第13回 ひたすら楽して見えざる両刃剣

 一気にダンジョン配信者としての知名度が上がってしまったので、もはや私が動画を作る必要なんてないんじゃないかと思いながらもやはり止めることができずに、編集を続けていたところで配信開始の通知が届く。すぐさまリンクをクリックして配信を開く。


 配信開始から一分も経たないうちに、もうすでに一万人を超える視聴者が集まっていた。別段、なにか特別なことをしているわけでもない、いつも通りの配信のはずなのに、これだけの人が集まるというのはなかなかない。


 とてつもなく遠くに行ってしまったような気がする。私が作った切り抜き動画でバズって寂しさを感じていたことが遠い昔のようだった。


 それでも推し変をしようとは思わなかった。有名になったからと言って、推しを変えるなど推し力の足りていない惰弱がやることである。どんな時でも推しであることを貫き続けなければ、推しなどと言えるはずもない。誉れは浜で捨てようと、推しを変えることは簡単にしてはならないのだ。そのような軟弱ものだから、同じ推しに対して推し活を続けられなくなるのである。ファンが増えたからと言ってなんだというのだ。推しの愛が私に対して向けられていたわけではないことなどはじめからわかっていただろうに。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきます』


 いつも通り、配信画面に映る頭陀袋を被ったパン1の男。ここまでかたくなに防具を着ない理由はなんなのだろう? まさか、防具を着ると死んでしまう呪いでもかかっているのだろうか? まさかそんな、とは思うものの、この男ならあり得るかもしれないと思えて否定できないのが怖いところである。


『今日もやってんねえ!』


『いつも裸だけど風邪ひかないの?』


『この程度で風邪ひくくらいなら裸で配信なんてするはずない件について』


 視聴者の数がこれだけ増えても、コメント欄の雰囲気はまったく変わっていないというのは異例である。異様に統制が取れ、秩序が保たれているスラム街。下手な人気配信者のところよりもコメント欄の治安はいいという矛盾。これも裸芸の力なのかもしれない。コメント欄が荒れて悩んでいる人は、一度パン1で配信をしてみるのがいいのかもしれない説。


『なんかすごいことになってますねえ。配信のためにチャンネル開くたびに冗談みたいに数字が増えてるので驚きですよ。でもまあ、俺はやりたいようにやっていくのでよろしく。最近、高い武器を買うのも躊躇しなくなりましたし』


『武器を買う前に服を買え変態』


『服を着たら変態じゃなくなっちゃうだろ!』


『それは困るな……俺たちだけが変態になってしまう』


 一見荒れているように見える、実はまったく平常通りのコメント欄。ここの配信に足を踏み入れたものはすべからずこの空気に飲まれてしまうので、もしかしたらここは彼の固有結界なのかもしれない。


『というわけで今日の武器はコレです――と言っても見えないっすね。神秘王朝さんの見えざる両刃剣です』


 そう言ってなにかを取り出すが、画面にはなにも映っていない。だが、配信画面に映っている彼は何かを持っているのは間違いなかった。


 神秘王朝というのは神秘力を活かしたクセのある武器を作っている工房で、彼が持っている(らしい)のは見えざる刃というシリーズの武器である。


 その名の通り、まったく視認できない。見えない武器を一体どうやって作っているのかまったく不明だが、どうやらそういうことになっているようだ。世界というのは不思議である。なにしろダンジョンが生えてくるくらいらしね。


 見えないというのは当然のことながらかなり強力で、大抵のモンスターはこの武器を視認することはできず、気づかれている状態であっても、不意の一撃を浴びせられる武器であるのだが――


 しかし、見えないのは持っている当人も例外ではないため、非常に扱うのが難しい。使っている自分にだけ見えるという都合のいいものではないのだ。誰かに見えなければ自分にも見えない。これを十全に扱えるのは、盲目の者だけだとも言われているが――


 中でも両刃剣は単純に武器としても使いやすいものでもなく、使用者もそれほど多くない。そのうえ見えないという絶大すぎるマイナス要素までもある。扱えるものなど、武器と添い寝しているようなトップレベルの探索者でもいないはずであるが――


『おっ、今日は正統派の変態武器じゃん』


『変態武器に正当もクソもないのでは?』


『おっと、それは言っていけないお約束だ』


 まったく武器が見えていないというのに、いつも通り盛り上がっているコメント欄。こいつらは頭陀袋を被ったパン1の変態さえ映っていればいくらでも盛り上がれる変態どもである。武器が見えないことなど、大したことではない。えらい人にはそれがわからんのです。


『で、今日戦っていく相手は、霧の暗殺者です』


 カメラに先にうっすらとした人間とそれほど変わらない存在が映る。


 霧の暗殺者とはその名通り、霧のように姿を消すことができる人型エネミーだ。こちらを認識すると、姿を消し、不意打ちを仕掛けてくる。外部の情報取得のほとんどを視覚に頼っている人間にとってはとてつもなく厄介な相手だ。


 一度触れれば視認できるようになるのだが、暗殺者の名の通り、極めて俊敏で、姿が消えた状態で触るのは至難の業である。


 姿を消したこの敵を捉えることができずにやられていった探索者は非常に多い。それが、タイマンであったのなら絶望的だ。


 霧払いの松明というアイテムがあれば強制的に視認させられることができるのだが、なかなか手に入らないレアアイテムで、所有している者はかなり少なく、簡単に対策もできていないというのが現状であった。


 なにより、この男がそのように簡単にできることをやるはずもない。一体、なにをしてくれるのだろうか?


『姿の見えない相手と戦うパン1の男……アリだな』


『なにがありなんだよ。完全に放送事故じゃねえか』


『考えるな。感じろ。それがこの配信の鉄則だ。力抜けよ』


『当然ですが、霧払いの松明は使いません。使ったら面白くないですからね。こっちも見えない武器を使うんだから、卑怯なことをするのはよくないですし』


『#卑怯とは?』


『そもそも武器どころは姿が見えないのなんて卑怯そのものだろ』


『卑怯な相手であっても、卑怯なことはしない……古事記にも書いてある』


『というわけでしばらく相手の姿は見えませんけど、ちゃんと戦うので、見てってください。それではオッスお願いしまーす』


 そう言って見えない両刃剣を構えなすような動きをしたのち、うっすらと見えている霧の暗殺者へと近づいていくトリヲ。


 霧の暗殺者はすぐさま接近してくるトリヲに気づき、その姿が消える。カメラに映っているのは、見えない武器を持っている変態だけだ。


 トリヲしか映ってないというのに、なぜか緊張が走る。どこから敵が現れるのか。それをどうやって捉えるのか。遠く離れた場所にいるはずなのに、近くで見ているような感覚となる。


 霧の暗殺者が姿を消したことを確認したトリヲは足を止め、その直後、まるで姿を消したまま近づいてきた霧の暗殺者が見えていたとしか思えないように振り向いて見えない武器を操って攻撃を防いだ――らしかった。


 そのまま手を伸ばすと、霧の暗殺者が姿を現す。それは見事としか言いようのない絶技。


 姿を消すという最大のアドバンテージを失った霧の暗殺者は大きく後ろへと飛んだ。見た目は人間とそれほど変わらないが、あくまでもそれは見た目だけで、ヤツもれっきとしたモンスターである。人よりもその力は圧倒的に強力だ。


 その手に持つ曲がった短剣に力を込め、斬撃を飛ばしてくる。赤黒いそれはまさしく命を刈り取る力に満ちていた。


 それを己にもまったく見えないはずの武器を操ってそれを無力化し、一瞬にして近づく。両刃剣を振り払い、霧の暗殺者を斬る。


 しかし、攻撃に合わせて引いた霧の暗殺者を仕留めるには至らず、胸のあたりをわずかに切り裂いたに留まった。モンスターにとっては、活動に支障をきたさないレベルの軽傷。


 霧の暗殺者は横に飛びつつ、数本の短剣を投げつける。極めて正確な投擲。暗殺者に相応しいものであった。


 その短剣にも一切動じることなく防ぐトリヲ。操っている武器はまったく見えていないのに、完璧にそれを扱えていることが誰にでもわかる光景が配信画面に映し出されている。


 横に飛んだきりの暗殺者にトリヲは追いすがる。その動きで翻弄するはずの暗殺者が翻弄されるという光景。まさに衝撃的であった。


 逃げられないことを悟ったのか、霧の暗殺者は反撃に転じてくる。俊敏な動きで接近し、その手に持つ曲がった短剣でトリヲを貫こうとした。


 だが、トリヲは冷静にその攻撃を捌くと同時に霧の暗殺者をつかんでそのまま押し倒す。押し倒した霧の暗殺者を見えない両刃剣で貫いた。倒されたところに急所を貫かれ、なすすべなく霧の暗殺者は消滅。


『姿が見えなくても攻撃が当たるなら倒せるを体現している男』


『お前こそ、万夫不当の変態よ』


『うわあ変態つよい』


滝のような勢いで流れるコメント。その勢いはしばらくの間続いていた。


『というわけで、今日は見えざる両刃剣を使って戦ってみました。よかったらチャンネル登録と高評価お願いします。それでは今日はこの辺で』


 いつもの口上とともに配信が終了する。


 まさか、見えない武器を使って見えない相手と戦って、ここまで見栄えのある配信をできるのは彼だけだろう。やはり、なにがあっても推すしかない。私は改めてそう決意したのであった。

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