第10回 ひたすら楽して聖律剣生成器

 本当にこれでいいのだろうかと思いながら、第二回の切り抜き動画の編集をしていたところに配信開始の通知が届く。リンクをクリックして配信ページへ移動。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていこうと思いまーす』


 もはや日常の一部となった頭陀袋を被ったパン1の男。……なんというかこの男が日常の一ページになっているのは人としてまずい気がするが、それでも推しゆえにやめることなどできるはずもない。最近は多様性が大事っていうし、パン1姿で全世界に配信している男を推していたって問題ないはずである。


『今日はなにしやがるんだ変態野郎』


『どうして他の配信者って裸でやってないんだろうな……おかしくない?』


『駄目だコイツ……早くなんとかしないと……』


 今日も変態の配信に集まって、もじもじし始める変態どものコメントが流れていく。一万人を超える人間が集まってパン1男を見て盛り上がるなど少し前だったら考えられなかったことだ。時代も変わったなぁ。やはり多様性か。


『あ、そうそう。この間の配信で登録者が十万人を超えました。これで俺も人気配信者って言ってもいいってことですよね。たぶん、近々銀盾も届くかと思います。届いたら見せるのでよろしく』


 個人でこの勢いで十万人を突破するというのは、最近ではなかなかない。いまの時代、ダンジョン配信者をやるならまず大手に所属しろと言われているくらいである。それをこの男はやり遂げたのだ。その大きな要因となった切り抜き動画を作ったのは有名なる前から彼を推していた私だということは一生擦っていくぞ。強ワザは相手に対策されるまで擦っていくのが常套なのだ。これを超えられるもんなら超えてみろ。


『変態も十万人集まったのか……たまげたなぁ』


『そういえば、私女だけど、私と同じように彼を推してる女変態おる?』


『女変態って語感のえぐみが強すぎて草』


 ここにいるぞ! あのコメントを書いていた変態が本当に女かはわからんが、少なくともこの私は女であることに間違いない。しかも、彼が登録者が三桁になったばかりくらいのバズる前から推していて、バズるきっかけを作ったのがこの私だ。


 というか、気づいたらここの視聴者の名前が変態になっている。いや、確かにそうだけどもうちょっとなんとかならなかったのかとも思うが、ここに集まっている誰もがそうなので否定できるはずもない。わかりやすくていいじゃないか。外面は最悪だけど。


『というわけでそろそろ本題に入りまーす。今日の武器はコレ。聖律剣生成器っす』


 そう言ってトリヲが背を向くと同時に、FPSのキャラが背負っているようなジェットパックのようなものが現れる。


『これは聖律教会さんの新作で、こうやって背負った本体から無限に剣を抜きだせるのが特徴の武器です』


 そう言って羽のように突き出している部分から剣を引き抜く。


 聖律教会という工房は主に対アンデット、死霊系に有効な武器を専門的に作っているところである。アンデット、死霊系は地層エリアで幅広く出現し、数も多く、しっかりとどとめを刺さないと何度でも復活する厄介な敵だ。


 そういったアンデット、死霊系の敵を復活させず、なおかつとてつもなく有効な武器を作っているため、地層エリアに潜るなら大抵の探索者はなにかしら持っているという広く利用者のいる工房である。


『見た感じ、ビビっと来たんで、とりあえず確保しておきました。無限に剣が出せるっていいですよね。ロマンを感じる。当然、聖律教会さん製なので、アンデッド系、死霊系にも有効なのが嬉しいっすね。どういう仕組みでこうなってるのかは知らんけど、俺としては使えればそれでいいし』


 引き抜いた剣を投擲。しばらく飛んで行ったところで、投げられた剣は煙のように消えてしまった。恐らく、ある程度使い手から離れたら消えてしまう仕様なのだろう。


『こいつのセンスに触れるということは……』


『たわけ、言ってはならぬことを言ってしまったな』


『もしかしたら今日で人気になるかもしれないだろいい加減にしろ』


 私もそう思う。見たところ、だいぶ特殊すぎる感じだし、使い勝手もいいようにはとても見えないが――そんな武器を使いこなして強敵を蹂躙するのがこの変態である。


『一般的なこの武器、この通り剣がいくらでも引き出せるので、弓使いの方が矢替わりにして撃ち出すって感じみたいっすね。取り出せる剣もカスタムすれば矢みたいに形状変更できるみたいですし。弓は銃以上にものがかさばるから、確かによさそうっすね。アンデッド系が復活しなくなる矢って気軽に消耗するには結構勇気がいる値段しますし』


 そう聞くと、なかなか悪くなさそうな武器のように思えるが――


『ただ、いくらでも剣を取り出せる代わりに、めちゃくちゃデリケートです。小型モンスターに軽く小突かれたくらいで壊れます。現状だと耐久性に難がありすぎて、あんまし使われてないみたいです。せっかく画期的な武器なのに。残念です』


 耐久性が低いというのは武器として致命的だといっていい。性能が良くても耐久性に劣っているから使わないという探索者もかなりいるくらいである。なにしろ、ダンジョン探索中はメンテナンスなども最低限にしかできないのだ。それだけで使わない強い理由になるといえる。


『ただ、いっぱい剣を出せるなんてイカした武器なんで、使わないのはもったいなすぎるので、これをひたすら楽して使っていこうってのが今日の配信の趣旨っすね。とりあえず、今日のお相手のところまで移動』


 そう言って移動を始めるトリヲ。一緒にカメラも動き出す。


『そういや誰かが別に撮ってるっぽい視点だけど、誰がやってんの?』


『お、もしかして女か?』


『撮影しているのか……俺以外のヤツと……』


 そういえば、いまだに彼はこの配信の映像を撮っているはずのカメラマンへの言及をしていない。それが意図的なのかどうなのかはわからないが――この男の撮影に付き合う人間というのは一体何者なのだろう? もしかして、とんでもない人間だったりするのだろうか?


『聖律教会さんの武器を使うのならアンデッド系の敵がいいと思いまして、今日の相手はあそこにいるエルダーヴァンパイアくんです』


 となると、今日彼が来ているのは地層エリアでもかなり深いところだろう。


 エルダーヴァンパイアはヴァンパイアの上位種で、弱点が多いものの、耐久力の高いアンデッド系の中でも極めて不死性が強く、弱ると霧や蝙蝠になって逃げていくので倒すのが難しく厄介な相手である。


 なにより、ヴァンパイア系の敵は吸血を行うことで、その対象を呪いに感染させ操るという行動も行う。吸血された相手はその呪いが解除されるまでヴァンパイアの制御下におかれ、吸血行動を行うようになり、その吸血された存在からもその呪いは広がるため、一人吸血されると大惨事になりかねないという危険な相手でもある。特に大人数でパーティーを組んでいるときにそれが起こると、一気に戦線が崩壊してもおかしくない。


 当然、ヴァンパイア種は戦闘能力もかなりものだ。グール系のように鈍重ではなく、幽鬼系のように聖律教会に武器や光属性の魔法で簡単に倒せるといこともない。上位種のエルダーヴァンパイアとなればなおさらである。


『じゃ、今日はこれを使って戦っていこうと思います。それでは行きましょう。オッスお願いしまーす』


 カメラに軽く挨拶してからエルダーヴァンパイアへと近づいていくトリヲ。剣を三本取り出してエルダーヴァンパイアが気づく前にそれを投擲してあいさつ代わりのアンブッシュを入れる。


 投げられた三本の剣は見事にエルダーヴァンパイアの身体を貫く。付与されている効果により、エルダーヴァンパイアの身体を内側から焼いていき、白い蒸気のようなものが上がる。


 だが、三本もの剣に身体を貫かれても、エルダーヴァンパイアはそれで止まるような雑魚ではない。右腕を怪しく光らせて爪を振るい、斬撃を飛ばしてくる。


 トリヲは己に向かってくるそれを、剣を再び取り出しつつ巧みな操作で受け止めそのまま弾き返す。弾き返された斬撃により、エルダーヴァンパイアの身体が切り裂かれる。


 エルダーヴァンパイアは身体を蝙蝠に変化させ一瞬にしてトリヲへと近づく。背後を取った。左腕をその身体に見合わないほど巨大なものへと変化させ、それを振るう。


 しかし、蝙蝠に身体を変化させて背後を取ってくるというのを読んでいたのだろう。振り向きざまに攻撃を受け流しながらカウンターを決めるトリヲ。蹴りこんでエルダーヴァンパイアの体勢を挫く。


 そこに重ねて取り出した剣を叩き込んでいく。さらに二本、エルダーヴァンパイアの身体に突き刺さった。


 それでも、エルダーヴァンパイアは止まらない。人間と変わらない体格をしているが、その身体の頑強さ、強靭さはけた違いなのだ。そのうえ、人間であれば即死するような傷を負っても再生が可能である。


 エルダーヴァンパイアは後ろへと飛びつつ、周囲に赤い杭を出現させてそれを飛ばす。裸である以上、一発でも受けることになれば、致命傷は避けられないだろう。


 飛んでくる無数の杭を何事もなかったかのように軌道を反らし、飛び、踏み込んですり抜けていくトリヲ。まさしく踊るような足捌きと身体捌きであった。


 無数の杭の嵐を潜り抜けたトリヲは計八本の剣を取り出して投擲。それは、エルダーヴァンパイアの全身を貫く。四肢、胴、首、頭部。あらゆるところに取り出した県が突き刺さっていた。


 当然、アンデッド系に対して有効な聖律教会製の武器である以上、極めて不死性が高いエルダーヴァンパイアであってもただでは済まない。あれだけ刺さっているとなると、身体の相当の部分が焼けただれていることだろう。


 分が悪いと判断したのか、エルダーヴァンパイアは身体を変化させてここから逃げようと試みる。


 それを見たトリヲは手を打ち鳴らした。同時にエルダーヴァンパイアに突き刺さっていたすべての剣が一気に爆散。エルダーヴァンパイアを完全に消滅させる。


『トリヲ最強トリヲ最強トリヲ最強』


『神回しか生み出さない配信者』


『お し り』


 小突かれると簡単に壊れてしまうと言っていたが、それなら攻撃受けなければいいんじゃね? というのを地で行くのがこの男である。常にパン1で戦っているこの変態にとって、壊れやすい武器などデバフにはなり得ないのだ。


『今日は聖律剣生成器を使ってみました。よかったらチャンネル登録と高評価お願いします。それでは――』


 いつも通りの口上で配信を終えようとしたその時、それが起こった。

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