第15回 ひたすら楽して魔弾銃

 最近メジャーデビューしたというバーチャル配信者の中禅寺マリーの歌を聞きながら動画編集をしていたところで配信開始の通知が届く。今日も楽しい変態の変態による変態のための配信が始まった。テーマパークに来たみたいだぜーテンション上がるなあ。


 リンクをクリックして配信を開くと同じようにテーマパークにやってきた変態どものコメントが一気に流れていく。配信開始一分も経たずに一万人以上が集まっている。名実ともに人気配信者としか言いようのない存在となっていた。少し前まで過疎っていた配信者とは思えない勢いだ。何度も言うが、そのきっかけの一つは私である。この事実は何度でも擦っていくぞ。ゲームと同じで現実でも強い行動というのは対策されるまで擦っていくものなのだ。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきます』


 頭陀袋を被ったパン1の男の男が画面に映る。裸だというのに全然見苦しくないというのが素晴らしい。服という無駄すらも削いだ美。本当にいいね。どうして他の配信者はあんなに防具を固めているのだろう? わけがわからないよ。


『今日はなにすんだ変態』


『早くしろよ……もう待ちきれねえよ……』


『お前が配信してないと禁断症状起こしかけるから毎秒配信しろ』


 変態に脳を焼かれた変態どものコメントが濁流のような勢いで流れている。傍から見たらやばい集団としか言いようがない。だが、これが人気配信者となっているのが本邦である。ところがどっこいこれが現実……現実です……! 服着て配信やって数字集められてない人は☨悔い改めて☨


『いやあ、元気っすねみんな。俺も元気なんですけど。配信者なんて身体が資本ですからね。最近、寒くなってきてるので風邪とか引かないようにしてくださいよ』


 たぶん、ここにいる全員がこう思ったことだろう。服を着ずに配信してるお前が言うことではないと。


 だが、それは言わない……無粋なことは言わずに楽しむのが玄人。玄人は余計なことを言わずに楽しめる。こういうことを言ってキャッキャしてるようなヤツはまだ甘い。私にも、そういう風に思っているときがありました。気持ちは実写版キングダムの王騎将軍である。ミームになってる画像が目に浮かぶ。



『まあ、雑談はそこそこにして、今日の本題に入っていきます。今日は女王の古城さんの魔弾銃の初期型です』


 そういって取り出したのはオシャレな外装をしたボルトアクションライフル。


『おっ、かなりレアなヤツじゃん』


『マジか。初期版ってかなり数が少ないんだよな。どこで手に入れたんだ?』


『オシャレなライフルを持つ変態の姿』


 魔弾銃とは女王の古城の人気武器の一つである。己の血を通すことで、自在に操作できる魔弾を放てるというものだ。いまではかなりのパターンがあり、銃系の武器を持つならとりあえずこれを持っとけと言われているくらいのポピュラーなものであるが――


 ただし、それは初期型を除く話だ。そんな人気武器を、この変態が使うはずがない。この男が扱うからには、相応に理由がある。


 初期型の魔弾銃もそのあとに出たモデルと同じで、己の血を通すことで込められた弾丸を魔弾にすることができるのだが――初期型のみ、撃つ魔弾をマニュアル操作ができる仕様となっている。というか、マニュアルでしか操作ができない仕様になっている。


 弾丸を操作できる。それは初見で聞くと強いように思えるのだが――銃というものは弾丸を音速以上の速度で撃ち出すものだ。


 ここまで言えばわかるだろう。音速を超えて動くものをマニュアルで操作することなど不可能だということに。それは、各種スキルの効果で人間離れした身体能力を持つダンジョン探索者であっても変わらない。


 そのせいで、せっかくの操作機構も無用の長物と化し、この初期型はすぐに市場から消えてしまったのだが、そこで製作元である女王の古城は諦めずに次の型で一定時間狙いをつけた相手に対し自動追尾するという機能に変更したところ、一挙に大ヒット。いまではただ追尾するだけに留まらず、様々なタイプのものが発売されるようになったという武器だ。


 すぐに消えてしまった初期型の魔弾銃はかなり数が少なく、たまにオークションなんかに出ることもあるが、結構な値段で取引されている。ベストセラーになる前に出た初版本みたいな感じ。武器なので、本よりもはるかに値段が張るが、似たようなものである。


『やっぱし、自分で操作できるならやってみたいじゃないですか。ゲームでも自動周回できると便利だけど、たまには自分でやってみたくなるじゃないっすか。あれみたいなもんです』


 ホンマにでござるか~? いや、たぶん違うと思う。絶対違うわ。魔弾の操作とゲームの周回を一緒にするんじゃない。そう思っているのはお前だけだ。


『意☆味☆不☆明☆』


『変態に以外には理解できない論理』


『うんうん。それも変態だね』


 理解に苦しんでいるというのは、私以外も同じであったらしい。そもそも、それを言ったら裸で配信なんてしているのが理解に苦しむというのは言ってはいけないお約束だ。それを言ったら……戦争だろうが……! 抵抗するで拳で。


『さすがに音速を超える弾を操るのは難しいですね。でも、その分楽しいです。これを見てやってくれる人が増えたら俺としてもやった甲斐がありますね』


 たぶん、誰もやらねえと思うなあ。というか、できねえよそんなん。それができねえから駄目だったんじゃねえか。


『というわけで今日は地層エリアのほうに来ています。こっちのほうが暗いけど壁の位置とかは早くしやすいからね。というわけで目標がいるところまで移動します』


 そう言ってライフルを担いだまま移動するトリヲ。他に武器を持っている様子はない。この男なら素手でもそこらにいるモンスターくらい楽に処理できるだろうから、間違いなく大丈夫だろう。その程度でやられるのなら、とっくの昔に終わっている。なにしろ、裸である。防具というものを甘く見てはいけない。シートベルト同じである。


 コメント欄と雑談をしつつ、ダンジョン内を進んでいくトリヲ。暗く見通しが悪いものの、その歩みに一切迷いはなかった。


 しばらく進むと、比較的広い場所へと出る。その先にいるのは――


『今日のお相手はあそこで転がっているゴアアリゲーターくんです。魔弾の威力を確かめるなら頑丈な敵のほうがいいしね。すぐ倒せちゃあまり意味ないし』


 ゴアアリゲーター。通常ダンジョンワニ。ワニと言われているが、当然動物であるワニとは全く異なる存在で、ワニみたいな極めて凶暴で凶悪なモンスターである。


 特徴なのかワニのように巨大モンスターすらも飲み込めるほど巨大な顎と極めて強靭な甲殻だ。特に弾丸に対してかなり強く、銃を主体に戦っている探索者の天敵ともいわれている存在である。


 なにより、通常のワニと同じく基本的に地に伏せているため銃で狙いにくいというのも特徴だ。当然、動きも極めて俊敏である。近づかれてまともに戦うような相手ではないが、弾丸も利きづらいため離れて戦うのもまた面倒という相手であった。


『相変わらずチョイスが異常者』


『そりゃ変態なんだから異常者なのは当然だろ』


『変態が 全員異常だと 思うなよ』


 いつも通り盛り上がるコメント欄。しかし、結構な相手と戦うというのに、彼の心配をするコメントはまったく流れてこない。異常すぎる信頼感。仙道かな?


『というわけでいつも通りやっていきましょう。アイサツ代わりのアンブッシュからスタート。オッスお願いしまーす』


 そう言って雑にライフルを構えて放つトリヲ。銃声とほぼ同時に放たれた弾丸がゴアアリゲーターに命中。


 だが、ゴアアリゲーターの甲殻は防弾防具にも使用されるほど強靭で、それを貫くのは大口径のライフルであっても一発で貫通するのは難しい。


 命中した弾丸に一切ひるむことなくゴアアリゲーターは高速ではいずりながらトリヲに接近。早すぎて気持ち悪い。子供が見たら泣きそうな映像が配信画面に映っている。


 通り過ぎて行ったはずの弾丸がゴアアリゲーターの背後に命中。音速を超える弾丸を的確に操作している。


 そのうえ、トリヲは弾丸を操作しながら次弾の装填をしつつ、近づいてくるゴアアリゲーターをかわすという異常すぎる行為をやってのける。


 壁に飛びついた状態で二発目を放つ。一発目はまだ勢いを失わず、ゴアアリゲーターの周囲にまとわりついていた。


 二発目の弾丸にまとわりつかれても、ゴアアリゲーターは気にする様子はない。壁に飛びついていたトリヲにかみつかんと飛びかかってくる。その動きは、巨体を感じさせないほど軽やかな動き。


 飛びかかってきたゴアアリゲーターに一切恐れる様子もなく、次弾の装填をしながら軽々と回避をするトリヲ。三発目の魔弾を放つ。さすがに一発目に放った弾丸の勢いは失っていたが、二発の弾丸がゴアアリゲーターの周囲にまとわりつき、その身体を何度も何度も穿とうとする。


 ゴアアリゲーターはそこで地面に潜るようにして姿を消す。ただ地面に穴を掘って潜っているわけではない。文字通り、地面の中に溶けるようにして潜り込んでいるのだ。その間は、当然のことながら多くの攻撃は通用しない。


 ゴアアリゲーターが潜っている地点の地面がぶるぶると波打つ。どこにいるかはわかるが、いつ飛び出してくるかを予測しきるのは簡単なことではない。これを回避しきれず、身体の一部を食いちぎられたり、そのまま食われてしまったものも少なくないという。


 ゴアアリゲーターの潜航スキルは、地面だけではない。壁も同じく潜ること可能だ。なので、全方位から飛びかかることが可能である。


 それでもなお、トリヲに恐れる様子は一切ない。それどころか、どこから来るかわからないというのに、足を止めて待ち構えてさえいた。自殺行為に等しいものであるが――


 それは彼以外の人間にとってである。トリヲは、ゴアアリゲーターが飛び出してくるタイミングに完璧に合わせて飛び――


 大きく開いていた口の中に魔弾を放つ。


 硬い甲殻に覆われていても、口を開けばその部位が柔いのは必然である。開いた口の中に魔弾を撃ち込まれたゴアアリゲーターは、音速を超える弾丸が身体の内部を駆け巡ったことで一瞬にして破壊され――


 そのまま動かなくなって消滅。特定の行動を誘発してそこを狙うというのは強力なモンスターと戦うときの常套手段ではあるが、ここまで見事にできるのはなかなかない。さすがというより他になかった。


『というわけで、こうやってやってみると案外弾も操作できるんですね。マニュアル操作は他にない味があるので、手に入れることがあったら是非。それでは今日はこの辺で。チャンネル登録と高評価お願いします。それではまた』


 いつもの口上とともに配信は終了。


 変態っていうのは人間にはできないことができちゃうんだなーという小学生みたいな感想を抱いた私であった。

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