第11回 ひたすら楽して対人戦闘

『本当にパン1でダンジョンうろついてる馬鹿がいやがるぜ』


 そう言って配信画面に映ったのは数人の男たち。全員防具で顔が隠れていたものの、声を発したリーダー格と思われる相手が何者なのかすぐに理解できた。


 ダンジョン配信者の堂島ムザンである。少し前から問題になっている、いわゆる迷惑系という配信者の中でも最も有名かつ悪質で厄介な存在だ。


 堂島ムザンは単純な迷惑行為のみならず、違法スキルのアイテムや武具の販売仲介などといった明確な違法行為にも手を染めており、ダンジョン配信界隈の半グレの元締めともいわれている。


 一応、ダンジョン内にも規律やルールもあり、治安維持を行う者たちもいるが、極めて広いうえに危険なモンスターがそこかしこを徘徊しているため、外のように取り締まるのは難しい状況で、治安はまさに世紀末と言ってもいい状況としか言いようがない。


 そのうえ、堂島ムザンはダンジョン探索者の中でもトップクラスの実力を持っており、生半可な相手では太刀打ちできず、下手に歯向かうと仲間を使っての悪質な嫌がらせやリンチ行為も平気で行うようなヤツなので、ほぼ野放しとなっているのが現状である。ヤツに目をつけられた結果、悪質な嫌がらせの大けがを負わされ、ダンジョン探索から引退せざるを得なくなった者や、死んだ者さえもいる。


 それでもヤツはまったく気にすることなく、我が物顔でダンジョンという閉ざされた空間内で無法を行い続けている。


 そのため、多くの配信者はヤツに関わりたくないし、目をつけられるようなことはしない。まさにダンジョン配信者界隈の名前を言ってはいけないあの人みたいな存在である。


『あのーどこの誰か知らないっすけど、なんか用っすか? これから配信終わろうとしていたとこなんすけど』


 トリヲは別段気にしている様子もなく堂島ムザンに返答。その声の様子からして、堂島ムザンのことをまったく知らない様子のようであった。


『ガチの放送事故じゃん』


『やべえよ……やべえよ……』


『変態と迷惑系の悪魔的コラボ』


 様々なコメントが流れているが、いつもとは明らかに違う空気に支配されていた。コメント欄から聞こえるはずのないどよめきが聞こえてくるような気がする。


『あ? てめえ喧嘩売ってんのか?』


 堂島ムザンは苛立ちをはっきりとにじませて威嚇するような声を発する。


『いや、あんたなに言ってんすか。知らない人がいきなり自分の配信に現れたらそういうのは当然だと思うんですけど。それに、質問にはちゃんと答えてほしいっすね。もう一度言いますよ。なんの用っすか?』


 堂島ムザンに一切恐れることなく、いつも通りの調子で返答するトリヲ。彼の言葉は最もであるが、それを面と向かって堂島ムザンに言える人間などそうはいない。なにより、画面の向こう側にいる彼には、普段の視聴者の滅茶苦茶ばコメントにも一切気にすることなくコミカルさはまったくなかった。ただ淡々と、己の配信を邪魔しに現れた堂島ムザンに対応している。


『おいどうすんだよ。本当にやべえんじゃねえのか?』


『通報したほうがいいのか?』


『ダンジョンで通報したってしょうがねえだろ。そんなことやってどうすんだよ』


 ガチの放送事故にコメント欄の困惑はさらに強くなる。


 同時に、どこからか噂を聞きつけてきた者たちがこの配信に集まってきて、気づいたらとんでもない数の視聴者が集まっていた。


『ああ? いい加減にしろよてめえ。ふざけてんのはてめえのほうだろうが。この状況でよく舐めた口利いてんな。頭湧いてんのか?』


 苛立ちは強く感じられるものの、堂島ムザンは声を荒らげてはいなかった。それは明らかに脅し慣れているヤツのもの。そのあたりの手腕は、さすがダンジョン配信者界隈の半グレと言われているだけのことはある。


『知りませんけど。なんも用がないんなら邪魔しないでくれませんか? 俺はあなたに用なんてないですし。ひと仕事終えたんで、そろそろ帰りたいんですけど。あと、ここそれなりに高層階だからこんなところで油売ってると危ないっすよ』


 明らかな脅しをされても、トリヲはまったく動じる様子はない。はじめと一切変わることなく堂島ムザンに対応していた。


 剣呑な空気に、コメント欄はさらに困惑と混沌に支配されていた。


 普段の視聴者たちと、どこからか騒ぎを聞きつけてこの配信にやってきた荒らしたちがさまざまなコメントを書き連ねて、もはや誰にも制御できる状況ではなくなっている。


『てめえ……本当に死にてえらしいな』


 堂島ムザンはそう言ってトリヲをつかもうとする。


 だが、トリヲはなんの躊躇もなく堂島ムザンの手を払いのけた。ここで反撃されると思っていなかった堂島ムザンがわずかによろめく。


『それも知らないっすね。死にたくないならわざわざこんなことやってないと思いますし。それより、この辺にしときませんか? こんなことやってもお互い別になんの得もしませんし』


 その返答を聞いて、堂島ムザンの怒りも最高潮に達したのだろう。なにもいうことなく、武器を取り出してトリヲに向ける。


 堂島ムザンの取り巻きもいつでも対応できるように武器を構えた。トップレベルの実力を持つ探索者を含めて五対一という状況。どう考えても、勝てるはずのない状況としか言いようがなかった。


『……ところで、それを向ける意味、お兄さんたちわかってます?』


『さっきからなに言ってんだてめえ! ぶっ殺されてえか!』


 どれだけ脅しをかけても動じることはなかったトリヲに対して怒りを我慢しきれなくなったのか、ついに声を荒らげる堂島ムザン。武器を構えて取り囲んでいる取り巻き立ちからすらもうっすらとした恐怖が感じ取れる。


『それなら、じゃあいいです』


 トリオは一切感情が読み取れない声でそう言い、剣を一本ぬきだして、堂島ムザンのもっとも近いところにいた取り巻きに躊躇することなく投擲。


 それは、防具がどうしても薄くならざるを得ない首の部分を的確に切り裂く。首を切り裂かれた取り巻きの血が堂島ムザンの防具へと振りかかった。


『誰だか知りませんけど、ダンジョン探索しているならこの程度では大丈夫でしょう。どうせすぐ終わりますし』


 いきなり取り巻きの一人が倒されたことで堂島ムザンの動き出しは遅れてしまった。堂島ムザンが反撃をしようとしたときには、もうすでにトリヲの姿はそこにはなかった。


 トリヲは一瞬にして堂島ムザンの後ろへと回り込んで容赦なく後頭部に蹴りを叩き込む。隙を突かれたことで、堂島ムザンはさらに大きく体勢を崩された。


 堂島ムザンの体勢を大きく崩すと同時に三本の剣を取り出して投擲し、最初の一人同じように首を切り裂いて一瞬にして戦闘不能とする。それは、神業としかいいようのない手際であった。


『てめえ!』


 体勢を崩されていた堂島ムザンが体勢を立て直して反撃をしようとしたときにはもうなにもかもが遅かった。


 トリヲは剣を取り出して投擲して堂島ムザンの腕を貫き、蹴りを決めて振ろうとしてた武器を弾き飛ばす。


 そこまでやったところで、はじめて堂島ムザンから動揺が感じ取れた。なにかを言おうとしたところで、そのままトリヲに倒しこまれる。


『さっき言いましたよね。それを向ける意味わかってます? って』


『おい待て。なにをするつもりだ?』


『答えを教えておきましょう。あんたが俺に向けたそれは、脅しの道具じゃないってことです。で、武器をなにに使うものかくらい、ダンジョン探索やってるのなら、わかっていることでしょう?』


 トリヲは剣を引き抜く。


 そこまで言ったところで、自分たちが誰に絡みにいったのかようやく理解できたようであった。


『おいおいおい待てよ洒落になってねえだろそれ』


『先に洒落にならないことしたの、そっちですよね。まさか自分がされると思ってなかったんですか?』


『ま、待て。話なら聞いてやる。なにが目的だ。金か? 大抵のモノなら用意できる自信が――』


『この状況で話を聞いてやるって、少し虫がよすぎないっすかね?』


 トリヲは引き抜いた剣を押し倒した堂島ムザンに向け――


 堂島ムザンが次になにかを言う前に、それを一切躊躇することなく振り下ろした。


 それは、堂島ムザンのすぐ横を貫いて――


 直後、堂島ムザンの顔面に拳を叩き落とした。


『あんたみたいなの殺しても仕方ないですし、その辺で勘弁しといてあげますね。というかあんた、最近格下としかやってなかったでしょ。だいぶ動きがなまってましたね。もう聞こえてないとは思いますが』


 拳を叩き落とし、顔面を覆っていた防具を破壊して一撃で堂島ムザンを戦闘不能にするトリヲ。


 その異常すぎる光景を目の当たりにした視聴者たちは、もともといた視聴者たちだけでなく、騒ぎをどこからか聞きつけてやってきた荒らしまがいに連中まで湧き上がっていた。


『なんか変なことになっちゃいましたけど、今日の配信はこの辺で。チャンネル登録と高評価お願いします。それじゃあまた』


 そう言って何事もなかったかのように配信を終了するトリヲ。


 それを見た私は、次に投稿する動画はこれしかないと決まったのだった。

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