第12回 ひたすら楽して彗星砲

 トリヲが有名迷惑系配信者堂島ムザンを完膚なきまでに叩きのめしたということは瞬く間にインターネットの世界を席巻した。


 SNSのトレンドも一時は彼に関連する話題に飲み込まれ、インターネットは変な武器を使って強敵とたった一人で戦っている変態の話題で持ちきりになった。


 トリヲに手を出した結果、無様な姿を全世界にさらした挙句、一分の言い逃れもできない完全敗北をした堂島ムザンは一生消えることのないデジタルタトゥーを刻まれることになり、そのまま摘発され送検され、チャンネルも永久凍結することになった。


 普通に考えれば、もう二度と復帰などできない状況ではあるが――どうなるかは誰にもわからない。ただ一つ言えることは、極めて悪質な存在を叩きのめしたということである。


 また、今回堂島ムザンが逮捕されたことによって、ヤツの取り巻きだった迷惑系配信者や関わっていたとされる半グレグループも一挙に摘発されることになった。私の推しは、長らく誰にも成し遂げられなかったことをたった一人で、ものの三十分程度でやってしまったのだ。


 これによってトリヲのチャンネルはさらに登録者を伸ばし、たった一日で人数が倍以上になるという事態。もはや、私が作った切り抜き動画でバズったことが誰も気にならない小さな事態となってしまった。それだけのことをやったのは間違いないのだが、少し寂しい気持ちがあるのは否定できない。


 そんなことがあっても、今日も配信開始の通知が届く。どれだけ大きくなったとしても、私の推し力は変わらないし、有名になる前から追っていたという事実は変わらない。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていきまーす』


 この間、あれだけのことをやったにも関わらず、いつもと変わらない調子で配信を始めるトリヲ。当然、パン1頭陀袋というスタイルは変わらない。


『これが堂島ムザンをボコした変態ですか?』


『どっちが悪役なのかこれもうわかんねぇな』


『逆に考えるんだ。変態でもいいと』


 流れるコメントの勢いはさらに増している。恐ろしく早く流れるコメント。俺であっても見逃しちゃうね、としか言えない速度であった。たぶん、これを配信しながら読めたらもう人間じゃないと思う。


『あとで調べたらこの間の絡んできたの、なんか有名な人だったみたいですね。邪魔してきたから、よくわからないまま倒しちゃいましたけど、まあでも、反応を見ている限り、悪いことをしたわけじゃあなさそうなので別にいいか。あんなの気にしてもしょうがないし』


『圧倒的強者の風格』


『パン1の変態じゃなかった惚れていた……』


『マイナス面がデカすぎるッピ』


『ま、もう終わったことですし、今日の配信をやっていきましょう。今日使う武器はコレです。彗星砲っす』


 そう言って虚空から取り出したのはもはや人間が使うことを考えてないだろとしか言えない大砲である。


『白竜の教室さんが誇る、超ロマン砲ですね。この武器自体はみなさん知っているかと思います。有名ですし、他の配信者さんもネタにしている方もいますので』


 この武器は、とんでもなく巨大にすることで極限まで威力を高めた魔力を使って放つ大砲だ。とてつもない威力がある分、燃費はすこぶる悪く、魔力スキルを最大まで振っていたとしても、ものの数秒で魔力を使い切ってしまうという驚異の武器である。


 なので、魔力量イコール戦闘のリソースと言っても過言ではない魔法を主体にしたビルドでなければ真価を発揮できないにもかわからず、これを使うと戦闘のリソースをほぼ使い切ってしまうため、使い勝手がすこぶる悪いという武器でもあった。


 そのせいかダンジョン配信者はこれをどう使うのがいいのかあれこれ企画をやっているものの、有効な使い方はまた見つかっていない。もっと長く撃つことができれば、メタルゴーレムのような完全に魔法が利かない相手以外、大抵は打ち倒せるという武器ではあるが――


『なので、今日はこれを通常よりも長く撃ち続けることで敵をぶっ倒してみようという企画です。用意するのは霊薬です。非常に楽ですね。この霊薬ですが、飲んでから十秒くらい、魔力消費が一切なくなります。これを使えばこの彗星砲くんも十分利用できるんじゃないかと思いまして』


『あっ(察し)』


『さらっととんでもないこと言い出して草』


『なんだこいつ!』


 コメント欄にどよめきが巻き起こる。


 それもそのはずだ。霊薬はダンジョン内のモンスター身体の一部や独自の植物や微生物といったものを混ぜ合わせて作るものだが、それは極めて複雑で、なにより通常では考えられないような反応や薬効を示すものもかなりある。


 そのため、霊薬の作成はダンジョン探索に不可欠な武具を作る工房を超えるほどの市場のある産業であり、とてつもない人数が携わっている。新規の霊薬の作成は言うまでもなく、すでに作成方法が確立されている霊薬の合成ですらも一つの産業として成り立っているレベルなのだ。素人が適当なものを混ぜ合わせて作ったものが、特別で効果の強いものになる確率など、サルがタイプライターを打ってシェイクスピアを書くくらい低いと言われている。


 しかも、短い時間とは言え魔力の消費が一切なくなるというのはとんでもない発見という他にない。新しい霊薬の作成を確立したものはそのロイヤリティーで一生困らないほどの財産を得られるとまで言われているほどなのだ。


 それを、この男が見つけ出したというのだろうか? あまりにも理解を超えた事実に脳がバグる。


『一応、言っときますが、さすがに新規の霊薬の作成をやったのは俺じゃないです。その素材になるものの提供はしましたけど。よさそうなのができたっていうし、面白そうだったので使ってみることにしました』


『その霊薬作ったのなにもんだよ』


『躊躇なく治験を買って出る変態……』


『ヤバいヤツとヤバいヤツのコラボじゃん』


 この配信を撮影しているヤツといい、今回でできた新規の霊薬を作ったヤツといい、彼のまわりにいるのもかなりの異常個体という他にない。やはり、変態は変態と惹かれ合うのか。


『いちおう、どんなのを使ったのかは出しておきます。そのうち、論文とか出るらしいので、詳しく見たいのはそっちも見てね。あとでリンクを張っておきます』


 そう言って概要欄に追加されたのは、滅多に遭遇できないレアモンスターや深層階や高層階でしか出てこない強モンスターの素材が羅列されている。


 本当になんなのだろうこいつは。様々な部分で規格外すぎる。もしかして異世界転生者かなにかか?


『で、今回の相手はあそこにいるヒュージマジックウィスプくんです。魔法が利く相手だったらやるまでもないですし、かといって魔法が一切効かなかったらそれはそれでだめですしで、色々考えた結果、こいつに決まりました』


 カメラに映るのは超巨大な幽霊のような存在。


 ヒュージマジックウィスプは悪霊系の敵で、霊体らしく物理攻撃はまったく通らず、神聖属性以外の攻撃にも耐性を持つという敵である。その中でもマジックウィスプ種は魔法攻撃に対する耐性が高い。


 その代わり、神聖属性の攻撃を行うと簡単に倒せるというのが特徴であるのだが、巨大種となると耐久力も上がり、弱点を突いても簡単に倒すことができない相手となる。


 それを魔力攻撃を使って倒すというのは正気とは言えない行動としか言いようがないが――


 だが、彗星砲はとてつもない威力を誇る。撃ち続けられさえすれば、高い耐性があっても関係なくなるほどに。


 そして、今回彼が用意したのはそれを可能とする霊薬である。あの圧倒的威力を誇る彗星砲を十秒も撃ち続けることができたら、魔法攻撃が一切通用しない相手出なければあるいは――


 本当に可能なのか? にわかには信じられないが、そのにわかには信じられないことをやり続けてきたのがこの男である。いままで彼の配信を欠かさず追ってきていた私にはできないとはどうしても思えなかった。


『それじゃあ、狙いをつけて――っと。オッスお願いしまーす』


 そう言って最後の微調整をしたのち、霊薬を一気に飲み干して彗星砲を放つ。


 放たれるのは、彗星というのに他ならない巨大なレーザー砲。そんなものをダンジョンの中で撃って大丈夫かと言いたくなるほどの光線が離れた位置にいたヒュージマジックウィスプに照射される。


 不意を突かれたヒュージマジックウィスプはそのまま彗星砲のすさまじい威力に飲み込まれ――


 十数秒続いた彗星砲の照射が終わった時には、文字通り一切残ることなく消滅していた。


『いやあ、すさまじい威力ですね。魔法耐性の高いヒュージマジックウィスプですらなにもさせずに倒しきれるとは。充分実践に使えるポテンシャルはありますね。これを証明できてよかったです』


 魔力を使い切ったのか、その声には疲れがはっきりと感じられた。魔力を使い切ると、かなりの倦怠感に襲われるという。恐らく、そのせいであることは間違いなかった。


『さすがに今日は疲れました。それじゃあ今日の配信はこの辺で。チャンネル登録と高評価お願いします。それじゃあまた』


 いつもの口上とともに配信を終え――


 配信が終わっても、コメント欄ではしばらく彼の周囲にいる人間への考察が続いていた。

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