第弍話 山とその遥か その2

 1節 —起きたらそこは真夜中だった—



「……!…えい!流永!起きて!」



「ん……?」


「あ、起きた?もう夕方だよ?」


「え、マジ?」


「マジ」



 俺はいつの間にか寝ていたようだ。ここに着いたのは15時頃。今確認してみると、なんと時計の分針は18時05分を指している。だいたい3時間くらい。これ夜寝れなくなるぞ?



「とりあえずさ、夕飯作ってあるから食べよ?」


「え?腹壊さないよね?」


「ぶん殴られたいんかお前」


「どうせ空に殴られてもな…って痛!?」



 空は、昔はかなり料理が下手だった。俺が小学生の時に空の家でいわゆるお泊まり会をした時のこと。その時、空のお母さんと一緒に料理を作ったと、嬉しそうに言ってきたので食べたところ、なんかとんでもない味がしたのを覚えている。どういう種類の味かも思い出せない、というか思い出したくない。それ以降“空は料理下手”というイメージがついている。



 それはそうといつの間にあんな力強くなったんだよ。



「あれはもう昔の話だよ!家庭科の成績だって良かったんだからね!?いいから食べてみて!」


「はいはい……」



 そう言いつつ俺はスキレットから紙皿に取り分けられたジャーマンポテトを食べる。



「あ、美味しい」


「ふふーん、ちゃんと美味しいでしょ?」


「うん。あと、白米とミネストローネか」


「そうそう、ちゃんと食べてね。おかわりもあるよ」


「あんたは親か。まあおかわりするけど」


「あ、するんだ」


「だって美味しいからな」


「えへへ」



 そんなこんなでとりあえず夕飯を食べ終わった俺たちは、周りのことにした。



 2節 —時計塔—



 この場所は、8年前から何も変わらない、ような気もする。



 見下ろす街は全く変わっていない。川の水の音も、上を見上げると見える満天の星空も、何も変わっていない。近くにある木は少し成長しているように見えるけど。




「ん?あれ何?」




 そう空が指差した先は、山の奥。だがその中に、暗い夜でもはっきり見える何かがある。よく見てみると、それはらしい。



 イギリスはロンドンの、ビッグベンのような見た目の大きな時計塔。



「前来た時あんなのあったか?」


「そんなわけないじゃん」




「そこのお二人さん、あの時計塔が見えるの?」




「誰だ!?」



 咄嗟とっさに空の方へ軽く駆ける。




「守ろうとしたって無駄だよ。どうせ死ぬんだから」



 また、少年とも少女とも言えないような幼い声が聞こえた。



「死ぬ?空がか?」(流永


「いや?二人とも」(??


「なに?どういうこと?」(空


「二人はさ、時計塔の都市伝説オトギバナシは聞いたことある?」(??


「確か、学校で聞いたことあるな」(流永


「私も。…………まさか」(空


「そのまさかだよ。きっと二人は、どこかに幻の時計塔がある、ってところしか知らないよね」(??


「なんでそんなことまで知ってるの?」(空


「さあ?まず君たちは命の心配をした方がいいよ」(??


「だから命の心配はする理由はなんだ?」(流永


「なんでだろね?とりあえず、バイバイ」(??


「え?」「待てよ!」(流永・空



 謎の声はもうすでに聞こえない。時計塔は、……



 俺の耳には小川の水音と虫の声くらいしか聞こえなくなった。




 3節 —余命宣告—



「……静かだね」



 ただでさえ細い空の声は、聞くだけでわかる、泣きそうな声になっていた。



「……そうだな。まあ、とりあえずこっちおいで」



 そう言うと、空は俺の胸の中に飛び込んできた。まるで、というのも変だが、『何か』に怯えるように。



「私たち、死んじゃうのかな」


「……っ」


「ねぇ、どうなの?」



 聞いているこっちが辛くなるような声で、そう呟く。まるで怖い夢を見た子供のように。もちろん、そんなのわかるわけない。あんなことがあって絶対に死なないなんて思えるわけがない。でも、言う。



「大丈夫。死なないよ」


 と。


「ほんと?」


「ほんと。もし空が死にそうになっても、俺が絶対に護る」



 震えそうな声を押し殺して、そう言った。



「…いやだ」


「何が?」


「流永がいなくなるのが」


「でも、俺が生きて空が死ぬのは嫌だな」


「じゃあ、絶対に二人とも死なないようにしようね」


「そうだな。俺は空を守る。空は俺を守る。これでどう?」


「うん」


 それまで泣きそうな声だった空が、一転して細くも強い声に変わった。




「絶対に流永を守る」「絶対に空を守る」




「約束だね!」


「そうだな」



 この日は、数時間ごとに交代で見張りながら寝ることにした。

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