パン1ダンジョン配信者の変態武器講座
あかさや
第1回 ひらすら楽して神秘車輪
東京二十三区がダンジョンに飲まれて十年と少し――
色々混乱していたけれど、世の中は案外なんとかなっていたし、それなりにうまくやっていた。
そんな中、脚光を浴びているのはダンジョン配信である。危険を顧みることなく凶悪なモンスターと罠がひしめくダンジョンでの戦闘や探索や検証を動画投稿サイトにアップしている者たちだ。多くの者たちがかつて東京二十三区だった場所に訪れ、天と地に果てしなく続くダンジョンに夢とロマンと金と名誉を求めてやってくる。
私は十年ほど前、中学生だった頃からそのダンジョン配信とやらに魅せられている。大学を卒業してダンジョン配信とはあまり関係ない中堅ネットメディアに就職してからも、趣味でダンジョン配信の動画や生配信を漁っては記事を書き、切り抜き動画を作ったりしていた。
いまでは、本業と変わらないくらい趣味で稼げるようになり、ダンジョン配信を主として活動しているメディアにもたびたび寄稿することも少なくない。
そんな私のいまのライフワークは、まだ見ぬダンジョン配信者を見つけることだ。
無論、登録者がウン百万もいるような大手配信者も欠かさずチェックしているが、やはり記事や切り抜き動画を作っている身としては、まだ見ぬ活動者を届けたいという思いが強い。
なにより、個人かつ登録者が多くない配信者は大手ではなかなか見られない尖ったスタイルでやっている者やニッチな配信をしている者も少なくないのだ。そんなもん、ダンジョン配信に魅せられたサブカルクソ女の大好物である。
そういう者たちをスターダムへ押し上げるのがいまの私の夢なのだ。過去に何度か、私の記事や切り抜き動画をきっかけにバスって登録者が爆伸びしたこともある。そのときの快感が忘れられず、今日もこうやってまだ見ぬ配信者を求めて動画投稿サイトをめぐり続けていた。
だが、最近は数字を集める方法もある程度固まってきてしまって、人気になってもスタイルを変えずに尖ったことをやり続けてくれる配信者はそれほど多くない。無論、私が紹介したことをきっかけに有名になってくれるのはうれしいのだが、尖った配信をやっていたものが有名なって丸くなっていくのはちょっと複雑なところだ。
そんなとき、たまたま見つけたのがトリヲという配信者である。
私が見つけた時、チャンネル登録者はまだ百名足らず。どこの事務所にも所属していない完全な個人配信者。生配信を主体にやっているが、同接は一桁。
なによりもインパクトがあるのはその見た目だ。
身バレ特定を避けるために頭陀袋をかぶり、防具どころか服も着ていないパン1という実に紳士的なスタイルで配信をしている。
さらに特徴的なのは、使う武器がどれもこれも普通だったら誰も使わないようなキワモノイロモノばかりなのだ。
私が初めて彼の配信を視聴したときに使っていたのは神秘車輪。神秘の力でとてつもなく重くて巨大な車輪を回転させ敵をひき潰すというわかりやすい変態武器だ。
『ウィィィィス。今日も始まりましたトリヲでーす。今日も武器紹介配信をしていきたいと思いまーす。
はい。今日は見てわかる通り神秘車輪です。この武器自体は知っている人も多いと思いますが、あの事件から誰も使ってくれないみたいなので、俺が実際に使っていいところを紹介していこうと思いまーす』
トリヲが持っている神秘車輪という武器は、何年か前に超人気大手ダンジョン配信者が動画の企画で使ってみたら、片腕を失うという大事件を引き起こしたいわくつきの武器だ。
『あの事件に関しては大抵の人は知ってると思うので、なんにも言いませんが――せっかくこんな素敵な武器を誰も使ってくれないというのは人類の損失だと思うので、その損失が少しでもなくすために俺が紹介配信をしていきまーす。よかったらチャンネル登録オナシャス』
同接は私も入れて五人しかいないのにまったく澱むことも、途切れることもなく彼はパソコンの向こうでしゃべり続けている。
『見てわかる通り、でかくて重い車輪です。なにで造られてるかは知りませんが、めちゃくちゃ硬いです。特徴なのは、車輪に力を込めると、不思議パワーで高速回転することっすね。これめっちゃよくないですか?』
澱んだピンク色の力を放ちながら、車輪が高速回転。あんなものを叩きつけられたら、ひとたまりもないことは誰にでも理解できるだろう。
『この武器が使われない理由としては――まず要求ステが重いってことっすね。筋力スキルがレベル五十、神秘スキルが二十五が最低でも必要ですから、これだけで避けられる理由になっちゃってるのがすごく悲しいです。せっかくこんなイカしたフォルムしてるのに』
己の身体がほぼ無防備なパン1のすぐ近くで巨大な車輪が高速回転しているというのに、まったく気に留める様子はない。
『次にあるのは、力を込めると回転数が増して攻撃力が上がるんですが――回転数を上げれば上げるほど自傷するってことですね。この武器が大好きな俺ですが、この仕様だけはいただけないです。痛いし』
回転数が上がると、トリヲの身体に車輪は触れていないはずなのに、細かい傷がどんどん生じて血がにじんでいく。見ているだけで痛くなる光景だ。
『なんで、今日の紹介ではこの機能は最低限にしか使いません。痛くなるのは楽じゃないですから当然ですね』
痛くなかったらいいのかと思ったが、なんとかそれを飲み込む。なんだろう、突っ込んだら負けな気がした。
『最後に、あの事件みたいに装備によっては巻き込まれて大変なことになるってことですね。なんで、この武器を使うときはできるだけ巻き込まれないようなぴっちりした現代的なボディアーマーとか硬い鎧とかにしておくのが無難です。魔術ビルドなんかが使いがちなひらひらしたのとかは回転に巻き込まれて大変なことになるかもしれないのでやめておきましょう。もしくは、俺みたいに巻き込まれる服を着ないってのもいいですね』
いや、よくねーよとコメントを書き込みそうになったが、なんとか踏みとどまる。確かに、巻き込まれる服がなければ巻き込まれる可能性は低くなる。巻き込まれたらそのままミンチになるけど。
『この武器を使うにあたっての注意としては、見ての通りかなり重いので防具を固めて振ろうとするとそれなりに体力スキルも必要なるってこともあるっすね。というわけで紹介も大体終わったので、実際に使っていこうかと思います』
そういってトリヲは歩き出す。カメラアングルからして撮影者が別にいるようであった。それなりの機材を使っているのか、画面の揺れがそれほどひどくない。
『この武器を使って倒すのはあそこにいるグレーターオーガです。この辺だと攻撃力も高くてタフなので、油断するとさっくりやられたりすることも珍しくない敵です。それではやっていこうかと思います』
淡々とした様子で離れたところを徘徊していたグレーターオーガへと接近。巨大な車輪を担いでいるとは思えないほど軽快な動きであった。
グレーターオーガがいるということは恐らくこのダンジョンの中層エリアだ。彼も言った通り、この辺の階層にいる敵の中では頭一つ抜けて攻撃力が高く、タフで凶暴な危険度の高い敵である。というか、グレーターオーガが出てくる階層で一人で挑むなどかなり危険だ。普通の配信者であれば絶対にやらない行為である。
グレーターオーガが接近してきたトリヲに気づく。巨大な角と筋骨隆々としたバキバキの身体がカメラに映る。
パン1ということは、言うまでもなく防具の加護効果が一切ない状態だ。そんな状態でグレーターオーガに殴られでもしたら、確実に一発であの世行なのは間違いない。
接近するトリヲに気づいたグレーターオーガはそのフィジカルを最大限に利用して飛び込んで、巨木のような腕を叩きつけてくる。
トリヲは振るってきたその腕を回り込むようにして華麗に回避。飛び込んできたグレーターオーガはそのまま転がった。
『豪快な攻撃ですが、しっかりと見極めれば回避はそれほど難しくはありません。みなさんは知らないかもしれませんが、攻撃って当たらなければ痛くないんですよ。これ、極秘情報なのでオフレコでよろしく』
ネット配信してんだからオフレコもくそもねーよと思ったが、突っ込んだら負けだ。確かにそうだけど、それができたら誰も苦労はしねえ。
大振りの攻撃を回避されて地面を転がっていたグレーターオーガにトリヲは接近し、車輪を突き出すとともに、攻撃が当たる瞬間に力を込めて高速回転させる。
グレーターオーガは背中から巨大な車輪を押し当てられ、その筋骨隆々した身体をがりがりと削られた。うめき声をあげる。
『この武器を使うときのコツは攻撃の瞬間だけ回転させるってことですね。そうすれば回転数を上げたときの自傷を最小限に抑えられますし、自分が回転に巻き込まれることも少なくなりますから。楽でいいですね』
がりがりと削ったところで、グレーターオーガは反撃のバックナックルを仕掛けてくる。
だが、トリヲはその反撃を読んでいたのか、すぐさま突き出していた車輪を引き抜いてそのまま身を翻してグレーターオーガの攻撃を避ける。その動きは、見事としか言いようのないものであった。
『基本的にこのグレーターオーガは攻撃の隙が大きいので、欲張らずに的確に攻撃をしていけば基本当たらずに倒せます。慎重に行くと体力が高いので多少時間がかかりますが、楽をするためであれば仕方ありませんね』
楽をするのなら服を着ろ服を! と思ったが、やはり突っ込んだら負けだと思った。
トリヲはその言葉の通り、グレーターオーガの行動を完全に把握しているのか完璧なタイミングで攻撃と回避を続け、的確にダメージを与えていく。見ているこちらが気の毒になるほど、グレーターオーガは一方的に攻撃されていた。気が付くとグレーターオーガは高速回転する車輪に身体を削られてえらいことになっている。なかなかグロい。色んな意味で。
グレーターオーガはそこで力をため両腕を叩きつけようとしてくる。グレーターオーガの圧倒的筋力から放たれるそれは重機を使ってコンクリートの塊を叩きつけるような一撃だ。
だが、トリヲは一切恐れる様子もなく両腕を振り下ろしてきたグレーターオーガの顔面目がけて車輪を足で叩き込む。
カウンターとなって高速回転する車輪を叩きつけられたグレーターオーガは角をへし折られ、そのまま背後へと倒れこむ。
その大きな隙をトリヲは逃すことなく接近し、車輪でとどめの一撃を叩き込んだ。そのまま頭部をミンチにしてグレーターオーガを撃破。文字通り、当たらなければ大丈夫を体現していた。
『というわけで、神秘車輪を使ってグレーターオーガを倒しました。この通り、なかなかピーキーな性能をしていますが、とても素敵なので、手に入ったらぜひ使ってみてください。それでは今日の配信はこの辺で。チャンネル登録と高評価よろしく』
そのまま配信は終了し――
いままで私はなにを見ていたのか、なにかとてつもないものを見させられたと気づいた時には、彼に関する情報を集め始めていたのだった。
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