第6回 ひたすら楽して特大徹甲ヴァンプライフル

 サムネイルを設定し、やっと完成にまでこぎつけた渾身の出来の切り抜き動画を投稿したところでトリヲの配信開始の通知が届く。久々の動画の投稿で少し緊張していたが、彼の配信はなによりも優先すべきものである。リンクをクリックして配信を開いた。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信開始していきまーす。今日はまた地層のほうにやってきました。ちょうどいい敵が出てくるのがこっちだったんで、そういうこともたまにはあるでしょう。面白くて見栄えが良ければ、誰も気にしないことですし』


 頭陀袋を被ったパン1の男がカメラに映る。もしかしたら服を着ているかもしれない。そんなことをひそかに思ったが、そんなことはまったくなかった。実家のような安心感。配信外の彼がどういう暮らしをしているかは不明だが、服を着て配信に現れたらたぶんその時はきっと世界が滅ぶ日な気がする。


『そういえば配信で遠距離武器を使ってこなかったなーってことに気づいたんで、今日は待望の遠距離武器を使っていこうかと思います。ということで今日はコレ。女王の古城さんの特大徹甲ヴァンプライフルです』


 そう言って虚空から出てきたのは、そんなもの生身の人間が扱っても大丈夫なのかと思ってしまうほど巨大なライフルであった。馬鹿みたいに巨大であるが、彼が好む変態的な武器とはまったく異なるスタイリッシュなフォルムである。


『これは銃器系の武器で有名な女王の古城さんがエイプリルフール企画で造った武器をそのまま再現したものですね。前から欲しいと思っていたところだったんですが、完全に限定生産でなかなか手に入らなかったところに、この間たまたま官公庁のオークションに出品されてるのを見かけて、即買いしちゃいましたね。だいぶいい値段しましたが、まったく後悔はしていません。武器を買って後悔するようなヤツはダンジョン配信なんてやる資格はありませんね。そう思いませんか?』


 どうなんだろう? と思ったが、彼の武器に対する並々ならぬ愛情がしっかりと伝わってくる言葉ではある。


 それにしても女王の古城か。アンネというかなり珍しい女性武器職人が代表を務める武器工房である。主に銃器系の武器や銃器と複合した武器をメインに作っている工房で、ヴィクトリア調を思わせるスタイリッシュな武器を数多く作り、ファンも多い工房だ。変態的な武器ばかり使っているこの男からはまったく遠いところにある工房だったので、意外だった。


 でも、女王の古城の武器には、己の血を消費してそれを武器に注ぎ込んで増幅させるという、他の工房にはどういう仕組みになっているのか一切解明されていない独自の機構を持っている。こういう普通ではなさそうな機能はこの男の大好物であろう。そのうえにあのバカが作った銃みたいなフォルムである。そりゃあ好きだろうな。


 血を消費して力を増幅させるという変な機能がありながらも、メジャーな工房の一つとなっているのには相応の理由がある。力を増幅させるために己の血を消費しても、一定時間の間に攻撃を命中させれば失った血や、それ以外でも負った傷をある程度回復できるというリゲインという、これもまた他の工房には真似できていない独自の機能を持っているのだ。


 リゲイン機能は血を消費して力を増幅させなくても発動するため、戦闘中のダメージとは無縁ではいられないダンジョン探索者にとって不可欠な回復薬の使用を減らすことができるため、そこが非常に喜ばれているところの一つだった。


 なにより、銃器系の武器をメインで造っているところはそれほど多くないうえに、どれもこれも武器のデザインがとてつもなくオシャレなので、ファンが多いというのも必然であろう。有名配信者の中でも、女王の古城のファンであることを公言しているものも少なくない。


『ということで今日はちょっとした企画配信です。こいつを使って一発で敵を倒してみようかと思います。武器はコレ以外なにも持ってきてないし、弾も一発しか持ってきてないです。というか、ロケハンで一緒に買った弾を使ってしまったので、もう一発しか残ってないです。もし失敗したら笑ってください。それもそれで面白いでしょ。これでバズるかもしれないし。それでは行ってみましょう』


 軽い調子で移動を始めつつ、とんでもないことを言うトリヲ。お前は本当になにを言っているんだ? 正気か? と思わざるを得ないが、私がいままで見てきたダンジョン配信者の誰よりも狂っているこいつならそれくらいのことはやるだろう。何度も言うが、この男に突っ込んだら負けである。いちいち突っ込んでいたら、体力を使いすぎてしまう。


『やっぱし、一発で倒そうって企画なんで、低層階に出る雑魚をやっても仕方ないし、かといって攻略最前線に近いところにいる強敵だと一発で倒すのが不可能だしで、色々調べてみた結果、いい感じの敵を見つけられたので今日はこいつです。あそこにいるアーマードサイクロプスくんです』


 そう言ってカメラに映し出されるのは全身を鎧で固めている一つ目の巨人だ。アーマードサイクロプスがいるということは中層エリアだろう。だが、この辺に出てくる敵の中では結構タフな相手のはずだ。本当に一発で倒せるのだろうか? 確かに、弱点である目は鎧に覆われていないし、他よりも柔いのは間違いないはずだが――


『とはいっても、普通にやったらさすがに倒せないので色々準備が必要です。まず、威力を高めるためにこの銃専用の弾丸に白銀の灰を詰め込んでいます』


 白銀の灰とは、女王の古城製の武器に使用できるもので、弾丸に注入すると威力を高めることができる使い切りのアイテムだ。かなり威力が高まるので重宝されているが、考えなしでどんどん消耗するには結構勇気がいる値段のはずである。これも、女王の古城以外では類似品を作れていない独占アイテムだ。


『見ての通り、この銃は巨大なので、普通と同じように使用したのでは充分に威力を高めることはできないので、通常の二十倍くらいの量を使いました。これもなかなかいい値段しましたが、楽をするためには金のことなんてぐだぐだ言っていられないので当然ですね』


 さらりととてつもないことを言い出すトリヲ。配信は再生数もチャンネル登録者も視聴者数もかなり少ないはずなのに、この経済力はなんなのだろう? いままでの配信を考えると、探索者としての戦闘能力は怪物的なので、配信以外のところで稼げているのかもしれないが、やはり謎である。


『で、俺が死なないギリギリのラインまで血を消費して、さらに威力を増幅させます。一発で倒せば多少回復するので、仮に倒すのを失敗しても逃げるくらいならなんとかなるでしょう。ダンジョン配信者たるもの、逃げることも時には大事ですからね。逃げたら死なずに済むので、実質勝利っすね』


 いや、なにを言ってるのかよくわかんないっすね。そう思ったが、どうやらそういうことらしい。私は考えるのやめた。


『で、さらにここで霊薬を使ってさらに銃撃の威力を高めます。ちゃんと合法のヤツを使ってるので安心してください。なにを使っているかはここで説明するのは大変なので、後で概要欄に詳しい作り方を載せておきますので、参考までに』


 そう言って虚空から取り出した毒々しい色の液体が入った小瓶を飲み干す。まったくおいしそうには見えなかったが、まずそうにしている様子はまったくない。というか、頭陀袋を被っているのでそもそも見えない。


『この状態でかつこちらに気づいていない状態で弱点である目をぶち抜けば一撃で倒せます。ちょうどよくまだこちらに気づいていませんし、こちらに顔が向いていますね。それでは、実践!』


 馬鹿みたいに巨大な銃を接地させ、狙いをつけた。配信画面越しに緊張が伝わってくる。


 人と同じように、モンスターも気づいていないところから攻撃を食らえば大きな打撃となる。だが、口で言うのは簡単だが、実際にそれをやるのはとても難しい。


 ましてや、一発で倒そうなど狂気の沙汰である。しかも、タフなサイクロプス種相手にそれをやるなどアホの極みと言ってもいい。


 時間の流れが遅くなったのではないかと錯覚するほどの緊張感に包まれ――


 とてつもない爆音とともに弾丸が発射される。それは音速の壁を一瞬にして突き破って――


 アーマードサイクロプスの巨大な目玉を貫く。その余波で巨大なはずのアーマードサイクロプスの頭部もろとも吹き飛ばした。


 頭部を完全に吹き飛ばされたアーマードサイクロプスはそのまま力なく倒れ、動かなくなる。


『どうやら、うまくいったみたいです。ちゃんと試してみた甲斐がありましたね。最後に注意だけしておくと、他の仲間がいる状態でいまのをやろうとすると、確実に近接して戦っている誰かしらを巻き込んで事故を起こすので、やめておこうね! 自分だけが迷惑するならまだいいけど、他の人を巻き込むのはよくないですし。マナー違反なので、やるならソロで』


 たぶん、その銃を持っていても実際にそんな風に使おうとするバカはお前くらいなので心配しなくてもいいと思う。


『というわけで、今日はこの辺で。それではまた。チャンネル登録と高評価お願いします』


 いつもの口上とともに配信を終える。


 そして、私はこの配信が始まる直前に投稿した動画がどんなものかを見に行ってみることにした。


 そこには――

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