第8回 ひたすら楽して大鉄球拳
推しがバズって有名になっても、私のライフワークは変わらない。いや、推しているからこそ、より彼を知ってもらうべきであろう。そう思って第二の切り抜き動画をどうしようかと考えていたところで配信開始の通知が届く。当然、即リンクをクリックして配信を開く。
『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信を始めたいと思いまーす』
いつも通り画面に映る頭陀袋を被ったパン1の男。慣れ親しんだ光景であるが、いままでと違うのは――
『おっ、やってんじゃーん!』
『もはや他の配信者が裸でやってないことに違和感を感じる……』
『おいお前、正気に戻れ。その先は地獄だぞ』
配信開始前から待機していた者がいたのか、私が来た時にはもうすでにコメントが流れていた。
推しというのであれば、彼が枠を取ったら即待機を始めるべきではないのだろうか? 通知が来てから配信に行くのでは速さが足りなくない? そんな恥の思いが私の中に生まれ出る。誉れは浜で死んでも、恥はあるのが日本人なのだ。それを忘れてはならない。
『あーこの間の配信ですが、めちゃくちゃコメントが来てあんまり読めなかったので、配信終わってからひと通り目を通しておきました。なんかすごいっすね。まさか俺にも春が来ちゃったか~嬉しいなあ』
頭陀袋を被っているので表情は見えないが、配信に乗っている声は嬉しそうであった。やはり、推しが嬉しそうにしているのは最高だ。いまは効かないが、いずれガンにも効くようになるに違いない。
『で、この間の配信ですげえ人が来てチャンネル登録も増えたので、ついに収益化できました。これで俺もいっぱしのダンジョン配信者っすね。これで堂々とできるなあ』
ついに来たか、と思った。この男のコンテンツ力なら、これを機会にしてさらに数字を増やしていけるはずだ。そのきっかけを作ったのは有名になる前から推していて、その大きな要因となった切り抜き動画を作った私である。これは実際、私が彼を生んだと言っても過言ではないのでは?
『もうすでに堂々としている(意味深)件について』
『どう考えても収益化しちゃいけない存在だろ。どうしてこうなった』
『お気づきになられましたか……』
だが、これは彼がさらなる高みへと昇る始まりである。有名になる前から推していた古参ファンとして新参相手にドヤ顔とかしてみたい。
『とりあえず、配信の収益は基本的に配信で使っていこうかと思います。これからもやっていきますのでチャンネル登録と高評価お願いします』
『そこは律儀で草』
『ちゃんとするならもっと他にやることがあるだろ! いい加減にしろ!』
『カンのいいガキは嫌いだよ』
好き放題なコメントがかなりの勢いで流れていく。なにからなにまで自由なコメント欄である。バズった配信者の配信が荒らされるなどよくあるが、ここのコメントはまだニュービーどもばかりのはずなのに訓練されすぎている。どうなってんのインターネットって怖い。
『というわけで、今日使っていくのはコレです。大鉄球拳です』
そう言って虚空から両手に鉄球が装着される。でっかいドラ〇もんの手みたいになっているパン1の男というシュールすぎる映像。知らない人間が見たらコントかなにかだと勘違いしてもおかしくない。
『拳系武器は負荷が小さくでかさばらないのでスキル発動用のサブ武器としてよく使われていますが、この武器はあまり使われていないみたいなので、今日の題材はコレです。これを使えば簡単にドラ〇もんになれるのでみんなも使ってみようぜ』
一気に、『いやです』というコメントが流れる。誰かが指示しているわけでもないのになんでこんなに統率が取れているのだろう。もしかしたらここだけ十年以上前のインターネットなのかもしれない。パン1男は時間すらも超越する……?
今回彼が使う大鉄球拳という武器は見てわかる通り、拳に装着して殴る武器だ。先ほど彼が言った通り、負荷が小さく、かさばらないので体力スキルを削りがちな魔法系のビルドを筆頭に、スキル発動のためによく使われている。
だが、この大鉄球拳は大きいので攻撃力こそ随一なものの、カテゴリの中では最重量、他の種と比べてもそこそこ負荷があり、特殊な付帯効果もないので、サブで持つには重いがメインで使うのはちょっと……という不遇武器だ。
なにより、装着すると見た目が完全にドラ〇もんになるので、見てくれが非常にダサい。ネタとしてはなかなかであるが、常に死の危険があるダンジョン探索で面白に走るのは命知らずの狂人かセンスのおかしい異常者だけである。
『今日は、これを使ってひたすら楽して拳でわからせていこうかと思います。それでは、敵がいるところまで移動するので、ちょっと待っててください』
『もじもじ』
『くそ……じらしやがってこの変態野郎が……』
『絶対お前のことをわからせてやるからな……』
変態の配信に集まっているだけあって、コメント欄もなかなかの訓練された変態が集まっていた。なんだろう。簡単にこの世の地獄を再現するの、やめてもらってもいいですか?
しばらくコメントと雑談しながら進んでいったところで、トリヲは足を止めてカメラを別方向に向ける。
『今日の相手は黄金の粛清騎士です。やっぱ殴り合いをしてわからせるなら、人型の敵がいいですよね。そう思いませんか?』
カメラの先に映るのは暗いダンジョン内では非常に目立つことこの上ない金ぴかの鎧で全身を固めた騎士である。人型ではあるが、巨漢と言われるレベルの人間の二回りは大きい。
『また結構やべーのをチョイスしてきたな』
『悲報。変態、黄金の粛清騎士を拳でわからせようとしてしまう』
『やりますねえ!』
粛清騎士は人型の中でも難敵である騎士系エネミーでも上位の存在で、黄金はその中でも最上位のクラスである。全身の鎧と大盾で固めた極めて堅牢な防御力に、重い鎧で全身を固めているのがウソのような機動力を持ち、近接系の魔法まで織り交ぜてくるという攻守ともに隙のない相手だ。本来であれば、何人かでパーティーを組んで挑む敵で、間違ってもパン1タイマンで殴り合いを挑む相手ではない。
『やっぱりやってること狂ってんな』
『正気じゃなかったらパン1で配信なんかやるわけないだろいい加減にしろ!』
『そろそろ狩るか……♠ってコト?』
『今日は殴り合いなので、他のも担いでいこうかと思います。みんな大好き青亀の甲羅です』
そう言って虚空から青い亀の甲羅を取り出して背負う。腕に鉄球をつけて甲羅を担いだパン1頭陀袋の男という、およそ考えられる限り最悪の絵面が配信画面に映し出される。
『あ! これゲームで見たことあるやつだ!』
『そんなもの見ちゃいけません!』
『非現実を現実にしてしまう男がそこにいる』
『これで、スタミナの回復が少し早くなるので、殴り合いをするならうってつけですね。なにより、これでドラ〇もんっぽくなれるのが最高。子供のころの夢が一つ叶っちまったぜ……』
その言葉は、心からそう思ってなければ出せない感情がこもっていた。面白いと思ってやっているのだろうと心のどこかで思っていたニュービー視聴者どもは驚きを隠せないようであった。そんなので驚いていたらこいつの配信なんて見てられないぞ。やっぱり、まだまだ踏み込みが足りんな。
『というわけで、実践に移っていこうと思います。よかったらチャンネル登録と高評価お願いします。それではオッスお願いしまーす』
そう言って異形のスタイルで黄金の粛清騎士へと近づいていくトリヲ。カメラもそれに追従する。
黄金の粛清騎士は、すぐさま接近してくるトリヲに気づいた。今回戦うのは、一番オーソドックスな剣と盾を装備した個体。
騎士系の敵は基本的に剣、槍、弓のいずれかを持ち、剣と槍を持っている個体は騎乗している個体もいる。それぞれ微妙に取ってくる行動が違っており、槍個体は防御重視、弓個体は感知範囲が非常に広く、離れていると容赦なく弓を打ち込んできて、騎乗個体は突破力と機動力で一気に攻めてくるという具合だ。
当然。、剣個体だからと言って弱いということはまったくない。そもそもがかなりの強敵なのだ。弱いなどあるはずもない。
トリヲに気づいた黄金の粛清騎士は、堅牢な鎧で全身を固めているとは思えない速度で接近。まともに受ければ人間の身体など容易に両断できるような大剣を振り下ろしてくる。
しかし、この程度で怖じるような私の推しではない。向こうの攻撃を己の拳で受け流した。完璧なタイミングであったが、さすがは黄金の粛清騎士。その程度で体勢を崩すことはなかった。見事な身体捌きで一瞬で崩されかけた体勢を立て直す。
体勢を立て直している間の隙をつき、トリヲは拳を叩き込む。一切無駄のない動作で放たれた一撃であった。それで黄金の粛清騎士の顔面に叩き込む。
だが、顔面を殴られた程度で止まるはずもない。トリヲの拳に一切ひるむことなく反撃を仕掛けてくる。巨大で分厚い大盾によるバッシュ。防具の加護がない状態でまともに受ければ、全身の骨が砕かれてもおかしくないほどの威力があった。
黄金の粛清騎士のシールドバッシュの出かかりを己の拳で一瞬だけ受け止めたのち、身体を翻すことでその力を散らして受け流す。コント芸人みたいな格好で行われる超絶技術。それを見て先ほどまで好き放題言っていたコメントが一気に色めき立った。
シールドバッシュを見事に防がれたとしても、粛清の黄金騎士は動じることはない。流れるような足捌きで踏み込んで剣による薙ぎ払いを放つ。その動きも見事なもので、まさしく騎士というに相応しいもの。
そうしてくることを彼は完全に予測していたのだろう。再び完璧なタイミングで黄金の粛清騎士の攻撃を拳で受け流した。
受け流してわずかに動きが止まったところに飛び上がって回し蹴りを入れる。わずかに崩れたところを蹴りこまれたことによって、驚異的な体幹を持つ黄金の粛清騎士であっても大きく姿勢を崩した。
そこをトリヲが逃すはずもない。下から掬い上げるようにして黄金の粛清騎士の足を取って転倒させ拳を叩き込む。倒されたところに渾身の一撃を打ち込まれる黄金の粛清騎士。普通の相手であればそこで終わっていたはずだが――
騎士系の敵の中でも最強クラスの黄金の粛清騎士はそれすらも耐えきった。倒しこんできたトリヲを振り払ってなんとか体勢を立て直す。一歩後退し、頭部を変形させて金色の炎を吐く。黄金の粛清騎士のみがやってくるブレス攻撃。極めて範囲が広く、近づいている状態であると回避が困難な攻撃の一つだ。
その行動すらも読んでいたのだろう。黄金の粛清騎士が後ろの飛びのきながら炎を吐くタイミングに合わせて宙に飛んでそれを見事に回避。上を取って両足で黄金の粛清騎士の首を挟んでそのままひねって転倒させる。
そこから空中で姿勢を変えつつ蹴りこんで倒れこんだ黄金の粛清騎士の顔面に再び拳を叩き込む。配信画面すらも揺るがす一撃。さすがに黄金の粛清騎士といえども、それに耐えきることはできなかった。そのまま動かなくなり、消えていく。
『やってることエグすぎて草』
『エグエグの実の能力者かなにかですか?』
『この変態、強すぎ……?』
一気に大量のコメントが流れていく。
『というわけで、黄金の粛清騎士を拳でわからせてみました。というわけで今日はこの辺で。チャンネル登録と高評価お願いします。それではまた』
いつもの口上とともに配信が終了する。
配信が終了しても、しばらくはコメント欄でわいのわいの盛り上がっていた。
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