第14回 ひたすら楽して邪神の腕
私が動画を作っている間も、ひたすらトリヲのチャンネル登録者は伸び続けていた。はじめて配信を見かけてからまだ半年も経っていないというのに、まさかこれほどのことになるとは、またしてもこの海のリハクの目をもってしても見抜けなかったが、所詮人生なんてものはそんなものである。なるようになるし、ならないときはならない、ならなかったら死ぬのだ。そうやって適当に割り切って生きていくのが人生のコツである。
そんな哲学めいたことを思いながら動画を作っていたところで、配信開始の通知が届く。今日も元気に変態ウォッチだ。妖怪ウォッチみたいでなんか素敵。子供に愛されそう。語感だけは。
『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきます』
そう言って映ったのは頭陀袋を被ったパン1の男--ではなかった。パン1ではあったが、頭部が怪物としか思えないものになっている。いきなりこの画面を見たら、ブラクラでも踏んだかと思うレベルのものが映っていた。
『配信始まったらと思ったらブラクラ踏んだんだが』
『おかしいな。こんな怪物がパン1のはずがない……乗っ取りか?』
『逆に考えるんだ。怪物があの変態にのまれたのではないかと』
変態を視聴している変態どもも予想外の姿に驚きを隠せないようであった。
だが、さっき聞こえてきた声は少しくぐもっていたものの、間違いなく彼のものである。やはり、邪神にでも脳を吸われたのではないかだろうか? 確か、邪神系モンスターに脳を吸われていたことが発覚した配信者も過去にはいたが――
『今日の武器を使うために、ちょっとだけイメチェンしてみました。なかなかイケてるでしょ』
嬉しそうな顔をする怪物。たぶん、あの怪物の下にある彼が嬉しそうにしているからそれが反映されているのだろう。無駄な機能をつけるな。
『独特すぎるセンス』
『やはり俺たちの変態はレベルが違えや』
『あまりにも大胆すぎるコーデ。オサレファッションリーダーニキネキもこれにはニッコリ』
『#イメチェンとは?』
まあでも、基本コーデはいつも通りだし、確かに言われてみればちょっとしたイメチェンなのかもしれない。ちょっと奇抜な帽子を被ってるのと同じでしょたぶん。これこそが2020年代の最先端ファッション。ダンジョンってファッションの聖地でもあったんだ。パリコレなんてもう遅い。時代はダンジョンである。
『今日使う武器はこれです。もうつけてるんですが、邪神の腕です。この間、邪神モンスターを倒したら手に入ったので、これはネタにしなきゃならんと思って急遽変更しました』
……おいこいつ、いまなんて言った? 間違いでなければ邪神モンスターを倒したと言っていたように聞こえたが――正気か? SAN値足りてなくない? あるいは、SAN値が高すぎてなんかおかしくなってない?
邪神モンスターとは、天層エリアに超低確率で出現する極めて強力なモンスターである。本来であればレイドで戦うフロアボスよりも強力と言われているほどで、運悪く遭遇して、そのまま二度と見かけなくなった探索者も少なくない。
『さらっとトンデモないこと言い出したんだがコイツ』
『なんでそれを配信しなかった。やるとこ完全に間違えてるだろ』
『配信外でも面白い変態、トリヲ』
他の視聴者たちも同様の動揺を抱いていたらしい。なにしろ、出会うことすら稀な邪神モンスターである。恐らく、コイツのことだからソロで倒したのだろう。ますますもって正気ではない。SAN値が極限まで振り切ってオーバーフロー起こしてバグってないか? 修正はよ。
どよめいていたものの、それを『いやあ、そのとき配信機材持ってきてなくて』で済ますトリヲである。彼にとって邪神モンスターをソロ討伐するなど、取るに足らない日常らしい。幻影旅団かなにかか?
『というわけで今日はこの邪神の腕を使っていきます。たぶん、誰にもわからないと思うのでどんな感じの武器かというと、これ自体はただの腕にはめる皮みたいなもんなんですが、今日被ってるこれを装備すると――』
両腕が触手に変貌する。この間のオクトパスクローよりも禍々しく、数がそれぞれ一本であったが極めて太く、強靭そうであった。
『こんな風に腕が変形して、邪神ごっこができます。この頭も一緒に装備しないとこうならないので、邪神ロールプレイをしたいなら必須の装備ですね』
ぶっとい触手に変形した両腕を振るうトリヲ。本当に身体に影響はないのだろうかと心配になるものの、こいつならなんとかなるだろという根拠のない安心感も確かるある。
『お前以外そんなロールプレイなんてやらねえよ』
『というか、そんなわけわからんもん被って大丈夫か?』
『大丈夫だ、問題ない』
相変わらずの勢いでコメント欄が流れていくが、適当に雑談をしながらそれを捌いていくトリヲ。
この圧倒的量のコメントを捌くのも慣れたようであった。トリヲ俺誇らしいよ。お前がこんな立派な配信者になってくれて。切り抜き動画できっかけを作った甲斐があった。これだから、ダンジョン配信者の推し活はやめられねえ。
『前やったオクトパスクローとは違って、本数が少ない代わりに太いので、打撃が強力ですね。これで夢のタコ拳法が使えます。もし、これを手に入れたら是非とも体験してみましょう。飛ぶぞ』
それ以前に、そんなものを手に入れることができるのなんてそういないと思うが。昔のポケ〇ンの色違い並みの出現率とか言われているし。
『(違った意味で)飛びそう』
『お前以外がやったら脳を吸われそうだな』
『邪神とコラボしても平気な変態。一体俺はなにを見ているんだ……』
邪神の頭を被っているパン1の男よりも先にインターネット越しでこの配信を視聴している者たちのほうが先にSAN値が尽きそうな勢いである。大丈夫かこの配信。大いなる存在とか目覚めたりしない? 困るんだけどそういうの。たぶん、死ぬのは私たちだけで、この男はピンピンしてそうではあるが。
『というわけで、今日はこれを使って戦っていきたいと思います。それじゃあ、少し移動しましょう』
そう言って移動を開始するトリヲ。
どうやら、今日来ているのは天層エリアのようである。まさかとは思うが、邪神モンスターが落とした武器を使って邪神モンスターと戦うとか言い出すのではないだろうか? さすがに、そんな都合よく出現するとは思えないが、このダンジョンに愛された変態であれば、それすらも起こしてしまいそうに思えるのが恐ろしい。
『邪神モンスターと戦いたいところなんですが、さすがに狙って遭遇はできないので、今日はあそこにいる邪神の眷属で我慢していこうと思います』
そう言って映し出されるのは、クトゥルフ版鵺みたいなモンスター。
邪神の眷属とは、邪神系モンスターの配下で、その種類は一般人がバットや角材で殴って倒せるような雑魚から、いま配信画面に映っているような巨大モンスターまで多岐に渡る。現時点で確認されているだけでも百近くはいたはずだ。
当然、いま映っているのは、強力な眷属であることは間違いない。それも、フロアボスに匹敵するようなレベルの。しかも、見たことない種類の巨大種の眷属だ。少なくとも、記録に残っている巨大種の眷属とはどこも異なっているように見えるが――
『あのー、もしかしてその眷属、新種だったりしますか?』
『いや、まだあわてるな。新種だと確定したわけでは……』
『やっぱこいつ配信うますぎるわ。なんなんだホント』
『ま。今日の配信の映像と、倒したときに残った一部を提出して、新種かどうか確かめてもらいます。そうなると臨時収入になりそうなんで、なにか武器を買おうかな。色々気になってるのもあるし』
『その前に服か防具を買え』
『服なんて着たら動きづらくなるだろいい加減にしろ』
『服がなんのためにあるか知ってるか? 脱ぐためだ』
ここまで頑なに防具を買おうとしないのは本当になんなのだろう? やはり、マスクの類以外を身につけるとアレルギーでも起こしてしまうのかもしれない。重いと命に支障をきたすもんねアレルギーって。それなら仕方ないね。
『それじゃあ、あいつと戦っていこうかと思います。オッスお願いしまーす』
そう言って、触手に変貌した両腕を使って大きく跳躍して邪神の眷属に接近するトリヲ。
上を取り、伸縮性、柔軟性、強靭性に富んだ触手をしならせて叩きつける。
邪神の眷属は不意を突かれ、頭部と思われる場所に触手が命中。相当の衝撃が加えられたのか、一撃でよろめく。暴力というやつは邪神の眷属であって平等らしい。実にいいね現代的で。
攻撃に使用した触手と逆の触手を伸ばして吸着させることで身体の支えを作り、そこから力を吸い上げるようにしてよろめいたところに蹴りを叩き込む。首の部分に容赦なく蹴りを叩き込まれた邪神の眷属はさらにバランスを崩した。
そのまま触手を壁に伸ばして吸着させたのち、壁を蹴って追撃を行う。触手を上から振り下ろす。それは、極めて柔軟性に富んだ鈍器と言って差し支えのないものであった。
バランスを崩したところに容赦なく上から叩き込まれた邪神の眷属はそのまま地に伏せる。
そこを逃すはずもなく、触手を伸ばして邪神の眷属の頭部をぶち抜くトリヲ。頭部を完全に破壊された邪神の眷属はそのままうめき声を発したのち、そのまま弾けるように消滅。
『蹂 躙 成 功』
『やはり、眷属程度では変態の相手にはならぬ……』
『変態の悪魔』
『今日は少し違った感じで配信やってみましたが、どうだったでしょうか。あとでコメントとか感想とか見に行くのでよろしく。チャンネル登録と高評価お願いします。それではまた』
いつもの口上とともに配信を終えるトリヲ。
今日の配信も、脳に瞳を得たかのような素晴らしいものだったな。
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