第16回 ひたすら楽してきゅうりの短剣
第二弾の切り抜き動画の最終確認をしていたところで配信開始の通知が届く。リンクをクリックして配信を開いた。配信画面に映るのは、頭陀袋を被ったパン1の男。うん。いつも通り。親の顔をよりも見た姿である。もっと親の顔を見ろ。
『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信をやっていきます』
いつも通り、統率の取れたスラム街のようなコメントが一気に流れている。一見荒らししかいないように見えるが、ここまで訓練された連中はいないだろう。変態は変態に惹かれ合う。どうやら、そういうことになっているらしい。ミヤモトマサシもそう言っている。
『いやあ、こうやって人が集まってるところを見ると、やっててよかったなぁと思いますね。案外やってみればなんとかなるもんだ。俺も嬉しいですよ』
たぶん、大抵の場合はなんとかならないと思う。なにしろ、防具をガチガチに固めていても一撃で即死するような危険なモンスターと裸で戦っているのである。はっきり言って、正気の沙汰ではない。むしろ、なんでいままで無事なのか? やっぱり、無敵チートでも使っているんじゃないのか?
『いまも無事なのは、本当に……どういうことなんだろうな』
『わけがわからないよ』
『わからないとは思うが、俺もわからねえ。恐ろしいものを味わったぜ……』
私も含め、コメント欄にいる変態どももこの並外れた異常個体を理解できないようであったが、それを楽しめてこそ変態というものだ。たぶん、それができるものだけがいまもここに残っている。この戦いについてこれないチャオズは置いてきた。
コメントを処理していくのもすっかり慣れた様子だ。もともと裸で危険なモンスターと戦っているような異常者である。爆速で流れるコメントの処理など、それに比べたら大したものではない――はずだ。たぶん。
『今日使っていく武器はこれです。食物工房さんのきゅうりの短剣です』
そう言って虚空から取り出したのはパーティグッズとしか思えない柄のついたきゅうりである。
食物工房とは食べられる武器を専門に作っている工房だ。どういう風にすればそんなものが作れるのか不明だが、どうやらそうらしい。そのあたりは、名古屋と同じく深く考えてはいけないのだ。考えるな感じろの精神でやっていかなければ、ダンジョン配信など視聴することなどできない。そんな軟弱なヤツはとっくの昔にどこかに消えている。ましてやここの主はパン1頭陀袋で戦っている異常個体の変態だ。最低でもセルジュニアくらいの戦闘力がなければ視聴など不可能である。面構えが違う。
というわけで、今日の絵面はなかなかなものだ。二本のきゅうりを持って戦うパン1頭陀袋の変態。すごく絵になるね。人気な配信者はイラストを描かれたりすることも多いが、こいつだけはイラストにすると急に薄味になってしまうのがやっかいなところである。やはり、こういう変態は実写であるからこそ美しい。二次元の変態など絵面としてインパクトに欠けてしまう。
今回はきゅうりを使っているが、食物工房は他にも食材をかたどった食べられる武器を作っている。ポピュラーなごぼうやネギ、にんじんにサツマイモやとうもろこし、マグロやアジなんかもある。そのどれもが武器として使える上に食べられるし、なおかつ調理もできる。本当にどういうことなんだろう? 世界って不思議だなあ。
なので、どう見てもキワモノ武器であるが、武器としても使える非常食としてそこそこ使われていたりもする。意外に武器としての性能もしっかりしているのも特徴だ。まあ、どの武器を使っても色んな意味で絵面は異常なものになるが、機能的ではある。たぶん、この武器を使って映えるのはこいつだけだ。やはり、パン1頭陀袋は変態武器の救世主……!
『きゅうりって結構好きなんですが、この武器はあんまり使わてないんですよね。やっぱり、短剣だとどうしても大型モンスターとは渡り合うのは厳しいですし、仕方ないってところはあるんですが。にんじんかきゅうりで迷ったんですが、浅漬けにするとおいしいんできゅうりにしました』
『なるほど。わからん』
『日本語で話しているはずなのに、意味がわからない件について』
『誰か翻訳よろ』
これを理解できるようになったら、それこそ人としてオワオワリな気がするが、それを気にし出したら終わりの始まりである。で、ここにいる視聴者ども片足どころか半身まで突っ込んでいる。もう無理だね。さっさと人生を諦めよう。それが変態として生きていくコツである。
『というわけできゅうり応援配信です。もちろん、案件じゃあございません。いつも通り案件は常時募集中ですので、概要欄にある連絡先にメールを送ってくれれば、即お受けします』
普通、常時一万人を超える視聴者を集められる配信者になると、案件などいくらでも舞い込んでくるものであるが――この男にはその様子はまったくない。パン1頭陀袋というまともな企業ならコンプラ的にアウトな姿で配信しているのだから当然ではあるが。これを面白がって話を持っていく企業は普通に考えてヤバい。たぶん、変態だぞ。
『というわけで今日これでお相手をしてもらうのは、あそこにいる竜人兵くんです』
そう言ってカメラに映るのは人型の竜のような存在。人型ではあるが、巨漢のプロレスラーですら小柄に見えるほどの体格で、その身体に見合うだけの大剣を担いでいる。人型タイプの敵の中でも、騎士系の敵と並んで強敵とされている存在だ。堅牢な防御力と俊敏さ、突破力を持った難敵である。特に竜人兵は騎士系の敵と違って鎧で身を固めていないため、より俊敏性に優れていながら、硬い鱗に覆われているため防御力は引けを取らない。短剣のような小型の武器で戦うのはかなり厳しい相手であるが――
いままで異常すぎる戦闘を見てきた私たちには大丈夫か? などという思いはまったくない。どうあれを駆使して敵を倒すのか? ただそれだけが気になるところであった。
『短剣でも竜人兵クラスの敵とも渡り合えるということを証明していきましょう。それではオッスお願いしまーす』
両手に持つ短剣を持ちかえて接近するトリヲ。何歩か進んだところで、竜人兵が気づく。大剣を構えてトリヲの動きに合わせて動き出した。
竜人兵が動き出すと同時にトリヲはきゅうりの短剣を振るって斬撃を放つ。剣系の武器につけられる風神の刃というスキルだ。見た目がきゅうりであっても、あれが武器であることに変わりはない。であれば、武器スキルを発動できるのも当然である。
竜人兵は飛来する斬撃を大剣で受けたのちにそのまま反らして完全にダメージをなくす。モンスターが行ったとは思えない見事な動きと技術。人型タイプの敵は、難敵になればなるほどこういう技術をやってくる。それでいて、人よりもはるかに強靭な肉体を持っているのだから、強敵なのは当然であった。
だが、その程度でトリヲが驚くことなどあり得ない。竜人兵が見事な動きと身体捌きで斬撃を処理した隙をついてさらに接近。大型武器の使い手がいやがるクロスレンジへと入り込む。
大剣を使う竜人兵も間合いに内側に入り込まれることは予想していたのだろう。入り込んでくるトリヲに合わせて蹴りを放つ。見事なタイミングによる迎撃。まともな相手であれば、それで動きを止めることはできていただろう。
しかし、目の前にいるのはまともな存在ではない。探索者の平均値から異様なほど離れたところにいる異常個体である。その蹴りを短剣で一瞬受けつつ、先ほど竜人兵がやってみせたように受け流して完全に捌き切った。
攻撃を捌いて横に回り込んだトリヲはきゅうりの短剣で刺突を放つ。これも剣系の武器につけられる真槍突き。極めて貫通力の高い技で、堅い防御を簡単に貫くことができる。
作り出された隙を突かれたものの、それをまともに受けるほど竜人兵は甘くなかった。命中する直前で身体を反らすことによって、急所を避け、ダメージを軽減。さらに、そのまま身体に力を入れ、己の身体を貫いたきゅうりの短剣を引き抜けないようにする。
そうされることもトリヲは読んでいたのだろう。短剣を手放しつつ飛び上がって、突き刺さった状態の短剣を蹴りこんだ。竜人兵の身体に突き刺さった短剣がさらに押し込まれる。
強靭な肉体を持つ竜人兵もそれにはたまらなかったのか、よろめいてそのまま二歩ほど後退。
そこをトリヲが逃すはずもなかった。深々と突き刺さっていた短剣をそのままつかみ取って一気に引き裂く。貫いていた肩のあたりから手首の近くまで一気に切り裂かれた。なかなかエグい映像。容赦がなさすぎる。
腕をばっさり切り裂かれては、さすがの竜人兵も苦しそうなうめき声をあげて動きを止めた。片腕は完全に破壊されたに等しい状況。だが、そのエグい傷を負わせたのはきゅうりというシュールな映像。意味がわからないが、現実のことである。
そのままトリヲは頭上を取り、二本のきゅうりを竜人兵の頭部に叩き込んで引き裂く。深々と頭部を切り開かれた竜人兵は力なく倒れこんでほどなくして消滅。今回も圧倒的すぎる勝利であった。
『短剣でも頑張れば竜人兵クラスの敵でも充分戦えます。というわけで今日の配信はこの辺で。チャンネル登録と高評価お願いします。今日使ったきゅうりの短剣は洗ってあとで浅漬けにでもして食べようと思います。それじゃあまたの配信で』
そう言っていつもの口上とともに配信は終了。
コメント欄は、モンスターやった武器を食べるとか異常すぎて怖いというコメントが流れていた。
なにを言っている。こいつが異常なことなんてあまり前だろう。その程度も予想できなかったのかと私は思いました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます