第9回 ひたすら楽して理力変換の大錫杖

 次の動画の見どころをどうするべきか悩んでいたところで、配信開始の通知が届いた。当然、即リンクをクリックして配信を開く。配信を見ていれば、なにかいい感じのことが思いつくかもしれないのだ。決してさぼっているわけではない。絶対にだ。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信始まりました』


 毎度のことながら配信画面に映る頭陀袋を被ったパン1の男。色んな意味で狂った存在である。パン1という明らかすぎる異常のせいで、他の違和感に気づけないという大きな罠。もっと他に特徴があれば、何者かわかるかもしれなかったが――


『今日も来てやったぞ変態野郎』


『イメチェンとかせんのか?』


『イメチェンするような甲斐性があったらこんな姿で配信なんてやらない件』


 一気にコメントが流れていく。バズってからもいつも通りに配信を続けているうえ、もともとのコンテンツ力とインパクトが強いので、気づけばそろそろ十万人の大台に到達しようとしている。立派な人気配信者と言ってもいいだろう。


 まさか、ここまで短期間で爆発的に伸びることになるとは。そうなったらいいなと思っていたが、本当にそうなるとは。これだから人生というのはなにが起こるかわからんものである。


 そのきっかけになったのが私が作った動画なのだから、ドヤ顔して自慢してもいいだろう。友人に早口でしゃべってドン引かれたことが懐かしい。この人数になってくると、なにかしらで認知しているかもしれなかった。


 それにしても、パン1でおかしな武器ばかり使って戦う変態がこんなに人気になってよかったのだろうか? もしかして私はとんでもないモンスターを世に放ってしまったのでは? でもまあ、格好は変態そのものだが、そこ以外に関しては常識がありそうなので大丈夫でしょ、たぶん。私は知らない。俺は悪くねえ!


『おかげさまでとんでもない伸び方をして、なんか登録者が十万人になりそうなので、本当に切り抜き動画作ってくれた方、ありがとうございます。いつも通りやっていくつもりですけよ、よろしく』


 そういったトリヲの声は嬉しそうである。まさかこれがここまでバズるとはなぁ。もしかしてこの国やばいんじゃない? それ以前に東京二十三区がダンジョンに飲まれた時点でもっとやばかった気もするが、それは気にしてはいけないお約束だ。なんでそうなったかなんてなにも考えてなどいない。世の中というのに、それっぽい物語などありはしないのだ。なんというか、なんかそういう感じになっているのである。ノリと勢いで差をつけろ。


『おう今日はなにすんだよあくしろよ』


『さっさと変態武器使って汚物を消毒しろ』


『ヒャッハー! 待ちきれないよーん』


 常に誰も追えない速度と量のコメントが流れているのを見ると、本当に有名になっちゃったんだなぁという遠い気持ちになってくる。大学の時、マイナーなインディーズバンドばかり追って、有名になったら別のバンドを探すということをよくやっていたバンギャの友人の気持ちがいまになって理解できた。とんでもないヤツを私だけが知っているという優越感はなんとも言い難い愉悦である。私にもそんな気持ちが理解できる時が来るとは。人生ってすごいなあ。


『今日はこれです。理力変換の大錫杖です。理力変換系の杖は言うまでもないっすよね。今日はこれを使っていこうと思います』


 虚空から出てきたのは、杖というのはあまりにも巨大なモノ。ぶん殴るだけでも充分威力がありそうな得物である。


 理力変換系の武器というのは、白竜の教室という魔法系武器を専門に作っている工房の武器であり、その名の通り、使い手の魔力を物理攻撃に変換して攻撃できるというものである。


 ダンジョン内には、魔法攻撃に対して極めて高い耐性を持っている敵や、以前の配信に出てきたようなメタルゴーレムのように魔法攻撃が一切効かないという敵も少なくない。


 魔法系を主体としたビルドの探索者がそういった敵に対抗するために作り出されたのがこの理力変換の杖である。他の杖のように、これを使って魔法系スキルを発動することはできず、注ぎ込んだ魔力を物理的力と変換して殴るシンプルなものだ。


 物理系スキルを削るのが一般的な魔法系ビルトにとっては、数少ない強力な物理攻撃ができる手段でもある。当然のことながら、あくまでも物理攻撃ができるというだけであって、できることならこれを使わずに済むのならそれに越したことはない武器だ。


 しかし、この武器の場合、なにを思ったのか武器自体を強力にしてなおかつ魔力を変換すればとんでもない火力を出せるのでは? というような酒で酔った勢いのまま考えたとしか思えない武器だ。


 武器を重く、巨大にし、なおかつ魔力変換してさらにその威力をブーストさせられるため、確かにすさまじい威力を持っているのだが――


 この武器を持てるくらい物理系スキルに振っているのなら、普通に強力な物理系武器を持って魔法を使ったほうがいいんじゃね? と、制作した白竜の教室もすぐそれに気づいてしまい、発売からほどなくして廃盤となってしまった悲しき運命のもと生まれた武器でもある。


『王道変態武器キタコレ』


『#王道の変態武器とは? コレガワカラナイ』


『いいんだよ細かいことは気にすんな。感じろ』


 待望の武器が見えたところで、一気にコメントが流れていく。反応はさまざまであったが、見たところ悪くはなさそうである。


『今日は、斬撃タイプのヤツです。この前、アウトレットショップで見つけたのがこれだったので。見たところ、あんま使われてなさそうです。残念ですね。武器は使ってこそナンボなのに。俺の買うヤツ、どういうわけか未使用品とかほぼ未使用のヤツばかりなんすよね』


 そういうと、杖の先から青白い刃が出現。そのフォルムは幅広の刃を持った巨大な槍である。


『あっ(察し)』


『カンのいい変態は(以下略)』


『戻れ! トリヲ!』


 ガヤガヤとコメント慌ただしく流れていく。そりゃあ、パーティグッズみたいな変な武器ばかり買ってたらそりゃそうだろ、とここにいる誰もがそう思っているが、直接的にそうは言わないのでやはり訓練されたコメント欄である。


『ま、それはそれとして。今日戦う相手のところまで移動しようかと思います。少々お待ちください』


 そう言って移動を始めるトリヲ。今日は見たところ、天層エリアに来ているようであるが――


 適当にコメントを拾いながら進んでいくトリヲ。はじめは爆速で流れていくコメントに戸惑っていたようだが、最近はそれにも手馴れてきたようであった。これが、成長か。まるで自分の子供を見ているかのようである。


『今日の敵はあそこにいる暗黒星の呼び声です。見るからに宇宙人って見た目がいかしてますね。こいつは魔法攻撃にも斬撃にも弱いので、この武器の火力を試すにはうってつけでしょう』


 カメラに映るのは、確かに見るからに宇宙人というフォルムの存在。ただ、でかすぎんだろ……としか言いようがないほど巨大であった。ダンジョンの天井すれすれである。


 確かに彼の言う通り、あの敵は魔法攻撃にも斬撃にも弱いといわれているが、広範囲に及ぶ魔法攻撃を得意とし、閉所であるダンジョンでは、場所によっては回避しきれないことも珍しくない。


 当然、巨大なので力任せに四肢を振るわれるだけでも脅威だ。彼のように防具の加護がない状態で受ければ死は避けられないが――


『相変わらずチョイスがイカレてて草』


『一体、今日はどんな変態プレイを見せてくれんだ……(もじもじ)』


『待ちきれねえぜ、はよせいや』


 一気にもじもじし始めるコメント欄の変態ども。やはり、変態は変態と惹かれ合うのか。あまりにも嫌な宿命である。


『まあまあそんな焦らずに。それじゃあ、そろそろ行きましょう。オッスお願いしまーす』


 そう言って刃を展開して暗黒星の呼び声に近づいていく。


 しばらく進んだところで暗黒星の呼び声もトリヲに気づき、すぐさま魔法を唱え始める。


 暗黒星の呼び声の頭上に巨大な光の玉が出現し、それが一気に拡散。無数のレーザーが全方位に放たれてた。


 暗黒星の呼び声の呼び声の魔法攻撃の一つ、彼方からの呼び声である。発動を止められないと、あらゆる方向にレーザーがまき散らされるという広範囲の魔法攻撃だ。


 だが、トリヲは周囲にばらまかれるレーザーに一切恐れることなく、その隙間をかいくぐるようにして進んでいく。確かに放たれるレーザーとレーザーの間には多少の隙間があるが、大抵のものはそこに自ら突っ込むことはできないだろう。ましてや、被弾したら死にかねない状態ではなおさらである。


 無数のレーザーを潜り抜けたトリヲは暗黒星の呼び声が次の攻撃を行う前に接近して武器を振るう。もともとの高威力に魔力を乗せたどこまでも火力を追求したその一撃を足に受け、バランスを崩す暗黒星の呼び声。


 攻撃後、一度展開していた刃を消し、刃を展開する錫杖の先から物理的な力を噴出することで高速で移動しつつ攻撃を行う。要領としては爆速金鎚で行った加速と同じであるが、簡単にできることではないのは間違いなかった。


 そのまますれ違うようにして再び足を攻撃し、転倒させる。弱点である巨大な頭の位置が低くなった。


 再び力を放出して転倒した暗黒星の呼び声の頭上を取ってそのまま限界まで力を注ぎ込んだ錫杖の刃を振り下ろす。


 それは、人間が放ったものとは思えないほど巨大で分厚い斬撃であった。頭部を両断され、極彩色の液体をまき散らしたあとにそのまま消滅。最初の一撃を潜り抜けたあとは、まったくなにもさせずに倒すという、常識はずれの所業であった。


『いやあ、すごい威力ですね。この火力は癖になりそうです。それでは今日の配信はこの辺で。チャンネル登録と高評価お願いします』


 いつもの口上とともに何事もなかったかのように配信を終了するトリヲ。


『大錫杖の火力、気持ち良すぎだろ!』


『お前も魔力まみれにしてやろうか?』


『お前も大錫杖を使わないか?』


 今日も今日とて、配信が終わってもしばらくコメント欄は盛り上がっていた。

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