第2回 ひらすら楽して暗黒精の尻尾

 今日もいつも通り仕事を終えたところで、配信開始の通知が届く。


 最近、一番の推しダンジョン配信者であるトリヲが配信を開始したとの通知だ。


 すぐさま仕事用のパソコンの電源を落として、スリープ状態になっていた私用のパソコンにログイン。ブラウザを起動して動画配信サイトに接続し、自分が登録しているチャンネル一覧を開いて始まったばかりのトリヲの配信をクリック。


『ウィィィィス。トリヲです。今日も配信をやっていきたいと思いまーす』


 いつも通り頭陀袋を被ってパン1の男が画面に映る。自分で推しておいてあれだが、いつ見ても絵面としては最悪だ。この時に親が入ってきたりしたら、家族会議にでもなってもおかしくないところであるが――あいにく私は独り身のサブカルクソ女である。親はまだ健在だが、離れて暮らしているし、彼氏も彼女もいない身だ。誰に見られることも、仮に見られたところでどうということはない。なにしろ、彼は私の推しである。堂々としていなければ逆におかしいだろう。むしろ、彼に良さをもっと世の中に知らしめたいので、私のプライベートが多少晒されることになっても、安いものだ。


『今日の使う武器はこれっすね。暗黒精の尻尾っす』


 そういってトリヲは虚空から、おかしな美的センスな芸術家が作った巨大キーホルダーのような物体を取り出す。


『有名どこでもなかなか持ってないレア武器ですね。この前、やっと手に入れたんで、これをネタにしようと思います。この宇宙的な見た目がなにより最高に個性的でイカしてますね。このデザインをした人は控えめに言って神だと思う』


 動かすとしゃらしゃらという音を立てる暗黒精の尻尾を眺めてうれしそうな声を発するトリヲ。普段の声よりも若干テンションが上がっているように思える。


 暗黒精の尻尾とは、暗黒精の獣というこのダンジョンの上層の攻略最前線に近いエリアでしか遭遇が確認されていないレアモンスターの尻尾だ。顔の部分に巨大なクワガタのような顎があり、生物とも鉱物とも取れるような四足獣である。


 鉱物のような見た目そのままに非常に硬く、打撃武器以外では有効なダメージを与えずらい上に、ダンジョンという閉所で広範囲の魔法攻撃まで仕掛けてくる上層でも屈指の危険なモンスターだ。


 幸いなことに、極めて出現率が低いため大抵のものは遭遇することはない相手であるがたまたま遭遇して全滅したという探索者も珍しくない。


 彼が持っているのはその極めて危険なレアモンスターの尻尾がそのまま武器になったものである。尻尾を切り落とし、なおかつ倒さなければ手に入らず、手に入る可能性もかなり低いという、上層エリアの攻略最前線にいる強者の中でも一人しかもっていないというレア中のレアだ。


 まさか、攻略組以外に持っているヤツがいるとは。本当に彼は何者なんだろう? 攻略組に匹敵するレベルの戦闘能力と技術を持っているし。


 それにしても、まさか天層エリアのほうにも行っているとは思わなかった。いままで見かけた配信や動画は全部地層エリアのものであった。


 この東京ダンジョンは極めて広大なうえに、上下両方に果てしなく続いており、天へと登っていく上層エリアを天層、地底へと下っていく下層エリアを地層と呼ばれている。


 地層にはファンタジー作品によくいるモンスターが出現することが多く、天層はエイリアンや宇宙人、名状しがたい存在みたいなモンスターが多く現れ、人気は波はあるものの偏っていることはそれほど多くない。


 そのうえ、エリア傾向もかなり異なっているため、地層で活躍しているからといって天層で活躍できるとは限らず、その逆もしかりだ。なので、大抵はどちらかを専門にするのが普通なのだが――たまに、彼のような天層にも地層にも行くという変態的な存在がいたりする。


『実は俺、天層のほうが好きなんすよね。これみたいな素敵な武器を落としてくれる超イカした美的センスのモンスターも多いし。なんで、今日は久々に天層にやってきました。せっかくレア武器も手に入れたし、雰囲気的にもこっちのほうがあってるしね』


 そういってカメラが動く。


 画面に、ここは本当にダンジョンの中なのだろうかという神秘的な光景が映し出される。まるで星の光に満ちた宇宙の中にような空間。画面から見ているだけでも狂気に飲まれそうな光景だ。


『というわけで今日は暗黒精の尻尾を使っていきたいと思います。たぶん、実際に使っているところを見たことがあるって人は少ないと思うので、軽く紹介から。


 見た目からわからないかと思いますが、系統的にはフレイルとかモーニングスターとかそういう類の武器っすね。特徴としては、振るときの力の加減で自在に伸縮できるってことっすか』


 そういってトリヲが暗黒精の尻尾を振るうと、先端についているおよそ武器とは思えないけばけばしい塊につながれている部分が伸びた。先端の塊がかなり離れたところに叩きつけられる。


『うまく加減すればいい感じに伸ばせるので遠くから殴れたりして使ってて、楽しいんですが、こんな見た目しててもここはあくまでもダンジョンで、狭いところも多いんで、こういう風に変に伸びたり長かったりする武器は避けられがちなのが非常に残念です。変に引っかけて大変なことになったりしますからね。初心者にも長物はやめとけっていうのが普通ですし、俺も他人に武器を勧めるときはその辺はやめておきますしね』


 意外にも常識がある――と思ったが、パン1頭陀袋で変な武器ばかり使って全世界に配信しているヤツが常識人なわけないだろうとすぐに気づいた。いかんいかん。彼を推しているうちに私も常識を忘れかけている。さすがにまだ常識人のガワくらいはかぶっておきたい。これでも社会人だし。


『必要スキルも魔力スキル三十、技術スキル二十二と結構必要なので、そこも難しいところですね。せっかくこんな最高に格好いいフォルムをしているのに。最大の難点はレアかつ強敵の暗黒精の獣の尻尾を破壊して倒さないと駄目なところっすね。使う人口を増やすためにも、なんとか工房にはこれを生産できるようにしてほしいところっす』


 あまりにもサンプルが少なすぎるので、工房で生産できるようになるのはかなり先になる気がする。なにより、生産できるようになったとしても、使う人は少ないだろう。この奇抜すぎるデザインが大人気になるほど、美的センスが狂った人間はそんなに多くないだろうし。


『最大の特徴は、魔力を込めて振るうと、こうやって星が一生を終えたときのような爆発がいくつも発生させられるところっす』


 トリヲの手にある暗黒精の尻尾が青白く輝き、それを振るうと、そのあとを追うようにしていくつもの爆発が発生。武器自体の見た目はアレだが、その爆発は確かに美しい。子供の時に見た宇宙望遠鏡で撮影した写真が収められた写真集を思い出す。


『いやあ、それにしてもいつ見ても格好いいっすね。これが見れるだけでも頑張って手に入れた甲斐があります。もっとこの良さを伝えたいところですが、武器は使ってナンボのもんなんで、そろそろ実践に移りたいと思います』


 そういってトリヲは移動を開始。カメラもそれに追従する。


 しばらく移動したところで――


『今回の敵はスターグールっすね。できればこれを使って暗黒精の獣と戦いたかったんですが、あまりにも時間がかかりすぎるのでやめておきました。この辺によくいるので、お手頃な敵です』


 カメラの先には身体のいたるところに巨大な目玉がある怪物然とした存在が三体写っていた。スターグールがいるということは、天層でも結構上のほうのエリアのはずだ。


『それではやっていきましょう――と言いたいところですが、この武器はちょっと小ぶりで配信映えするかなーと思ったので――』


 そういってトリヲが虚空から取り出したのはもう一本の暗黒精の尻尾。


『レア武器二刀流なら多少小さくでもインパクトはあるでしょう。それではオッスお願いしまーす』


 なんなのだこれは! 一体どうなっているのだ! 画面を見ながらそんな声が思わず出てしまった。


 なんでこの変態はとてつもないレア武器を二本も持っているのだ。そんな突っ込みをしている間にトリヲは三体のスターグールへと接近していく。


 多少離れた場所から暗黒精の尻尾に力を込め大きく振るって広範囲を薙ぎ払うとともに、その軌道上にいくつもの爆発を巻き起こす。


 三体のスターグールはその爆発に巻き込まれる。だが、スターグールはアンデットらしくその体躯に似合わずかなり頑丈だ。爆発をまともに食らってもそれを気にすることなくのっそりとした動きでトリヲに近づいてくる。


 トリヲもいまの攻撃で仕留められないことはわかっていたのだろう。すぐさま横に飛び壁を蹴って宙に舞い上がって両手に持った暗黒精の尻尾を伸ばしてスターグールへと叩きつける。およそ武器とは思えない謎の塊がスターグールの頭部を強打。そのまま後ろへと倒れこむ。


『この武器のいいところは、やっぱ伸びるところっすね。なので、こういう動きが鈍重な相手なら、少し離れたところから一方的に殴ることが可能です。どこかに引っかけないように注意さえしていればいいので楽でいいですね』


 きわめて距離感がわかりづらい天層の壁に一切引っかけることなく、その言葉通り、離れたところから三体のスターグールを一方的に殴っていくトリヲ。かなり簡単そうにやっているが、やっていることはかなりえげつない。壁の位置と込める力の調整を緻密に行えなければ、なしえない芸当だ。


 縦横無尽に飛び回りながらスターグールを攻撃し続け、こちらが気が付いたときには三体とも討伐されていた。


『というわけで暗黒精の尻尾を使ってみました。今日のところはこの辺で、高評価とチャンネル登録お願いします。それではまた』


 しゃりしゃりという暗黒精の尻尾の音とともに配信がフェードアウト。


 もしかして私はとんでもないヤツを見つけてしまったのではないだろうか? そんな思いとともに、今日の配信のクリップを作成すべく保存を始めたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る