が滴る。
しかし、ヴァイパーロードも多少身体をかみちぎられた程度で止まることはなかった。動じることなくトリヲを飲み込まんと一気に襲いかかる。それは、常人の目では捉えきれないほどの高速であったが――
その牙を完璧なタイミングで回避。わずかでも触れれば毒にやられる。それは彼もわかっていることであろう。日和ることもなくかといって遅れることもなく行われた回避はまさに見事という他にないもの。まさしく戦闘における芸術と言ってもいい所業だ。
巨体を回避し、大きな隙が生じたところで、トリヲは蛇頭のフレイルを最大まで巨大化。そのまま伸びきったヴァイパーロードの頭部目がけて放ち――
蛇頭のフレイルがヴァイパーロードの頭部を飲み込んで、この世から影も形もなく消滅させ――
大量の毒々しい液体をまき散らしたのち、そのまま消滅。今回も、一切攻撃を受けることなく強敵モンスターを処理した。倒した際に飛び散った液体すらも完全に回避する。
『というわけで今日もうまくいきましたね。こうやって格好いい武器なので、お見かけした際には是非とも使ってみましょう。あ、ビーストさん案件お待ちしているのでなにかあればいつでも連絡ください。それでは配信はこの辺で。チャンネル登録と高評価お願いします。それじゃあまた』
いつもの口上とともに配信が終了。
コメント欄では、ここまで見事にやられると、あの武器も格好いいんじゃないかって気がしてきたという、もう二度と現実に戻ってこれなさそうなコメントが散見された。
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