第4回 ひたすら楽してオクトパスクロー

 動画の編集を終え、エンコードを開始したところでトリヲの配信開始の通知がポップアップ。即座にリンクをクリックし、配信を開く。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信やっていこうかと思いまーす』


 画面に映し出される頭陀袋を被ったパン1の男。変態武器を愛する変態ダンジョン配信者にして私の推しであるトリヲだ。


『今日使ってみるのはこれっす。オクトパスクローです。ビーストさんのショップを漁ってたらいい感じのを見つけたんで、とりあえず買ってみました。あんま人気なさそうだったんで、いつ廃盤になるかわからないっすからね。武器は買える時に買え。古事記にも書いてある』


 その言葉とともにトリヲの両手に手甲のようなものが装着される。とりあえずいまの時点ではそれほど奇抜なものには見えなかったが――


『一見は普通の手甲っぽいんですが、魔力を込めるとこんな風に、タコの触手みたいな爪が出てくるのがポイントっすね。なかなかいい仕事しますねビーストさん。恰好いいっす。あ、一応言っておきますが、これは案件じゃないです。というわけなのでビーストさん、案件もスポンサードもお待ちしております』


 そう言いながら、計八本のタコの足のような爪があらわになる。普通の人間にはこれを恰好いいとは思わないだろうが――ヤツの美的センスがバグっているのはもはや言うまでないことである。ビジュアル的に、あまり人気がなかったというのも頷ける。


『俺もいちダンジョン配信者としては武器を作ってくれる工房さんは欠かすことができない存在なので、できる限りの応援をしていきたいっすね。なによりビーストさんはイカした武器も結構作ってくれるところなので、定期的にチェックしているので、もしこれを見ていたらほんとよろしくお願いします。なんでもしますから』


 ビーストという工房はダンジョン内のモンスターの生態や特殊技能を模した武器を多く作っているところである。なので、どうしてこうなったんだ? と言わざるを得ないような個性的すぎるキワモノイロモノ武器も少なくない。恐らく、今回持ち出した武器もそのたぐいだろう。


『この武器の紹介を軽くしていこうかと思います。まず、魔力スキルを利用して、こんな風にタコの足みたいな爪を両手で八本出すことができます。見てわかる通り、タコ足みたいなのである程度伸縮して、強靭かつ柔軟で、爪というよりも鞭みたいな感じっす』


 トリヲが腕を振るうと、タコ足のような四本の刃が空を切り裂く。ただそれだけですさまじい切れ味を持っていることが理解できるものであった。


『この爪を出すのには魔力スキルは必要ですが、これは高い要求値ではなく、攻撃力の補正もほぼ入らないので、必要なスキルレベルを満たしていれば問題ないっすね。必要レベルは十二なので、他のスキルに振っている人でもそれほど負荷は大きくないと思います。


 ただ、技術レベルがかなり必要なので、そこがちょっと難しいところですね。必要レベルは三十八。技術複合のビルトじゃないとここまで振ることはないかと思うので、サブで使うには敷居はちょっと高いかと思います。せっかくいい武器なのに残念です。


 あと、爪を出すのは魔力スキルですが、爪の操作は技術スキルのレベルに依存するうえ、八本もあるタコ足みたいな爪の操作はスキルレベルの補正があったとしても本人の技術が必要になってくるので、扱いはかなり難しいっすね。自在に操れるとすごく見栄えよくて恰好いいので、ちょっと残念です。この辺がやはりなかなか使われなかった原因なんじゃないでしょうか』


 腕を振るうと同時に八本あるタコ足のような爪がうねうねと動き出す。なかなか名状しがたい挙動だ。扱いが難しいうえにこのビジュアルではよほどの変態でもない限り使おうとは思わないだろう。


『爪ということもあって、敵に出血を強いらせることもできるので、ここもなかなか面白いところっすね。攻撃力的には控えめなんですが、出血効果があることを考えると、そこもそんなに気にならないってのもグッド。


 で、前に紹介した暗黒精の尻尾ほどじゃあないですが、ある程度伸縮もしてくれるので、爪カテゴリとは思えないほどのリーチもあるので、出血効果と相まってなかなか相性がいいです。いやあ、ホントいい仕事してくれましたねビーストさん。確かに扱いは難しいですけど、こんなに恰好良くて機能的なんだから、もっと評価されるべきだと思いませんか?』


 トリヲの意思に反応しているかのようにタコ足のような爪が蠢く。やはり、戦闘技術以外のあらゆる部分がどうかしているとしか思えない。なにをどうやって育ってきたら、このような異常個体となるのか。人間ってホント不思議。


『これ以外にもよさげなのをいくつか見つけているので、機会があったらそれも紹介していこうと思っています。紹介はこの辺にして、そろそろ実践に移ってみましょうか。今回は見てわかる通り、天層のほうに来ています。やっぱ、宇宙的な武器を使うなら天層の敵っすよね。攻略中のエリアからいくつか降りたところでやっていきます』


 そう言って移動を始めるトリヲ。やはり、カメラアングルからして別の人間が撮影しているのは間違いないのだが――こんな変態の撮影に付き合っているのは一体何者なんだろうか? 配信を見ている限り、カメラのブレや映像の乱れはほとんどなく画質もかなり良好だ。かなりの撮影技術を持っている者のように思える。ヤツも謎だが、そんなヤツに付き合っているヤツもかなり謎だ。そんな変態を推している私も私であるが。


 いつも通り雑談を交わしながら進んでいったところで、足を止め――


『今回の相手はあそこにいるアサルトエイリアンです。エイリアン系の敵の中でも特に凶暴で、一回目をつけられると執拗に追い続けてくるこの辺でもなかなか厄介な相手です。攻撃能力も高く、動きも機敏ですが、エイリアンとはいえ一応生物なので、殴れば血が出るし、血が出れば倒せるので問題ありません。攻撃力の高さも動きの機敏さも当たらなければ別に困らないので、なんとかなるでしょう』


 だからそうはならんやろ、と思うが、本当にそれをやってしまうのがこの変態野郎の恐ろしいところだ。


『それでは、オッスお願いしまーす』


 そう言ってトリヲはアサルトエイリアンに近づいていく。エイリアン系の敵の感知能力はかなり広い。結構な距離が離れていたというのに、近づいてきたトリヲをすぐに察知する。思わず音声をミュートにしたくなるようなアサルトエイリアンの金切り声が耳を打つ。


 アサルトエイリアンは接近してくるトリヲ迎え撃つことなく向かっていく。その動きは生まれながらの捕食者というべき存在ものだ。すさまじい勢いでトリヲに接近。人体など容易に引き裂くようなかぎ爪による攻撃を仕掛けてくる。


 その攻撃を爪を出現させていない状態のオクトパスクローで受け止めつつ、身体を捌くことによって見事に受け流す。自分よりも圧倒的に勝る体躯を持つ相手の攻撃をあのように受け流すというのは相当の技術とそれを可能とするフィジカルがなければ不可能だ。


 なによりも恐ろしいのは、防具スキルのバックアップなしにそれをやっていることである。彼が身につけているのは顔を隠すための頭陀袋だけである。あの頭陀袋に大量のスキルがついているはずもない。武器を使うための各種スキルの補正は受けているとはいっても、それでも防具のバックアップなしというのはかなりのディスアドバンテージのはずなのに、それをまったく感じさせていなかった。


 アサルトエイリアンは、攻撃を受け流されてもそれで体勢を崩されるような相手ではない。攻撃を受け流したトリヲに追撃を仕掛ける。


 だが、トリヲもそれで相手が崩れることはないとわかっていたのだろう。無理な反撃をしようとはせず、追撃を仕掛けてきたアサルトエイリアンの追撃を再び受け流す。達人めいた動き。攻略最前線にいる探索者でもなかなか見れることがないような見事な動きであった。


 さらにトリヲは敵の攻撃を受け流した際の力を利用して飛び上がってアサルトエイリアンの異様なほど巨大な頭部に足刀を叩き込む。思いがけない反撃を食らったことで、アサルトエイリアンの動きが止まる。


 そこにオクトパスクローの爪を出現させ、一気に薙ぎ払う。八本のタコ足のような爪が一気に襲いかかり、アサルトエイリアンの身体を切り刻む。一瞬にして全身を切り裂かれたアサルトエイリアンはたまらず金切り声を上げてよろめいた。緑色の液体が周囲にまき散らされ、ぶしゅぶしゅと音を立てる。


 一瞬で八個の斬撃が飛んでくるというのは悪夢としかいいようがない。エイリアンのような異形であっても、ダメージは負うという現実。血が出るなら殴れば倒せるというのは間違いなかった。


 その隙をトリヲが逃すはずもない。爪を伸ばしてアサルトエイリアンの頭部を貫き、そのまま抉り抜く。あまりにも容赦のない殺意に満ちた一撃。頭部を完全破壊されたアサルトエイリアンは毒々しい血をまき散らしながら倒れ、そのまま消えていった。


『というわけで今日はオクトパスクローを使ってアサルトエイリアンと戦ってみました。今日の配信はこの辺で。チャンネル登録と高評価お願いいたします。それではまた』


 配信が終了すると、動画のエンコードが三割ほど進んでいた。今日はずっと編集をしていたし、エンコードもまだかかりそうなのでとりあえず少し休もう。そう思って配信画面を閉じ、私は机を離れて休息を始めたのだった。

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