第7回 ひたすら楽して悪霊呼びの大鐘

 私の目の前でとんでもないことが起こっている。投稿したトリヲの切り抜き動画がバズったのだ。更新をするたびに見たことない勢いで増えていく再生数と評価数。それは間違いなく私が思い描いていたことであったが、実際に起こると困惑を通り越して恐怖すら感じるほどである。


 それでも、配信開始の通知はいつも通り届く。こんな状況だからと言って――こんな状況だからこそ彼の配信を見に行かなければ。爆発的に視聴者が伸びるチャンスである。有名になる前から彼を推していたのだから、それはなによりも優先しなければならないことであろう。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信を――って、なんだか見たことないくらい視聴者数なんですけど。なんか俺やっちゃいました? 炎上するようなことしたかなぁ』


 別段それほど気にしている様子もなく言うトリヲ。


 今日の配信は、バズる前の配信の千倍近い視聴者がいるのだ。もっと驚いてほしいところであるが、これも彼の味であろう。


『本当に頭陀袋パン1で草』


『実在するタイプの高難度ゲームによくいる変態じゃん』


『まじかよ。わてにゃんのコミュ抜けますwwww』


 普段の配信だったら流れないようなコメントが爆速で流れていた。盛り上がっているのはうれしいものの、同時にどこか悲しさを覚える。なんだろう。私は話題になる前からこいつを推していて、そのきっかけを作ったのに。わしが育てた。そう言いたくなる気持ちは否定できなかったが、私はあくまでもそのきっかけを作っただけだ。こうやって現実にバズったのは、もともと彼が持っていたポテンシャルだろう。話題になるくらいのことをやっていたのは私が一番よく知っている。


『へー。俺の切り抜きがバズってんだ。知らなかったなー。切り抜き動画なんで作ってもらってたんだ。そういうの、あんま興味なかったけど、そういうの聞くと嬉しいね。でもまあ、せっかくたくさん人が来てるみたいだし、いつも通りやっていこうかと思います』


『意外とまともなこと言ってて草』


『画面をよく見ろ。どう見ても変態だぞ』


『見るからにやべーヤツがまともなこと言っていると必要以上にまともに見えるグリッジ行為やめろ』


 こうやってコメントで突っ込んでるヤツらを見ると、おっここは初めてか? 力抜けよ。と言いたくなる後方腕組サブカルクソ女の私であった。


『今日の武器はコレです。悪霊呼びの大鐘です。おともがいるレイド戦での雑魚敵のヘイト反らし以外であまり使われてないみたいなので、今日はコレで敵をぶっ倒していこうと思います』


 虚空から長い棒の先に巨大な鐘がついたものを取り出す。


 この武器は文字通り、振り回したりスキルを使用したりすると、ゆっくりと敵を追尾する悪霊を呼び出すという武器だ。


 悪霊呼びと呼ばれる天層の幅広いエリアに出現する敵の最上位種である王族の悪霊呼びが落とすものであり、なかなかのレア武器である。


 もう一つの特徴として、見た目の通り鐘のため、振り回すと大きな音が鳴り、周囲の敵を呼び寄せてしまうという効果を持つ。なので、これを持って戦っていると、どんどん敵が寄ってくるということになりかねないため、忌避されている武器でもあった。例外的に、雑魚敵を呼び寄せるボスなどが相手のときに、雑魚のヘイトを反らすために使われるが、入手難度の高さと使い勝手の悪さから、これをメインに使っている探索者はほぼ皆無であろう。


 なにより、これを唯一ドロップする王族の悪霊呼びは、己が呼び出す眷属以外に下位の通常種と貴族種を多数従え、本体も凶悪な攻撃能力を持つ遠近ともに隙のない相手である。そのうえ、悪霊呼び種はこちらが近づくまで姿を消しているため、どこに出現するかわかっていないと接触を避けるのが難しいというのが厄介だ。


 あいにく、王族種が出現することはかなり低いが、それでも通常種も貴族種も厄介な敵として認識されている。天層エリアに行く際には対策が必要と言われているほどだ。


『予想以上にやべえ武器持ってきてる。どうすんだコレ』


『オイオイオイ、あいつ死ぬわ』


『ほう、悪霊呼びの大鐘ですか。たいしたものですね』


 好き勝手なコメントがかなり速度で流れていく。まさかこの変態が大手配信者みたいになるとは……この私の目をもってしても見抜けなかったわ……。


『でかい鐘で殴るなんてなかなかできることじゃありませんし、やっぱり、武器は使ってこそのものです。雑魚敵のヘイト反らしにしか使われないのはあんまりじゃあないですか。なので、今日は俺がこの武器を使って、少しでも利用者を増やしていきたいと思います』


『そうはならんやろ』


『なっとる……なってないし、ならないなたぶん』


『一体俺はなにを見ているのだろう。教えてママ』


『見ての通り、かなりでかいので筋力スキルが結構必要です。四十くらいですね。呼び出す悪霊は魔力スキルと神聖力スキルで威力が高まるので、最大限に威力を発揮しようとすると、かなりのレベルが必要になりますね』


『使い勝手悪すぎで草』


『それでも! この変態なら!』


『まだあわわわわわわわわ』


『それで、今日戦ってみるのはあちらに映っている星の娘ちゃんです。やっぱり、いつ見てもかわいいフォルムしてますね』


 そう言って画面に映し出されるのは、本当に生物なのだろうかと言いたくなるような名状しがたき存在。見ているだけで宇宙的な狂気に飲まれそうになる。


『星の娘ちゃんきちゃ~』


『いつ見てもかわいいな。どうして俺のところにはやってきてくれないんだろう?』


『星の娘ちゃんなら俺の隣で寝てるよ』


 駄目だこいつら。そろいもそろって啓蒙が高すぎる。もしかしたら、脳に瞳を得た上位者の集まりかもしれない。パン1の変態を見に来るのだから、それくらい当然か。画面に映ってる変態からして、その可能性は捨てきれないし。


『かわいいフォルムをしているからといって、容赦はしません。やっぱり、この武器が使えるということを示していかなければなりませんから』


『🔥トリヲ🔥』


『でも、推しがリョナられているところは実際興奮する』


『いつまで待たせる気だよこの変態野郎が』


 恐らく、どこよりもカオスなコメントが津波のように押し寄せていると思われた。こいつら、ほとんど今日が初見のはずなのに、なんでこうも訓練されているのだろう? 面構えが違う。


『というわけで、やっていこうかと思います。チャンネル登録と高評価お願いしまーす』


 宣伝した直後、大きな音が鳴り響いて禍々しいオーラを纏った悪霊が何匹も出現。ゆっくりと離れた場所にいる星の娘へと近づいていく。


 当然、大きな音を発したため、星の娘がこちらへと振り向く。宇宙的狂気を呼び起こすフォルムが真正面から映し出される。


 振り向いた星の娘はずるずると音を立てながらトリヲへと突進を仕掛けていく。トリヲの前を飛んでいる悪霊に衝突するものの、まったく動じることはなかった。その巨体でトリヲ押しつぶそうと試みる。


 叩きつけられる星の娘の身体を一切怖じることなく飛び込んで回避し、巨大な鐘で殴りつける。水っぽい音と鐘の音が鳴り響いた。


 殴ると同時に悪霊が再び出現。ゆっくりと孤を描きながら星の娘の頭部と思われるところに飛んでいく。


 だが、呼び出せる悪霊は追尾能力は極めて優れているものの、一発の威力が高いわけではない。たった一発頭部に当たった程度では止められるはずもなかった。星の娘はその身体から無数の触手を突き出してくる。


 自身に向かってくる無数の触手の軌道を一瞬で見極め、的確に回避するトリヲ。その動きをライブで目撃した視聴者たちにも電流が走る。


『動きがやばすぎて笑えないンゴ』


『変態ほど強い法則は現実でも正しい』


『あれは変態なんてチャチなもんじゃねえ……もっと恐ろしい存在だぜ……』


 トリヲは星の娘の巨体から仕掛けられる攻撃の数々を一切被弾することなく処理していく。完全にどう動いているのか把握しているとしか思えない動きだ。避けては殴り、避けては殴りを繰り返して着実にダメージを蓄積させていった。


 五度ほどそれを繰り返したところで、業を煮やした星の娘が己の巨体を叩きつけてくる。トリヲはそれを回避すると同時に飛び上がって倒れこんで星の娘の頭上を取った。


 頭部に鐘を叩き込んで、スキルを発動。鐘による打撃と無数の悪霊を弱点部位に叩き込まれた星の娘は苦しむようなうめき声をあげたのち崩れ去っていく。


『ああ、俺の推しが……』


『でも、殴られたときの声はちょっと興奮しちゃった』


『変態はつよい。はっきりわかんだね』


『こんな風に、この武器でもちゃんと戦えるので、もしこれを手に入れたら使って戦ってみようね。俺との約束だよ』


『世界一したくない約束で草』


『あの……そんな約束したくないのですが……』


『いやです(断言)』


『というわけで今日の配信はこの辺で。チャンネル登録と高評価お願いします。それではまた』


 いつもの口上とともに配信が終了。


 配信が終了しても、いままで映されていた光景が衝撃的だったのか、しばらくコメントが乱舞していた。

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