第5回 ひたすら楽して爆速金鎚

 投稿予定の動画の最終確認をしていたところに配信開始の通知が届く。言うまでもなく私の推しであるトリヲの配信だ。即座にリンクをクリックし、配信画面を開いた。


『ウィィィィス。今日も始まりました。なんか最近チャンネル登録も視聴回数も増えているみたいなので嬉しいっすね。もしかしたら俺もそろそろバズる時が来ているのかもしれない。だったら嬉しいなぁ」


 配信画面に頭陀袋を被ったパン1の男が映し出される。この画面も見慣れればなかなか悪くない――ような気がした。まあ、身体は汚くないし、多少はね?


『というわけで今日もやっていこうと思います。今日の武器はコレ。爆速金鎚です』


 そう言って虚空から現れたのは馬鹿みたいに巨大なメカニカルなフォルムのハンマー。


『たぶん、誰も知らないと思うので軽く説明すると、これは火薬庫さんの人気武器のスキルでトリガーを引いて発火させて殴れる爆発金鎚の派生モデルの武器で、爆発機構のかわりに加速機構を極限まで強化してモノ自体も大きくして打撃力に特化した超イカしている武器です。アウトレット武器ショップでほぼ未使用のヤツが売ってたんで、買っちゃいました。なかなかいい値段しましたね。まったく後悔はしてませんけど』


 そう言って配信画面の三割近くを占有している爆速金鎚の柄を突き立てる。


『爆速っていう小学生みたいなネーミングがマジ最高っすね。さすが火薬庫さん、センスがわかりみすぎてつらい。できれば新品の買って火薬庫さんを応援したかったんですが、あいにくかなり前に生産終了になってて公式ショップでの購入ができなかったのが非常に残念ですね。まあ、中古も中古でそれまでの歴史が感じられてそれはそれでいいんですが、やっぱり工房さんあっての我々なので、できることはやっておくのが当然ということでしょう。流行りの推し活ってヤツです』


 とてつもない早口で言うトリヲ。わかるよートリヲくん。やっぱり、推しのいいところを喋るとつい早口になっちゃうよね。この間、知り合いにきみを推してることを喋ってたらめちゃくちゃ早口になっちゃってェ……すごくひかれちゃってェ……友情崩壊の危機を感じちゃってェ……。


『さっきも言った通り、基本的な仕様は兄弟モデルの爆発金鎚と同じっすね。筋力スキルでトリガーを引いて加速して殴る。ただそれだけ。力イズパワー。爆発も炎も必要ねえ! 殴って粉砕すればそれでヨシ! 実にわかりやすい武器です。最高』


 そう言って人間の頭の数倍はあるハンマーを軽々しく振り回した。


『見ての通り、とてつもなくでかくて重いので、筋力スキルのレベルが最低五十は必要です。それなりに装備を固めるのなら体力も必要ですね。当たらなければ大丈夫とは言っても、防具は大事ですから。でも、これだけ格好いいのでそれだけ振る価値はあります。ただ、加速機構がバカみたいな出力をしているので、筋力だけでなく技術もかなり必要っす。振り回すなら最低でも四十は必要ですかね。あと、無闇に加速すると、どれだけスキルレベルを振ってても武器に振り回されることになるので、気をつけましょう。強敵と戦ってるときにそんなことやったら最悪死ぬからね。死んだら、楽して武器を使うこともできなくなってしまいます』


 とんでもなくでかくて重いはずのものを昔のロックシンガーみたいにクルクルと回すトリヲ。そのハンドリングは極めて滑らかかつ軽快で極めて手馴れていることがひと目でわかるものであった。


『あまりにも火力と打撃力を重視したピーキーすぎる武器になってしまって、兄貴分の爆発金鎚くんとは違ってすぐに生産中止になってしまった悲しき弟を供養するためにも、今回はこの武器をいいところを余すことなく見せていこうかと思ってます。どうして、俺が好きな武器はいつもすぐになくなってしまうのだろう? 爆速金鎚くんを救いたい。トリヲ動きます』


 そりゃそんな変態武器を使うのはお前みたいな変態だけだからじゃないか? そもそも、そんな変態武器が流行りだしたら世も末だと思う。馬鹿みたいな世の中だけど、思いのほか人々の良識は失われていないなあ。


『というわけで、今日はこの爆速金鎚の打撃力と加速力を最大限に活かせる相手と戦っていこうかと思います。現状、攻略が進んでいる地層の敵の中でも屈指の硬さを誇るメタルゴーレムくんです』


 そう言ってカメラの先に金属の塊で覆われたゴーレムが映し出される。


 トリヲが言った通り、メタルゴーレムはとてつもなく硬い敵である。魔法攻撃が一切通らないのに、生半可な武器では有効なはずの打撃属性のものでもほとんどロクにダメージを与えられないという驚異の硬さを持つ。なので、魔法攻撃が主体のパーティーで遭遇すると、勝ち目がほぼゼロになるという恐ろしい敵だ。当然、見た目通り巨体でパワーもあるので、真正面から殴り合いを仕掛けて勝てるものなどほとんどいない敵である。


 半面、動きは遅いので、メタルゴーレムが現れるような階層まで進める探索者であれば逃げるのはそれほど難しくない相手だ。なので、遭遇したら起動する前にさっさと逃げるのがセオリーと言われているが――


 それと殴り合う? 正気かこいつ。脳みそ大丈夫か? と思ったが、脳みそが大丈夫な人間がパン1頭陀袋で変態武器を使って戦う光景を全世界に配信するはずもない。放送事故が起こったらそれはそれで話題になりそうではあるが。


『じゃ、それでは行ってみましょう! オッスお願いしまーす!』


 そう言って爆速金鎚の加速機構を使用してメタルゴーレムに接近するトリヲ。その加速力はすさまじいという他になく、カメラに映っている画像が歪むほどであった。まさに爆速という名に相応しい。


 というか、そんな加速をしているのに、頭陀袋以外なにも身に着けていないヤツの身体が無事なのはなんでなのだろう? あれだけの加速をしているのなら、とてつもない衝撃が生身に伝わっているはずだ。もしかして無敵チートでも使っているのだろうか?


 でも、どういうわけか一切傷を負っていないので仕方ない。きっと、そういうものなのだろうと自分に言い聞かせる。こんなことで驚いていたら、コイツの配信など見ていられるはずもない。考えるな、感じろ。これがこの配信の鉄則だ。わからないなら半年ROMれ。


 ゴーレム系の敵は基本的にこちらから殴らない限り、起動することはない。だからこそ、相手にしないのが普通になっているのだが、そんな常識がこの変態に通用するはずもなかった。ジェット機のような加速をしながらメタルゴーレムに近づいて――


 その加速力で極限まで高めた一撃をメタルゴーレムに叩き込む。


 トリヲのアンブッシュによってメタルゴーレムは起動してゆっくりと立ち上がる。加速した一撃を叩き込んだトリヲはスピードを緩めて少し離れた場所でターン。再度加速して立ち上がったメタルゴーレムへと接近。


 映している映像が歪むほどの加速をしていたのに、まったく武器に振り回されている様子はなかった。あまりにも異常すぎる光景。とてつもない見栄えである。まさしくダンジョン映えだ。


 ターンして加速したトリヲはそのまますれ違いざまにメタルゴーレムの足に爆速金鎚を叩き込む。極限まで高められた加速力によって増幅された打撃力によって、とてつもない強度を誇っているはずのメタルゴーレムがよろめく。


 ゴーレム系の敵は一定以上足に攻撃を受けると転倒してしばらく行動不能になる。メタルゴーレムもそこは同じなのだが、とてつもなく硬いためそれを誘発するのは簡単なことではない。それをたった一人で、なおかつ二撃でそれを引き起こすとはあまりにも狂っているとしかいいようのない所業だ。


 倒れたメタルゴーレムの足の裏に怪しく輝くものが映る。あれはゴーレム系の敵の核だ。メタルゴーレムは他の種と違って足の裏にそれがある。こうやって転倒させなければ、それを破壊して撃破することは不可能なのだ。


 再び加速を緩めつつターンして、再加速。極限まで加速したことによって増幅された理外の打撃をメタルゴーレムの足の裏にある核へと叩き込んだ。


 その一撃によって核は粉砕され、メタルゴーレムの身体が崩れて砂へと還っていく。


 少し離れたところで加速を止め、こちらへ堂々たる足取りでカメラに近づてくるトリヲ。パン1頭陀袋という姿でなかったら、まさしく王者という相応しい風格であった。


『いやあ、さすがにすごい加速ですね。口から内臓が飛び出るかと思いました。でもまあ、あのメタルゴーレムを三発で倒せたんだから実に楽ですね。メタルゴーレムを楽に倒したいのであればこうするのがいいでしょう。たぶん、これが一番楽だと思います。それでは今日はこの辺で。チャンネル登録と高評価をお願いいたします』


 いつも通りの口上で配信が終了する。


 本当にこの変態は何者なのだろう? あまりにも衝撃的な内容に首を傾げつつも、私は今日の配信も高評価を押したのだった。

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